楽団のリベンジ ~断罪?婚約破棄?しようったってもう遅い~
「みんな、今年こそは全力を出しきって乗り切りましょう!」
「「「はい!!!」」」
総勢三十名の、気合いの入った返事がかえってきた。
ここは王立学園の大広間。今日は午後から卒業パーティーが予定されている。
在校生や職員がせわしなく設営に動きまわっている中、同じ王都の音楽院から呼ばれてきた楽団員三十名も所定の位置で準備を始めた。
「団長、今年こそはきっと、大丈夫ですよね?」
「去年の卒業パーティーが終わってすぐ、みんなで対策を練ったんだ。我々のこの一年の努力は、絶対に報われる」
「ですよね!私、がんばります」
憂鬱そうな表情の横笛の首席奏者が、ようやく明るい顔になって、椅子の位置を調整し始める。
「団長、緊張しちゃって、僕なんだか調子が……」
「きみ、そんなに緊張することはないよ。今年は絶対に無事に終わるからね!我が音楽院のメンツにかけて……いや、代々の団長の名にかけて、絶対にね。きみ、まだ午後まで時間もあるし、準備が終わってるならゆっくり休憩しておいで」
「はい!」
青白い顔をした鐘の奏者の少年に、少し血の気が戻る。
団長は控え室に戻っていく少年を見送って、ぐっと拳を握りこんだ。
団員たちをさも自信ありげに励ましたものの、じつは団長が一番不安だった。
ことのはじまりは二年前だった。
卒業パーティーに、例年どおり演奏しにやってきた楽団は、予想もしない場面に放りこまれた。
突然、侯爵令息が婚約破棄をやらかしたのである。
楽団には、卒業パーティーにふさわしい明るく楽しく踊るための曲の持ち合わせしかなかった。
楽団員たちとて、毎日音楽院で学ぶ学生、互いに腕を競い磨きあっているので、愁嘆場、あるいは修羅場にふさわしい曲のひとつやふたつは知っている。
しかし、ろくに練習もしていない、楽譜の用意もない、結果は惨憺たるものだった。
長々と続いた断罪の場面はもちろん、主だった当事者たちが大広間を去ったあとも雰囲気を戻すことはできず、演奏は完全に止まってしまったのだった。楽団員たちは文字どおり、手をこまねいて見ているしかなかったのである。
そして去年。
去年の団長を務めたのはひとつ年上の先輩で、先輩は楽観的だった。そして、楽団員たちもみんなタカをくくっていた。
みんな、こう考えたのだ。
『婚約破棄なんて、そんなイレギュラーが二年連続で起こるわけがない』と。
あるいは、そう思いたかっただけ、とも言う。
起きてほしくないことほど起きるもので、再び婚約破棄は行われ、演奏はまたしても完全に止まってしまった。
「おれの見通しが甘かった。おまえは間違えるな、おれのようになるんじゃないぞ……」
団長が、去年の先輩団長から受けた申し送りがこれである。
団長は、二年前と去年、奏者として卒業パーティーに参加していた。
もう演奏が止まるなどあってはならない。これ以上の屈辱はまかりならぬと固く心に誓い、今年の団長として、あらゆる場合を想定して準備してきた。
しかし、本番は一度きり。今年こそ、失敗は許されないのだ。
会場は華やかに彩られ、左右に大きく開かれた扉から着飾った卒業生たちが入場してくる。
まず団長は何事も起こらない前提で組んできた曲を、予定どおりに演奏するよう指揮棒をふった。
日頃の練習の成果、美しい旋律が奏でられ、団長は満ち足りた気分で曲を進めた。
さすがは王国音楽の未来をになう我が音楽院の学生たち。なめらかで、一糸乱れぬ音が鼓膜に心地よい。
大広間には、順調に卒業生が揃ってきていて、これなら一年もかけて、入念に対策なんぞ考えなくても大丈夫だったかなと思い始めた三曲目。
旋律に合わせて、控えめに鐘が鳴った。
団長は目をまたたいた。
この曲に鐘の出番はない。
団長は出入口が見えない位置で指揮しているので、かわりに出入口を見張る役割を鐘の少年奏者に任せていた。エスコートなしでここにやってくる者がいたら、合図するようにと。
つまり、そういうことである。
楽団員たちは全員悟った。
またか。またなのか。
団長はくわっと目を見開くと、指揮棒の振り幅をずっと小さくし、左手は抑えるように下げていく。
楽団員たちは団長の指示どおり、ごく自然に音量を落とした。
そして、団長は各楽器の首席奏者とアイコンタクトをとった。
無言で交わされる指令と返答。
ただちにプランBへ移行!
了解!プランBへ移行!
忠実な楽団員たちによって、事前の対策どおり、自然に曲が切り替えられた。
始まったのは、同じ旋律が何回も繰り返されるタイプの、穏やかな曲だ。この手の曲は、どこで打ち切っても問題なく、静かにフェードアウトさせやすいという長所がある。
団長は予定どおりに演奏していますという顔で、指揮を続ける。
しかし、内心ではいつ事態が動くかと極度に張りつめていた。楽団員たちも深刻で、顔にこそ出していないが、音に緊張が出ている。卒業生たちにはバレていないはずだが、毎日、ともに練習している団長にはまるわかりであった。
いつだ。いつ来る。
総員戦闘配置で、体感では百万回以上も繰り返した――実際には十回あまりも同じ旋律を繰り返したとき、ついに。
勢いよく鐘の少年奏者が立ち上がった。両手に大鐘を掲げて。
来た。来やがった。
ざわつく大広間に、どこかの高貴なすっとこどっこいが婚約者ではない相手をエスコートして現れたのだ!
このあとの流れは見えている。
しからば、この指揮棒でその悪しき流れを断ち切るのみ。
させねえよ!
団長はキリよく旋律の繰り返しを終わらせ、指揮棒を高く振り上げた。
楽団員の心は今、ひとつにまとまった。
大鐘が明るく高らかに鳴り響き、輝かしくも華やかに旋律が紡がれる。
それは王国では誰もが知る、結婚式のときに演奏される名曲であった。
大広間にいた卒業生たちは、みんなあっけにとられた。
卒業パーティーだったはずが、まるで結婚式に招待されたかのような錯覚に陥った。
王子が婚約者ではない少女と並んでやってきたと思ったら、大広間に入るなり、結婚を祝う名曲の演奏である。
てっきり断罪と婚約破棄が行われると思っていた卒業生たちは、じつは知らない間に婚約は解消されていて、王子は改めて隣の少女との結婚が許されたのだ、とみんなが勘違いした。厳しい練習に裏打ちされた堂々たる演奏は、その場の全員を盛大に誤解させる説得力に満ちていた。
結婚式の名曲だけが大広間に響くのもつかのま、誰からともなく、お祝いの言葉が飛び出してくる。
「殿下、おめでとうございます!」
「どうぞ末長くお幸せに!」
はじめはぱらぱらと、やがて大広間中に拡がり、大きくわき起こる拍手。
当事者たちは初めこそ怪訝な顔をしたものの、大勢から祝福を向けられては違うとも誤解だとも否定できず、曖昧な笑顔を浮かべるばかりである。
団長は、そんな大広間のお祝いムードを背で感じ取っていた。
してやったり。
刮目して見よ、いや、刮耳して聴け、これが音楽の力だっ!
対策は見事に功を奏したのだ。
団長はすっかり緊張もほどけて、軽快に指揮棒をふった。楽団員たちの顔も明るい。やりきった達成感が見てとれる。今年はもう、演奏が止まることはない。
時は進み、宴もたけなわ。
本来の婚約者だった令嬢も、雰囲気と音楽とに流されて、じつは婚約解消されていたのね、お父様も陛下も教えてくださったらよかったのに、とすっかり信じてしまった。しずしずと進み出て、お祝いを伝えた頃には、王子たちも堂に入った笑顔である。
卒業パーティーは結婚式の様相を呈しながらも、大盛況のうちに幕を閉じたのだった――
翌日、音楽院に戻った団長は、音楽院の院長から呼び止められた。
「団長」
「はい、なんでしょう?院長先生」
院長は頭が痛いというようにしかめ面で、額に手を当てている。
「王宮から呼び出しがあった」
「王宮から、ですか?」
「そうとも。よもや、心当たりがないとは言わないだろうね。昨日、卒業パーティーで演奏した団員三十名を連れて、ただちに向かいたまえ」
王国の首脳陣から、勝手なことをして、と大目玉をくらい、しかし卒業パーティーを平和裏に終わらせた手腕は見事、などと褒められ、団長と愉快な仲間たちが目を白黒させるのは、まもなくのことである。
お読みいただきありがとうございます。
吹奏楽的な青春モノを目指したら、思ってたのと違う感じになりました。
(プランB→Bridal)