“調律師”バアルゼフ その3
『アレグロ』とそう呟くとバアルゼフの操る楽団は呼応するように演奏を変化させる。
より激しい音調に変化し、それに合わせて攻撃も激化する。
「早い……!」
「激しいのだ!」
「『アレグロ』……“速く”という意味の音楽用語ですね。彼はやはり音楽に関する能力なのでしょうか……?」
激化する攻撃を俺達は何とか捌いているとバアルゼフは指揮棒を振るように杖を扱いながら声を上げる。
「音楽の嗜みがあるようですねお嬢さん。そう! 私の能力は芸術……もとい素晴らしき音色を奏でるモノなのです! この能力もここまで昇華できたのはあなた方人間の文化のおかげでもあるのですよ!」
「人間の文化のおかげだって……?」
「元々私の能力は芸術というモノを知る前はただ音を響かせ聞いた相手を怯ませる程度のモノでしかありませんでした。……しかし! 魔王様の元で他種族の様々な文化というモノに触れ、そこで私は音楽というモノに出逢いました! そして今! 私は四大魔候として仕えるほどの力まで得ることができたのですよ!」
芸術に触れて能力が覚醒したのか。
ふとした拍子でここまで強くなる可能性を秘めているというのも不思議なものだ。
バアルゼフの口調はヒートアップする。
「だから私は人間は素晴らしい生き物だと思うのです! 己の感情を言葉や偶像に込め、それを美しく素晴らしい芸術へと昇華する姿勢を! 私は非常に尊敬しているのです! 力だけではない様々な可能性を! 私は信じているのです!」
「だったら大人しく引き下がってくれないかね。人間様の為にな」
「……しかし、それ以上に魔王様を尊敬しています。あの方の理想を叶えるお手伝いをしたいのです。あなた方も考え直してはいかがですかね?」
「お断りだと言っているだろう」
種族単位で露骨に見下されるのも嫌だがこうして過剰に持ち上げられるのも何だか気持ちが悪い。
だが口調とは裏腹に攻撃を緩める気配は一切ない。
やはり四大魔候というべきか仕事は遂行するというワケだ。
そしてバアルゼフは杖を振るいこう呟く。
「――『グラーヴェ』!」
ズンッと身体が急激に重く感じて思わず膝をつく。
重力まで操れるのか。
「『グラーヴェ』……“重々しく”……音楽に関連することなら自由自在というワケですか……!」
「えぇ、このオーケストラでは誰もが奏者であり、私がそれを操る指揮者であります。全てが私の意のままに音楽は奏でられるのです。抵抗は無駄です。あなた方では太刀打ちできません」
伊達に調律師を名乗っていないな。
しかし、このままじゃ一方的だ。
何とか状況を打開しなくては。
先ほどのように一太刀入れられれば……
「…………待てよ?」
ふと、あることが疑問に過る。
こうして今、俺達はバアルゼフの意のままにされているが何故先ほど俺は単身で突撃して攻撃を入れられたのだろうか。
攻撃をされる直前にもバアルゼフは俺を認識していたし反撃や防御など容易かったはずだ。
にも関わらずバアルゼフは俺の攻撃を受けた。
多少こちらを舐めていたのかもしれないが、それでも自分の腕を一つふきとばされるほどの失態を犯すだろうか。
バアルゼフの能力は“音”を操るものだ。
それは奴自身が説明したことだ。
ならば俺達はどうやってその音の能力の影響を受けているのか。
そこから考えれば自ずと突破口は見えてくる。
「うおおおお!!」
俺は一心不乱に叫んで一直線にバアルゼフに向かって行く。
シャルロットが作った安全圏を越えて更に音の影響が濃くなるものの構わずにひたすらに叫んでただ進んで行く。
「カムイお兄ちゃん!?」
「自殺行為よ!? 待ちなさい!?」
「無茶です!!」
「マスター……!」
そんな仲間の声にも耳を貸さずにひたすら前進する。
「無駄なことです……! 『グラーヴェ』!」
しかしそれは効力を発揮しなかった。
「……っ!? 『ペザンテ』!! 『スモルツァンド』!!」
バアルゼフは能力が効かない様子に慌てて更なる指示を飛ばすが俺には全く通じなかった。
奴の能力は“音”だ。
そして音というモノは耳で聞くモノだ。
そして恐らくバアルゼフの能力は奴が奏でる音を“聞く”ことで効力を発揮する。
先ほどの俺はただ一心不乱に聞く耳を持たずに暴れまわった結果一撃を入れられたのだ。
更に強力になった後も対処法が分かれば簡単だ。
俺は咄嗟に自分の鼓膜を潰し、聴覚を絶った。
こうなれば後はただ剣を振るうのみ。
ズバッ!
俺はバアルゼフに一太刀を与えた。
「こ、ここまでとは……!」
傷口から大量の紫色の血を吹き出してバアルゼフはその場に膝をつく。




