(7/11)第4夜 雨の降る夜
皆さまは雨はお好きだろうか。私は好きな方だ。雨が地面や屋根を叩くその音が好きだ。だが夜の雨だけは別だ。それだけはやっぱり好きになれない。トラウマと言えばいいのだろうか。今回は私が経験したそんなお話をしようと思う。
その頃の私はまだ子どもで母親の下で暮らしていた。実家ともいえるその場所は大きな森の近くにあって私はよくそこで遊んでいた。小さいころは一人で遊んでいたが同じように一人で遊んでいた男の子と出会ってからは彼と遊ぶようになっていた。彼と遊ぶのは時間を忘れそうになるほど楽しかったが母との約束で暗くなる前には帰るようにしていた。
何故か尋ねてみると母曰く森には怪物が住んでいて夜になると出てくるという。雨の日は特に活発に動き回るという。怪物はどんなものなのか聞いても母は知らないと首を横に振った。母自身も祖母から聞いただけのようで自分では見たことがないらしい。
その話を男の子にしたら彼も両親から夜の森に入らないよう言われているらしかった。それを聞いた私は母が話していたその怪物とやらを見てみたくなった。男の子にそう提案したらおどおどした様子であったが頷いてくれた。私はこの時は知らなかったのだ。好奇心が人は殺す、という格言があることを。いや、知っていたとしてもこの時の私は止まらなかったかもしれない。それくらい私は変化を求めていたから。
その日の夜、母が寝入ったのを確認してからそっと床から抜け出した。男の子が一人は嫌だということで彼の家まで迎えに行くことになっていた。
私がついたとき彼は怯えた様子で周囲を見渡していた。私に気づくと彼は安心した様子で走り寄ってきた。怖いのなら無理に来なくてもいい、と私は言ったが彼は首を横に振って絶対行くと言い張った。
言い合っても仕方ないし、一緒に来てくれることはうれしかったので早速向かうことにした。
彼の提案で私たちは森の中にある社を目指すことにした。何かあっても守ってくれるのではということだった。
森に入った段階では特に何もなかった。月明かりが照らしてくれていたので特に不気味な雰囲気もなかった。母は怪物が活発に動き出すのは雨の日だと言っていたので今回は見れないかもしれない。そんな風に思っていた。雲行きが怪しくなってきたのは社までの道を半分ほど歩いたところでだった。
「……雨」男の子がぽつりとそう漏らしたのを耳にし私は空を見上げた。森に入ったときには晴れ渡っていたのに今は月も雲に隠れて見えなくなってしまっていた。そのせいで周囲は闇に包まれてしまっていて男の子の持つ明かりがなければ進むべき道もわからなくなっていたかもしれない。
それから少しして懸念していた通りポツポツと雨が降ってきた。その頃には男の子は怯えた表情をしており、私自身も周囲の雰囲気が重くなったかのように感じていた。走って向かった方いいかもしれない。そう提案しようとしたところで私の耳が異音を捉えた。
ズルリ ズルリ
と何かを引きずるような音で近くはないがかといってそこまで遠いいといった感じではなかった。ちらりと彼に視線を向けるが今の音が聞こえていた様子はなかった。
例の怪物が現れたのかもしれない。そう思ったが全く嬉しくなかった。私だけなら自業自得で済んだが勇気を振り絞って一緒に来てくれた彼まで危険に合わせるわけにはいかなかった。
私は彼に走るよう促し、雨の中の森を駆け抜ける。しかし重苦しい気配は薄れるばかりか逆に重くなっているように感じる。隣を走る彼の顔も先ほどよりも青くなっている気がする。
ズルリ ズルリ ズルリ
先ほどよりも近い位置でそんな音が聞こえる。私と彼にできることは必死に走ることだけだった。
ズルリ ズルリ ズルリ
今では私も彼もすっかり濡れ鼠で雨脚は強くなるばかりだ。それにその音が近づくほど雨が強くなっている気がする。そのとき彼が足を滑らせ転びそうになったところをどうにか私が支えることができたので事なきを得た。だがそのせいで速度が落ちてまた一層距離を縮められた気がする。
ズルリ ズルリ ズルリ
それは気のせいではなくその音はすぐ後ろまで近づいてきていた。だが目的の社もすぐそこだった。
先に男の子が到着して社の扉を開けてくれる。私はそこに飛び込み、二人で協力して扉を閉じる。その一瞬扉の隙間から恐ろしい何かが見えた気がした。
どれだけ待ってもそれが襲ってくる気配はなかったので私たちは安堵してその場で横になった。夜明け前に戻らなければ怒られるのは不可避なのだがそのまま横になっているとうとうとしてそのまま眠ってしまった。
結論から言えば私が怒られることはなかった。その理由は簡単で夜明け前に戻れなかったどころではなく、母のもとに戻ることができなかったからだ。
目が覚めて社を出るとそこは私の知る森ではなかった。どおりであれが襲ってこなかったわけだが見知らぬ景色に私たちは啞然とするしかなかった。
神隠し。私と男の子はそれにあってしまったようだった。
それから今日まで私と彼はあの森に戻れていない。もしあの日、あの夜森に行かなければ今の私はここにいなかっただろう。あの日の行動を私は後悔しているのかしていないのか自分でもわからない。ただ彼を巻き込んでしまったことだけは悔いている。
だから私は彼をもとの場所に返す方法を探している。人一人の人生を狂わせてしまったのだから当然だ。その彼も今も私のそばで元気にしている。最近はよく笑うようになってそれはうれしく思う。
今日のところはここまでとしよう。それではまた次の話で会おう。
次回の投稿は7/12 00:00 となります。