執着
「クラウス……どうして二人いるんだ……?」
目の前に突如現れたもう一人のクラウス。
その姿は俺が知る姿の奴であり、その身体は若干の半透明になっていた。
ゆっくりとこちらに歩いてくるクラウスを見て俺は身構える。
「どうしてって……そもそもキミがボクの走馬灯に何故入り込んでるのかが不思議でならないよ。……それにそんなに警戒することはないよ。どうせ今のボクにはキミを追い出す力は残っていない。ただ消え行くのを待つ亡霊さ……」
そう言って乾いた笑みを浮かべながら俺の横を通り過ぎる。
走馬灯……と言ったか。
じゃあ、目の前にいるのは本物のクラウスなんだな。
自分の死を受け入れているのか執念らしい物は感じられず、ただ冷たく淡々とした態度をとる彼を見て俺は問いかける。
「……怨めしくないのか? 自分を討った奴が目の前にいるんだぞ? ……断末魔も生への執念を感じたのにどうしてそんなに自分の死を受け入れてしまってるんだ?」
「それをボクに聞くのかい? 勿論、当然思ったさ……死にたくない、消えたくない、終わりたくない……ってね。だけど……もうどうでもいいんだ。ただ今はゆっくりと地獄に落ちたい気分なんだ……」
そう言って足を止めて今の心境を語り出すクラウス。
その後ろ姿は何処か寂しそうであった。
「……だけどキミがいつまでも此処にいたら逝くに逝けないしね。何しにきたんだい? さっさと要件を済ませてくれよ。ボクはもうすぐ消えちゃうからさ……」
そう言ってクラウスはこちらを見て肩をすくませてくる。
そして俺は自分がここに来た目的を話す。
「声が……聞こえてきたんだ。“魂を救え”ってさ……声に導かれるままに移動したら……お前の所にいた。そして直感的にナイフを突き刺すと……ここにいたんだ」
「……馬鹿げてるね。ボクを救うって? まさか生き返らせてくれるのかい? その手でボクを殺した癖に?」
俺は言葉を詰まらせる。
そうだ、全くもって馬鹿げてる。
何のためにコイツを救おうというんだ。
少し過去を覗き見したから多少の同情はしたが、それでも簡単に許せる存在ではない。
それに……“救う”と言ってもそれは決して生き返らせるというわけではないと思う。
魂を形にして残す、俺ができるのはそれだけだ。
「……まぁいいさ。キミが酔狂で無様に死んだ負け犬の人生を眺めていたいなら止めはしないよ。何ならボクが解説してやろうか?」
そう言ってクラウスは歩きだす。
するとまたしても空間が歪み出す。
今度は先ほどの場面から移り変わり選手控え室にいた。
そこには剣に何かの細工をしている過去のクラウスがいた。
その光景を見てクラウスは乾いた笑みを浮かべながら語る。
「ほら、あれがボクさ。対戦相手の剣に対して刃零れしやすくするように細工をしたのさ」
「……何でそんなことをしたんだ? 卑怯な手を使ってまで勝つ必要がある相手だったのか?」
フフッとクラウスは笑い再び語り出す。
「いいや、必要があったとは言い難い相手だよ。無名で平凡な家柄の男でその大会初参加の奴だった。……だけど不安だった。曲がりなりにも決勝まで勝ち上がってきた相手、それに全くの実力未知数の相手だ。それに家柄も実績もない相手に負けた後のことを考えると……ボクは不正に手を染めてしまった」
過去の追憶のクラウスは細工をした後に自分を言い聞かせるように独り言を呟く。
「これは……保険だ。そう、勝負が長引いて決着を早める為のものだ……こんなことをしなくてもボクは勝てる……勝てる……勝てるんだ…………」
過去の自分の様子を客観的に見てクラウスは悲しげな表情を見せる。
「……哀れだね。どれだけ言い繕っても不正をした事実は変わらないのにね……」
空間が歪み出す。
すると今度は剣術大会の決勝戦まで場面が飛ぶ。
既に試合は始まっておりクラウスと対戦相手は互いに剣を交える。
剣は互いに打ち付け合い、決定打のないまま試合は膠着状態が続く。
しかし、終わり唐突に訪れた。
二つの剣がぶつかり合うと対戦相手の剣が刃零れをしだしたのだ。
その隙を見逃さずにクラウスは剣を場外まで弾き飛ばす。
試合はクラウスが制することになった。
歓声は巻きおこってはいたが対照的に追憶のクラウスの表情は暗かった。
不正の罪悪感が胸を締め付けたのだろう。
そしてクラウスはふと対戦相手のほうを見る。
そこには決勝で負けて泣いて悔しがる姿が見えた。
だがそれだけではなかった。
悔しがる彼の周りには彼の家族がいた。
息子が負けて悔しがっている最中に良く頑張ったと誉めてくれる親や決勝での戦いぶりに感激した兄弟達が対戦相手の彼にはいたのだった。
“それ”はクラウスが一番欲しかった物だったのだろう。
結果に左右されない愛ある言葉……それも家族、親からの言葉。
不正をしてまで勝ったのに負けた相手は当たり前のように手にしてる光景を見てクラウスは何を思ったのだろうか。
「ボクは……ボクは…………」
そのまま追憶のクラウスは膝から崩れ落ち、たちまち空間も合わせて歪む。
そして場面はクラウスの家に移る。
「……さて、ここからが見所だよ。罪悪感で胸が締め付けられていっそのこと楽になりたいと父さんに不正をした事実を話すシーンさ」
そう横のクラウスが言うと最初の場面のように父親のライハルトと相対する場面になる。
自分の罪の告白をする追憶のクラウスに対してライハルトは驚き立ち上がり、胸ぐらをつかんで叱咤する。
「お前は……何てことをしたんだ! 騎士の風上にも置けん奴め!! それでもお前はベンドラトの男か!? 何故こんなことをした!?」
「…………」
そのまま突き飛ばされ床に打たれるクラウス。
まぁ、あの父親からすれば不正をした理由もそれを告白をした理由も検討もつかないんだろうな。
「……この後勘当されたのか?」
「ハッ、それならどれ程良かったか……まぁ、見てなよ」
それからライハルトは頭を抱えながら椅子に座り、しばらく黙り続ける。
そしてクラウスに目を合わせないようにして呟くように話す。
「……この話は誰にもするな。これは墓場までもって行く……勿論、アーサーにも話すな。クラウス、お前は優秀なはずなんだ……たった一度の過ちで人生を棒に振るわけには行くまい。……だから今晩はじっくりと反省し悔い改めなさい。話は以上だ……!」
そう言われると過去のクラウスは虚をつかれたかのようにしばらく呆然として複雑な表情をしたまま部屋を去って行った。
その光景を見た横にいるクラウスは怒りと悲しみが入り交じった表情を必死に抑えている状態だった。
「……どうだい? 口ではボクを心配してる感じの言葉だけど、その本音は家のブランドにキズが付くからひた隠しにしようとしていただけさ……あの人は最後までボクを家を継いでくれる都合のいいモノとしてしか見てなかったのさ」
「いや、決してそれだけの意図だけではないかもしれないじゃないか……」
するとクラウスの周りに怒りを表すような炎が纏われ激昂し始める。
「じゃあ何で目を合わせないんだよ! 結局……あの人はボクを一人の息子として見てなかったってことじゃないか!! あれほど欲しかった労いの言葉も……一人の人間として見てなかったとしたら意味がないじゃないか!!」
更に怒りは燃え上がるようになり、それに呼応するように周りの空間が歪む。
クラウスは燃え上がる怒りのままに感情を爆発させる。
「ボクは思ったさ……こんな家に居てもボクは永遠に幸せになれない……! ボクのことを真に認める存在が欲しいってね……! そして……その人は居たんだよ……!」




