(7/8)第1夜 窓
どんな家にだって窓は存在する。もちろん管理することを放棄された廃墟や半壊した建物は例外だ。それらを家と呼ぶかどうかは怪しいところではあるが。
さて、諸君の家の窓はどこにあるだろうか。ベランダ? 天井? 風呂場? どの部屋にあるかを聞きたいわけではない。窓とは外界に面して存在しているということだ。
本来窓とは外界の光を建物の中に取り入れるためにあるものだ。だが全ての窓がそうというわけではない。いや、照明技術が発展した今はそうじゃない窓の方が多いかもしれない。
車両の窓なんてまさにそれだ。外を見るための窓という認識の方が多いだろう。それに銀行などの窓口。これは安全に対話するための窓と言えるだろう。
それでは諸君、質問をしよう。ただ壁にはめられた窓は何のための窓だろうか?
外にも面せず、何かを隔てるわけでもない窓ガラス。これはまさにそんな話なのだ。
では聞いていただくとしよう。これは地方を転々としてきたN氏から聞いたお話である。
N氏は引っ越しするのが趣味のような男で在宅ワークが主だったので気兼ねなく地方から地方へ引っ越しを繰り返していたそうだ。
そんなN氏が引っ越しで楽しみにしているのが家探しだった。色んな不動屋さんを見ているとときには変わった間取りの家や変わった部屋に出会うことがあるらしい。
たとえ住みづらそうでも気に入ったら数ヶ月住んでみるという。不思議な窓がある家もそんな家の一つだったらしい。
そこは2DKのアパートの一室で他の部屋を内見しても不思議な窓はなく、あるのはその部屋だけらしい。
不動産屋に詳しく聞いてみると以前いた住人がリフォームした際にその窓をつけたらしく、その住人がいなくなったあともそのままになっているらしい。
その窓があるせいか他の部屋より安く、N氏はすぐにその部屋に決めたそうだ。
引っ越しを済ませてN氏はその窓のある部屋を寝室にし、窓と壁の間のわずかな隙間に絵を飾ったそうだ。額縁の代わりになってなかなか見栄えが良かったそうだよ。
N氏は引っ越し作業で疲れていたので早めに眠りについたらしが夜中にふっと目を覚ましたそうだ。時計で時間を確認すると深夜の2時を過ぎたばかりの時間で何故目が覚めたのかさっぱりだったが起きたついでにトイレにでも行こうとしてあることに気づいたそうだ。
窓に夜の景色が映っていたそうだ。最初見たときは特に気にもならなかったそうだがトイレで一息ついて気づいた。N氏はいつもカーテンを閉めて寝ている。そして今夜もカーテンを閉めた記憶があった。
泥棒が入ったのかと慌てて部屋に戻って確認するとちゃんとカーテンは閉まっていた。寝ぼけていたのだろうか。首をひねりながらベッドの戻ったN氏はそこで気づいてしまった。ベッドは外に面した壁にくっつけるように置いてあり、ベッドから出た際に外が見えるはずなかったのだ。
N氏はぎょっとして視線を向けるとそこに外の景色が映っていた。ベッドから見える位置に見える窓なんて例の窓しかなかった。
気味悪く思ったN氏はその日は窓を見ないように背を向けてそのまま眠ったそうだ。そして朝になって確認してみると窓から見えたのは飾った絵だけだった。
窓に景色が映ったのはその日だけでなく、毎夜毎夜その窓は景色を映し出した。
N氏は最初は気味悪がっていたものの数日もすれば慣れてしまったらしく逆に楽しみになってきたそうだ。調べてみると窓に景色が映るのは2時から2時半の30分だけ。そして映る景色は毎日違っていた。夜の景色だけでなく昼間の景色やどこかで見たような景色を目にすることもあった。
その部屋に引っ越して来て2か月ほどが経ち、生活に慣れてきた頃それは起こったそうだ。いつも通り2時前に目が覚めたN氏はベッドに座ってその時を待っていたが2時を過ぎても一向に変化が起こらなかった。
あれ? と思い窓に近づいて見たがやはりそこには何も映っておらず、暗闇しかなかった。今日は映らない日なのかと思いながら顔を近づけた瞬間だった。
バン!
窓をたたく大きな音とともに赤い手形が現れた。N氏は驚き飛びのき思わず尻もちをついてしまった。N氏は何が起こったのかと唖然としてそのまま窓を見上げることしかできなかった。それからしばらくして、
バン!!
とまた手形が窓に生まれた。
バン!!! バン!!!! バン!!!!!バン!!!!!!バンバンバン――――!!!!!!!!!!!!
大量の手形が生まれて行くのを見ていることしかできなかったN氏は窓のクレセント錠が開いたままなのに気づいて顔を青くした。この見えない何かに入られたらやばい!!
それを理解したと同時に飛びつくようにクレセント錠を閉めてベッドに舞い戻り、毛布をかぶってN氏は震えていた。しばらく窓を叩く音がしていたがふと静かになった。時計を見ると2時半を過ぎており、終わったのかと安どとともにN氏はそのまま眠ってしまった。
朝になって件の窓を見たが手形などなく、まるで昨夜のことが夢であるかのようだった。しかし頭からはその時の光景が離れることはなく、件の窓を目にするのも怖くなって分厚い遮光カーテンを買ってその窓を隠した。そしてそのカーテンが開けられることは次の引っ越しの時までなかった。
いかがでしたか? これがN氏が体験した話だそうだ。後から知ったそうだがその部屋は人が居着かない部屋でそのせいで家賃が他より安かったそうだ。そんな部屋に彼は1年きっかり住みきったそうだから大したものだと思うよ。
これは後日談となるのだが諸君は覚えているかな。窓の中に飾っていた絵だよ。N氏は引っ越しの際にそれを回収したそうなんだが絵の方には特に何の問題もなかったそうだよ。絵の方には、ね。
さすがにあんな場所に飾ってあった絵だから気味悪く思ってお寺で焼いてもらったそうだ。
ちなみにN氏は今も元気に引っ越しを繰り返しているそうだ。それではまた明日会いましょう。
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