第二部エピローグ『ゾンビとゾンビとゾンビと人間と』7-2
地下研究室の別室。
重く冷たい扉を開け、音黒はソレに視線を移した。
かろうじて人型を保っている、生きているのか死んでいるのかも分かりづらい怪物。
ソレが人間であると仮定するのであれば、身長は二メートルを越え、土色の肌をした覇気の感じられない大男である。
音黒はその怪物に近づくと、普段と変わらない気だるげな口調で話しかけた。
「おい、零士」
『……』
「ちっ、今は聞こえてんだろうが」
返事をしない怪物に腹を立て、音黒はソレに蹴りを入れる。
この怪物に痛覚は無い。当然、それは知っている。
が、蹴りは彼女自身の憤りを示す為に感情を行動で示したに過ぎない。不器用なマッドサイエンティストの感情表現だった。
『ははは。ちょっと意地悪をしただけなのに、蹴るなんて酷いじゃないか』
「てめぇがしょーもないことするのが悪いんだよ」
『あ。もしかして、僕のことを心配してくれたの?』
「殺すぞ、バーカ」
『本当に、キミは過保護だなぁ。変わらないね、昔から』
零士。
と、そう呼ばれた仏頂面の怪物からは、今や表情が読み取れない。
だが、口調に優しさを感じることは出来る。
音黒にとっては、昔と何も変わらない、柔和な彼の口調だった。
「もう時期だ。やがて、時が来る。だから、覚悟だけはしておけ。それだけだ」
音黒は吐き捨てるように言った。
『……一斗なら喰わないよ、僕は』
「いいや。零士なら必ず喰うはずだ。お前は優しいからな」
『…………』
「私が愛した男だ。だから、色んな悲しみごと犬丸を喰らう。そうだろ?」
そう問われた怪物は、静かに俯いて首を振った。
『僕はもう、キミを悲しませないって決めたんだ』
「そーかよ。だったら、零士は私の為に犬丸を喰え」
言って、ゆっくりと音黒は怪物に背を向けた。
いったい何から目を逸らしたかったのか、それは本人でさえも分からなかった。
そして、怪物は優しい口調で続ける。
『何があっても、僕はもう二度とキミを苦しませないよ。六槻』
「……ッ」
振り返り、涙でぐしゃぐしゃになった顔も隠すことなく、音黒は怪物に駆け寄る。
小さなマッドサイエンティストは、怪物の巨体に顔を埋めた。
これから始まるのは――もしくは終わるのは、彼と彼女の物語だ。




