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鞄で繋がる師弟たち

作者: flyas

 ここはとある魔法都市の一角に佇む魔法修練所、アルクトゥルス。


 俺はトマージ。

 決して大きくはないこの修練所で、一般の若者たちに魔法を教える師として働いている。

 歳は三十路に近づき、まだ講師としては若造に含まれるが、何かと指揮を執る。

 自分では測れないが、幸いこの身に纏った魔法の腕を認めてくれる人々は多くいてくれる。


 元々人との馴れ合いは得意ではない。

 だから教え子の怠惰を見てしまうと、よく圧をかけてしまうものだ。


「私に余計な時間を使わせないでくれ。今日から自習してもらう。もう一度蓄積した魔力に戻るまで、ここには戻るな。次来た時には試験から始める。よいな?」


 時折そんなことを言ってしまうものだから、弟子たちからはよく『鬼』と称される。


 悲しむあまり、それから戻ってこない弟子も数多いが、これはやむない話だ。

 魔法は時に人の命を奪う。神秘的な力に心を躍らせ、自らが魔法に溺れて力を暴走させた者がこの都から何十人現れたことか、俺は知っている。


 だからこそ、魔術師になるなら十分な覚悟を付けてこい、と俺は眼を光らせてきた――。




 そんなある日だった。

 朝から修練所で騒ぎが起こっていた。


「いったい、これはなんなんだ? 誰の仕業だ?」


 俺は秘書や仲間の講師たちと机を囲んでいた。

 その机にはひとつの鞄。今朝修練場を開いた時にその鞄が入口にあったという。

 それも人ひとりが入れるほどの大きさで、しかもその中に少女が入っていたというのだ。


 少女はララと言い、鞄から出してあげた後に助手のナタリーとロキに治療を当たらせた。

 同僚のカールがさらに鞄を探って声を上げる。


「手紙が入っていました。『私にはもうこの子を育てられません。どうか、この子が一人で生きていけるだけの力をお与えください』……とあります」

「なんだって?」


 俺は戸惑う声を上げた。


「こういう話は役所か孤児院だろう。話を付けてくる」


 俺がそう提案するとカールが困ったように応答した。


「まあ、それが無難な案でしょうが、手紙には続きがありますね」

「なんだ?」

「『トマージ様の指導のすばらしさは噂で伺っております。私もあなたに憧れ、ララを一流の魔術師にしたいと願っておりました。今や、その夢は叶えられません。どうか、その子にチャンスをお与えください』」


 思わず俺は口をへの字に変えた。


「どうやらですが、この子の親は随分と、トマージ先生に憧れられていたようですね」


 カールが感慨深げに呟いたが、正直言って俺にとってはありがた迷惑だ。




 少し黙っていると今度は後ろにある部屋のドアが開いた。

 ララを手当てしていたナタリーだった。


「失礼します。治療が終わりました。少し身体が弱っていましたが、命に関わるほどではなさそうです。今はベッドでお休みになりました」


 俺とカールが揃って頷く。


「そうか、ひとまずよかった。……明日はその子の親を探してやってくれ」

「え?」


 俺の提案にカールもナタリーも困惑した。


「よろしいのでしょうか? 手紙にはあなたに、と」

「無理な話です。大体、鞄に入れられていた子でしょう。本来なら行方不明とか誘拐とか、そんな事件に発展する話です! いくらこの修練所の前に置かれていたとしても、拾って育てられるような話ではありません」


 実際は面倒事を避けたい一心だったが、真っ当な理屈を含ませて俺は説き伏せた。

 



 翌日、魔法修練所は臨時の自主学習とし、俺たちはララの手掛かりを追った。

 それほど大きくはないこの修練所で俺を知っているなら……、きっと親も近くにいる。そう踏んでいた。


 だが、調査は夕方になっても難航した。


「なに? 役所で調べてもわからないって?」

「はい……。この地区の住民の記録を調べてもらったのですが、それでもララさんが言う親の名前は出てこないようでして」


 腕を組みながらロキが報告した。


「そうすると、ララちゃんが嘘をついている、とか?」

「えぇ……? 今朝も同じ質問をしたのですが、やはり親の名前はランドとリーラと言っていますよ。嘘をついているようには見えないのですが」


 同僚で話し合っても埒が明かなかった。

 本腰を入れるつもりはなかったが、俺は事務机から立ち上がった。


「しょうがないな。直接本人に聞く。ララはどこにいる?」

「あ、はい! 今は仮眠室か、いなければ、中庭の訓練場か」

「まったく……」


 治療を受けているのに自由にさせるのか、と仮眠室に寄ったが案の定いない。そのままその部屋から抜けられる中庭へと向かった。


 ララは弟子たちと話をしていた。


「お前たち、何をしている?」


 少し圧をかけるようにして言うと弟子たちは身体をぴくりとさせたが、珍しく食いついてきた。


「先生、ララさんをどうするんですか?」

「え? どうするって……」

「私を、ここで修行させてください!」


 俺が答えるまでもなく、ララがずい、と前に踏み出してきた。


「私は、スラムの出身なんです。父はもういなくて、母がいたんですが、眠っている間にもういなくてここに……」

「先生。なんでもララさん、ここに連れてこられたらしいんですよね」

「話を聞いてて、ちょっとかわいそうで……」

「お、おい……」


 俺は少し慌てた。

 元々弟子たちにはこのことを伝えていなかったが、こうにも本人から話されると収拾が難しくなる。


「待ちなさい。我々はララさんを保護しただけだ。路上に放置された子を放っておけないと入れただけだ」

「でも、先生。この子は、あなたの指導を受けたいって」


 俺は頭を掻き、ため息をついてから言った。


「お前たち、ここへ入るまでの過程を知っているだろう。試験を受け、修練に対する忍耐を測っていただろう。それもなしに入れることは……」

「……では、それを受けさせてください!」


 俺は「む?」と唸った。

 それなら受講料は、と言いたいところだったが、このタイミングで金を要求できる雰囲気ではない。


「……なぜ、そんなに私の講義を受けたいんだ?」

「それは……!」


 ララは少し間を置いてから答えた。


「スラムにいた時、南から攻めてきたザムナグ軍から、私たちの地区を守ってくれた兵隊の中に、あなたがいたからです」

「なっ⁉」


 それを言われてハッとする。

 確かに、俺はこの魔法で数年前に義勇軍の一人としてザムナグ軍と戦った。

 その時は、正直なところスラムは『壊れてもいい』都の最前線として使っていた。

 どうやら、ララにはそれが『守ってくれた』と見えているらしい。


 そのララの言葉に弟子たちはにわかに活気づく。


「先生! これは運命ですよ!」

「ララさんを迎え入れてあげるべきですよ!」

「黙れっ! お前たち」


 思わず照れそうになったところを、いつもの『鬼』講師としての一喝で黙らせる。

 だが、状況が状況なだけに無暗に断るわけにもいかなくなってきた。


「話はわかりました。ひとまず、考えることにしましょう」


 そう言って、俺はその場を離れ、講師室へと戻った。




 さてどうするか。

 夜遅くになり、講師室に残るのは俺と数人。ランプを頼りに事務作業を行いながら俺はララの対処を考えた。


「トマージ先生、ララちゃんのことはどうしますか?」

 

 同僚のカールが尋ねてきた。当事者から外れたからなのか、それはどこか他人事だ。


「まだわかりませんよ。私も、こういうことは慣れていないものでして」

「そんなことはないでしょう?」

「ん?」


 うわべの空で返事していた俺はカールに向き直る。


「先生には、もう弟子が何人もいらっしゃる。それこそこの魔法都市の一角を担うことができるほどのお弟子さんを。私の弟子は、残念ながら卒業と同時に魔法の道を断念してしまいました」

「けれども、私はまだ一番弟子すら卒業していませんよ。ずっと付きっきりで、甘やかしてしまいましたし、それが果たしてこの都に適応できるのか、という話です」

「それでよいのですよ。彼らには魔術師としての将来がある。私は自分の教え方を反省しています。情熱を持って育てられた、先生の賜物です」


 ……随分とべた褒めをされてしまった。俺は居心地が悪くなり、席を立った。


「……すいません。一服してまいります」




 愛用の煙管を取り出し、俺は中庭でしばし一人きりの時間に浸った。

 やっぱり一人でいる方が気が楽だ、とそう思っていた矢先で足音が聞こえた。


「先生!」

「……ん? ウィーグルか」


 ウィーグル、彼が俺の一番弟子だ。

 元々は孤児で、この修練所の宿舎で寝泊りする一人だ。


「どうした? 珍しいな」

「先生、報告があります。この度、この都の国家機関『ウィザードリィプロジェクト』への入隊が決まりました!」

「ほう!」


 突然のビッグニュースに心から驚いた。

 『ウィザードリィプロジェクト』はこの都の魔法教育の指針を決める、いわば根幹の機関。私営でしかないこのアルクトゥルスとは格が違う。

 一番弟子がそこに入隊するのは誇り高いことこの上ない。


「よかったじゃないか。これで晴れて、魔法に関して私より強い影響を及ぼすことになるわけだ」

「恐れ多いことです!」


 しばらく冗談を交えて会話を楽しんだ。ウィーグルは終始はにかんでいたが、やがてかしこまった顔に変えた。


「……それで、ひとつご提案があります」

「なんだ?」

「ララさんのことです」


 唐突に、昼間の問題を掘り起こされ、俺は軽くムッとした。


「どうした? お前には関係ないだろう?」

「それが、話を聞いて思ったんです。なんとなくですが、僕と似た境遇に思えてしまって……。僕からも、ララさんを迎え入れてほしいと思ったんです」


 すぐには答えられない俺に、ウィーグルは続けた。


「ここに留まるにはお金もかかります。それは、僕から援助する形で出します。僕が抜ければ部屋も空きます。そこを使って受け入れてあげてもらえませんか? 弟子として、最後のお願いです!」

「随分と準備がいいな」

「あ、いえ……。その、やっぱりその場でしか助けられないことがあると思って」


 たどたどしくも、力のある弟子の言葉に俺は落ち着き払って振る舞うが、心は少しずつ傾いた。


「僕がここに来た時もそうでした。先生はずっと魔法に熱心でした。『お前に教える時間はない。見よう見まねでもやってみろ』って。でも、それでもここに居続けたことでチャンスが手に入ったんです」

「……言われればそうだったな」

「だから、ララさんも、もしかしたらですけど、そうあってほしいんです!」


 この弟子が。

 言うようになりやがったか。




 数日後、孤児院への届け出を破棄し、ララはウィーグルが使っていた宿舎部屋をそのまま使うことになった。

 ウィーグルの入隊が落ち着き次第、ララの教育費は彼の給料から補填することなった。


「まあ、しばらく金のことは気にするな。早々自由の利かない国家機関だ。まずは自分のことを考えておけ」

「ありがとうございます」


 ララの入門に合わせてウィーグルが巣立つ。

 一番弟子がついに巣立つことになった。

 ウィーグルが他の講師たちや弟子たちを挨拶を交わす。


(それにしても不思議なもんだな。ここ数日でこんなに大きな変化があるものか)


 嬉しさと不思議さがこみ上げたが、ふと挨拶を終えたウィーグルの大型の鞄に目が向いた。


「……ん? おい、ウィーグル、その鞄は……!」


 “中身”に注目するあまり、鞄を気にしたことがなかった。

 よく見れば……見たことがある――。


「ああ。先生と半年ほど前に見た鞄店の品ですよ。いつか巣立つために、外見も性能も良いものを選べと推薦してくださった鞄です」


 確かにそうだ。だが、それはもっと最近に見ていて、気が付けば講師室からなくなっていた。




 そういうことだったか――。


 そのことには触れず、ウィーグルは国家機関のある中心街へと歩いて行く。決して大きくない施設の、講師と弟子全員でその姿を見送った。


「……では、先生、よろしくお願いいたします!」

「ふむ」


 俺は声をかけてきたララをまっすぐ見つめた。


「……厳しい修練になるぞ」

「わかっています」

「あのウィーグルが今後の手本となる。お前にはあのレベルまで魔法を磨いてもらうぞ」

「……はいっ!」


 よろしい。眼を見る限り、覚悟と心構えは合格だ。


「続きなさい。まずは実力を測ろう。五年前からの、ウィーグルと同じプランだ!」


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