三章『ゾンビな日常回』3-4
「良い母親じゃん」
まだ夕暮れ前の空の下。私のうちからの帰り道、白華ちゃんはそんなことを言った。
「そうですかね?」
「だって、外泊だって認めてくれたわけだし」
「ま、都合が良いだけとも言いますけどね」
「あはは、そーかも」
なんて無駄話で笑い合う。うーん、普通の友達って感じですね。まだ会ってそんなに時間も経ってないのに。
【それだけ白華がフレンドリーってことだろ。まあ、加子もだけど】
白華ちゃんは意外と良い子ですからね。可愛いですし。
【それは同意だ】
良い感じに距離も近づいてきたので、もっと近づいてみたいところですが。
「白華ちゃんのお母さんはどんな感じなんですか?」
「うち? ま、うちの母親も、けっこー良い人だよ。片親ながら、しっかり私を育ててくれたし」
なるほど。ノンフィクションの話でしたか。アリバイ作りは関係なかったようです。
まあ、白華ちゃんを育てたお母さんなら、きっと良い人なのでしょう。白華ちゃんを見ていれば分かります。
「私もご挨拶に行くべきですかね」
「言ったでしょ、母親は入院中だって」
「? それは、アリバイの話ではなくて、ですか……?」
「そう。ホントのこと」
【…………】
白華ちゃんは歩みを止め、私に向き直る。そして、続けた。
「だから、その為に多額の医療費が必要なんだ。それも直ぐに」
「それで、デスゲームなんかに……?」
「うん。なんか闇金に行ったら勧められちゃってさー」
つとめて明るい口調で言う白華ちゃんでした。
暗い話にしたくない、というのが伝わってきますが、それでも……
「ごめんなさい。悪いことを聞きました」
「いいの。だからこそ、感謝してるんだよ。鬼に襲われた時、一斗に助けられてなかったら、たぶん私も母親も死んでた。こうして命を繋いでくれて感謝してるんだ。もちろん加子にもね」
「は、白華ちゃん……」
健気過ぎますよぅ。良い子過ぎです。ここはとっくに死んだ私たちが、しっかり守ってあげないとですね。
【ま、そうだな。……このまま帰るのもなんだし、白華に行きたいところとか聞いてみたらどうだ?】
そうですね。一斗くんにしては、良いアイデアです。
「白華ちゃん! 行きたいところとかないですか? 気分転換にって、一斗くんが言っています」
「ふふん。一斗ってば、意外と気が利くじゃん。なら、ちょっと付き合ってもらおうかな」
白華ちゃんはスマホを取り出して、何やら検索中の様子。
ちょっと嬉しそうな表情でした。
【デスゲーム、しっかり生き残らねぇとな。白華の為にも】
そうですね。ゾンビの私たちが、他人の死について考えるのもおかしな話ですけど。
「一番近くだと、こっちかな。ほら行こっ」
「はい!」
そうして、私たちは白華ちゃんに連れられて、ある場所へ向かうのでした。
◇
やがて、私たちは緑のネットに覆われた、何やらバシュンバシュン音のする施設に到着しているのでした。
「こ、ここは、もしや噂に聞く……」
「そう、バッティングセンター! 気分を変えるなら、やっぱこれでしょ! 加子は来たことある?」
「いえ、初体験です」
ちなみに、一斗くんはどうなんですか?
【俺は何度目かだな。気が向いたら、偶に来る感じ】
なるほど。初心者は私だけのようです。ふーむ、ちょっと緊張しますね。
【そんなに気負うもんでもねぇーよ。ただ、飛んできたボールにバットを当てるだけだ】
それが難しいんじゃないですか。まったく。
そして、私は白華ちゃんに連れられて、自動販売機を経由してからバッターボックスの付近までやってきました。
「じゃ、私が先にやってみせるから、加子は見ててね」
「はーい」
ということで、先に白華ちゃんがバッターボックスに入ります。
機械にカードを挿入し、暫くするとボールが投球され、
「えいっ」
快音を鳴らしながら、ボールを弾き返す白華ちゃん。
素人目線ですが、凄く上手いように感じますね。そもそも、バットに当たるだけでも凄いです。
【おー、上手いもんだな。スイングのフォームも綺麗だし】
一斗くんから見ても同じ感想のようです。なんかこう、うち慣れてる感があります。
……あと、あんまり関係ないですが、あの短いスカート丈で身体を動かすのは少々危険なのでは?
まあ、私としては嬉しいですけどね。ギリギリ見えないチラリズムが眼福です。
【お前、性格がオッサンだってよく言われたりしないか……?】
前にも言いましたが、私はただ可愛いものを愛でているだけです。
あざとい女子が言う『可愛いって言ってる私が可愛い』アピールよりも純粋な気持ちなのです。
それに、一斗くんだって白華ちゃんを眺めていられるのは嬉しいはずです。
【そりゃ、俺だって悪い気分じゃないけどな。欲を言えば、揺れる胸の方にも視線を向けてもらいたいです】
なんか、一斗くんが言うと変態ですね。白華ちゃんが可哀そう。
【お、お前なぁ……】
などと、一斗くんと無駄話をしていると、ワンプレイ分が終了して白華ちゃんがこちらへ戻ってきました。
「んー! 楽しかったぁー!」
「お疲れ様です。凄く上手でしたよ」
「ふふ、まーね。それより、次は加子の番だよ」
「そうですね。いざ、初体験です」
私は同じようにバッターボックスへ入り、バットを構えます。
さあ、バッチ来いです!
「…………おや?」
【機械にカード入れて来い。球種はストレートで一番遅いやつだ】
ああ、そうでしたね。忘れていました。
一斗くんの指示通りに機械を操作して、再びバッターボックスへ。
さて、今度こそ!
「ふんっ!」
思い切りバットを振ると、ガシャンという音が後ろの方で聞こえた。手ごたえは皆無で。
おかしいですね。なら、もう一度……
「えい!」
ガシャンという音が後ろで――――もしかして、この機械壊れてませんか?
【んなわけねぇだろーが】
呆れたような一斗くんの声。むむ、ちょっと悔しいですね。
しかし、投球は始まっているので、すかさず次のボールが飛んできます。
続いて、もう一球。
【バットを振るときに目を閉じるな】
「っ!?」
自分の身体を他人に操作されるような、不思議な感覚。
私の無意識を他所に、自然と瞼が開かれる。
【あと力み過ぎだな。もっと適当に振れ。運が良ければ当たるから】
強張った身体の力も、自然と抜けていく。
ゆるーく振られたバットは、タイミングばっちりでボールに当たり――気持ちのいい音を響かせて手に強い振動を伝達してくる。
そのボールは、前の方向に飛んだ。少しだけですけど。
「おお……! 当たりました!」
ちょっと感動。
一斗くんが内側からサポートしてくれた様ですが、それでも嬉しいものは嬉しいのでした。達成感があります。
【おー、当たったな】
「やるじゃん、加子」
と、二人の歓声が上がる。
一斗くんがさりげないイケメンムーヴをかましてくるのは小生意気ですが、ここは素直に喜んでおきましょう。
頬が緩むのを感じながら、私は白華ちゃんの方を向いて手を振り――
「ちょ、加子!? 直ぐに次の球来るから!」
「え? ――ぼふぉぁ!?」
ベキィッ、という鈍い音がした。ボールが身体に当たったようです。くっ、こちらの油断を誘うとは、なかなかやりますね……
【……ゾンビで良かったな】
そうですね。危うく怪我をするところでした。……もしかして、ゾンビの身体って最強なのでは?
と、そんなこんなありながら、やがてワンプレイ分の投球が終了。
一斗くんのサポートの甲斐もあり、そこそこ楽しめたのでした。少しばかり感謝してあげましょう。
待ち時間が暇だったのか、それとも独り立ちをさせてもらえたのか、白華ちゃんは一人でバッティングの続きをしていました。
打つのも楽しいですが、私たちは白華ちゃんを眺めている方が楽しかったので、暫く観戦することに。
やがて、満足そうな表情を浮かべた白華ちゃんが戻ってきます。
「あー、大満足! ゴメンね、私ばっかり楽しんじゃって」
「いえいえ、私たちも楽しかったので」
「そう? でも、付き合わせたままってのも悪いし、今度は加子と一斗の行きたいところに付き合おうかな」
そう気遣ってくれる白華ちゃんでした。不良っぽい見た目とのギャップが凄い。
ところで、一斗くんは行きたいところありますか?
【うーん、そうだな。やっぱり、運動の後は汗を流すべきだろ。銭湯とか……】
却下。
なーに女子風呂覗こうとしてやがるんですか。一斗くんに身体を見られるとか嫌ですからね。
【そこを何とか。一生のお願いだ】
はぁ。ゾンビなんだから、もう一生使い切ってるじゃないですか……
ということで、その案は棄却されました。
それに、
「今日はもう時間も時間ですし、また今度にしましょう。あまり遅くなると、音黒先生にも悪いですし」
「うーん、そうだね。じゃあ、明日はどう? また急だけどさ」
【俺は問題ないぞ。どうせ暇だからな】
「私も構いませんよ。では、また明日に同じ時間で待ち合わせにしましょうか。それまでに行きたい場所を考えておきますから」
「おっけー! じゃ、今日は帰ろっか」
そんな感じで今日はお開きになりました。
ゾンビの身体でも、意外と普通に生活は出来そうなので安心です。あー、楽しかった。
また明日も…… あれ、そういえば明日って……
◇




