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空想作家  作者: 早雲
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三、昔話

 僕がこの異国の地の小説を書きだしたのはひと月前の話だ。世界遺産を取材したテレビ番組でエジプトを取り上げていたのを見て、砂漠の真ん中で寝転んでいる主人公が浮かんだ。そしてその絵が浮かんでからはそこに至るまでのエピソードがどんどん浮かんできてこれならお話しが書けそうだと感じたため、パソコンに向かった。泉の如くエピソードが浮かんできて、そのすべてが正しく整理されている印象を受けた。まるで思いついているのではなく思い出しているみたいに。もしかすると、今まで僕が見聞きした作品をトレースしているだけかもしれないけれど、そしてもしそうなら創作ではなく模倣なのだけれど、この小説は僕の暇つぶし以外の何物でもないのだからそれもよいだろう。僕が楽しめればそれでいいのだ。僕の空想を、僕の妄想をワードに出力して、意識の一部を脳からパソコンに移す。そんなイメージ。

 そんなことを自分の専攻の授業の合間にやっている。僕は大学の文学部に所属していて、学部の三回生で、そして割とまじめに今まで単位を取ってきたから、割とこの時期は講義が入っているコマが少なく、空き時間が多かった。僕の専攻は英文学なのだけれど、その割にはしゃべる能力にそれが生かされていない。大学には留学生も多く、コミュニケーションをとろうと思えばできなくないのだけれど、そして意思はあるのだけれど、どうしても話しかける段になると尻込みしてしまう。

 こんなことがあった。ある日学部の友人と駅前を歩いていたら同じ大学の留学生が道端英会話教室なる看板を首からぶら下げて通りすがりの人と話していた。たぶん留学生がとっている授業のフィールドワークみたいなものだろう。同じ大学で英語を専攻している僕らは彼と面識があり、彼は礼儀正しく会釈をした。僕は会話に自信がないから避けようと思っていたのに友人がその留学生に話しかけに行って、結局3人で会話をすることになった。僕は英語の成績が友人よりずっと良いにも関わらず、ほとんど話すことなく始終留学生と友人の下手な英語での会話を聞いていた。

 僕は異国の地で働くことに強いあこがれを持っていた。だから学部も語学を専攻できるところを選んだし、英語はかなり熱を入れて勉強した。ばかみたいだけれど、異国の地には冒険があると思ったのだ。そしてそこでハードボイルドの主人公みたいに活躍する自分を夢見たりした。

 僕が海外にあこがれた動機と言おうか、きっかけといおうか。動機の解析は本人にすら困難だが、僕にとっては結構明白だ。僕の友達、というか幼馴染の存在だ。と言っても幼少期しか付き合いがなかったのだけれど。母親同士が仲良く、よくその子の家や僕の家で遊んだ。その子はなかなかの男前で、活発で僕が引き留めるのを無視して人の家の庭に入り、「侵入成功。セキュリティーが甘いぜ」と書いたメッセージを玄関口に置くという極めて迷惑な遊びを好んでいた。活発だったが水が苦手なようで、プールに誘ったときは全く乗ってこなかった。泳げないとかなんとか恥ずかしそうにして。泳げないことを恥ずかしがるような性格には思えなかったけれど。それはともかく。彼はものすごく英語が上手だったのだ。いろんな話をしてくれたけれど、話の内容よりその子の英語交じりのしゃべり方が印象に残っている。よくその子に英語を教えてもらった。公園が授業の主な舞台だったけれど、時々進入中の他人の家の庭だったりもした。その住居侵入罪を犯している最中に僕が冒険の必需品である水筒からコーヒー牛乳を取り出して飲んでいた。

「いいもの持ってるじゃん。それ頂戴」

「はい」

 その子は茶色の液体を口に含みすぐに吐き出す。汚いな。

「うー。店で売っているやつはもっと甘いし。なんでミルク色なのに苦いのさ」

「こんなもんだよ」

「うーん。大人だなー」

「あ、家のヒトだ」

「やべ。Give me a break(勘弁してよ)」

 そんな風にして小さな冒険をしていた。英語でしゃべる幼馴染が冒険をする。僕の異国で活動するというのはこの子をモデルにしているのかもしれない。彼は僕と違う幼稚園に行っていて小学校に進学すると同時に離れ離れになった。遠くに引っ越したのかもしれない。以来僕がこのかっこいい幼馴染のようになろうとして独学で、小学校の英語教育プログラムが充実する以前の制度の中で英語を習得しようとした。

 でも大学に入ってしばらくして僕は認識を正す。

 僕は一度短期留学に行ったことがある。英語圏の国で一か月ほど過ごしたのだけれど、語学留学なのに僕は必要な会話以外を避けてしまった。大失態を犯したとかそういうことではない。ただ何となく、慣れない英語で四苦八苦しながら話すのがつらくてなえてしまった。そして僕が理想とするような人物ならこんな風にならないだろう。所詮は理想であり絵空事なのだ。だから空想に過剰な期待をよせるのはやめよう。

 こんな風にして僕は自分のあこがれをゴミ箱にポイって捨てた。それからの僕はただ日常に流されるだけ。時々ワードに僕の空想をタイプするだけ。

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