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七話、弟子の弟子

五話、六話、七話を同時投稿しています。

 どんな病気も怪我も治してしまう“魔女の秘薬”⎯⎯“命の花”


 この花を咲かすことができるのは、魔女の生涯でただ一度、たった一輪⎯⎯救える命もただ一つ。


 ですから、ほとんどの魔女が人の寄りつかない森や山の中に(こも)っているのです。


 重病に苦しむ人や、命にかかわる怪我人に出会うたびに“命の花”を咲かせていたら、魔女はたちまち一人もいなくなってしまいますからね。


 魔女はけっして、苦しむ人々の姿を見ても何とも思わないような冷血な生き物ではないのです。


 でも、一生誰にも会わずにいることなどできません。


 魔女はいつか出会ってしまうのです。

 自分の“命の花”を咲かせてでも救いたいと思う誰かに⎯⎯。


 それは、男であったり女であったり、子供や大人、どこかの王様であったり、行き倒(ゆきだお)れの孤児(みなしご)であったりもします。


 そのまま花の(たね)を受け()いで魔女になった者も少なくはありません。


 魔女は人よりも長生きです。

 寿命(じゅみょう)は普通の人の二倍から三倍。十倍ほどになる魔女もいます。


 でもその寿命の最後まで生きた魔女は一人もいません。


 怪我や病気で亡くなった魔女もいますが、ほとんどの魔女は、どこかの誰かのために“命の花”を咲かせて、砂時計の音を聞きながら命の終わりの時を(むか)えてきたのです。


 魔女たちは、この“命の花”のことをけっして魔女以外には話さず、秘密にしてきました。


 魔女の仲間の命を守るためです。


 秘密を知られてしまったら、“命の花”を手に入れようとする誰かに閉じ込められてしまったり、仲間を人質(ひとじち)にされて、花を咲かせるように(おど)されたりするかもしれませんからね。


 まあ、魔女たちは誰かに簡単に(つか)まってしまうほど弱くはありませんけれど。


 “命の花”は大切に秘密にされてきたので、じつは魔女たちも、どんな花なのかを知りません。


 花を咲かせた魔女たちが秘密にして話さなかったからです。


 みんな同じ花なのか、一人一人違う花が咲くのかも、誰にもわかりません。


 ただ、見たことも無いような美しい花だとポツリともらした魔女が一人だけいました。


 “命の花”⎯⎯どんな花なのでしょうか?



 ◆◇◆◇◆



 ターニャは雪が嫌いでした。


 雪はいつもターニャから大切なものを取り上げてしまうからです。


 母もエイラも薬屋のお爺さんとお婆さんも、雪の降る日にターニャを置いていってしまいました。


 ⎯⎯でも、雪はやっぱりただの雪なのね。


 去年の新年最初の雪の朝、初日(はつひ)()らされた真っ白な(みやこ)を見たエマは、雪が綺麗(きれい)だと言ったのです。


 エマはターニャの弟子です。今年十四歳になった、正真正銘(しょうしんしょうめい)の少女です。


 紹介の言葉が変ですか?


 だって、ターニャはもう五十歳を過ぎているのに、魔女見習いになったあの日とほとんど変わらない姿なのです。

 二人がいっしょに歩いていると、ターニャはエマの妹だと思われてしまうのですよ。


 年齢不詳(ねんれいふしょう)の魔女はターニャだけではありません。


 あの日、⎯⎯今日から自分が、エイラに代わってターニャの師匠になる⎯⎯と言ったエイラの友人も、その一人です。


 銀髪に紫の瞳の二十歳ぐらいの“美青年”に見えたカリナは、じつは四百歳を過ぎた“大お婆さん”でした。


 あの時、カリナは魔法の花を咲かせたターニャを一人前の魔女として認めてくれました。

 そしてエイラの代わりに、“新しい魔女のために、師匠が真っ先にしなければならないこと”をしてくれました。


 “命の花”の話をすることです。


 カリナが「もう二度と戻って来ない」と言ったエイラに何があったのかをターニャは知りました。


 あの見かけによらぬお人好しの魔女は、ターニャが魔法の花を咲かせる前にいってしまったのです。


 勝ち逃げです。


「そんな生意気な(くち)は魔法の花を咲かせてから(たた)くんだね!」⎯⎯と、いつも馬鹿にしたようにターニャを見おろしていたエイラ。


 ターニャはもう、「ちゃんと魔法の花を咲かせたわよ。ほら、見てみなさいよ!」⎯⎯と、エイラに言い返すことができないのです。


 ⎯⎯いいわ。見てらっしゃい。


 その日、ターニャには新しい目標ができました。


 ⎯⎯魔女たちが“命の花”を咲かせる必要が無くなれば良いのよ。


 ⎯⎯“命の花”に負けない魔法の薬を開発すれば良いんだわ!


 ⎯⎯薬だけじゃだめだわ。高性能の義手(ぎしゅ)義足(ぎそく)も。それから……。


 そんなことを考えているのは、ターニャだけではありません。


 “命の花”はいざという時のための切り札(きりふだ)です。


 切り札は最後まで大切にとっておくものです。


 そのためにはどうすれば良いのか?


 魔女たちは今日も魔法の薬や魔法の道具の研究に(せい)を出しています。


 世界魔女会議事務局(せかいまじょかいぎじむきょく)では、今日も魔女たちがさまざまな研究成果(けんきゅうせいか)を持ちよって、情報交換をしています。


 ⎯⎯魔女のローブを、ピンクの花柄に変えてみたんですぅ。これで植物を育てるのがもっと上手(じょうず)になりますよ~。


 ⎯⎯血だー。血を寄越(よこ)せー。誰か(われ)にドラゴンの生き血を~~~~っ。


 ⎯⎯オーッホッホッホッホッ。(わたくし)の華麗なる新魔法に注目(ちゅうもく)なさいっ!




 …………ええ。魔女たちは今日も世のため人のために頑張(がんば)っているのです。


 ⎯⎯オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ…………!



 ◆◇◆◇◆



 あの日、ターニャはカリナが新しい師匠(ししょう)になるというのを(ことわ)りました。


 まっすぐに自分を見上げてくる黒い瞳をしばらく見つめたあと、カリナは条件付きでターニャの“一人立ち(ひとりだち)”を認めてくれました。


 条件は、カリナをターニャの“保護監督員(ほごかんとくいん)”として認めることでした。


 じつは、“保護監督員(ほごかんとくいん)”などという役職(やくしょく)はありません。

 そして、カリナが世界魔女会議事務局(せかいまじょかいぎじむきょく)の局長という(えら)い人だったことなども、ターニャは

あとになって知りました。


 カリナは“氷の人形”の異名(いみょう)を持つ有名人でした。


 そして、いつも冷たい無表情のカリナが、じつは可愛いものが大好きな人だったことも、ターニャはあとで、自分の身をもって知ることになりました。


 ターニャは一人前(いちにんまえ)の魔女として認められましたが、本当なら、師匠から「独立(どくりつ)を許す」と言われて初めて一人前です。


 ⎯⎯だから今でも、私はあんたの弟子(でし)のままだわ。


 ターニャは、背の高い鷲鼻(わしばな)の魔女が、しわしわの大きな口を開けて大笑いしているような気がしました。




 ターニャは今でも、険しい山の中の魔女の家で暮らしています。

 時計鳥(とけいどり)もいっしょです。


 最近、時計鳥には新しい呼び名ができました。“ホーさん”といいます。

 エマが、「時計鳥なんて可愛くありません」と主張したからです。


 ホーさんは今、ターニャが作った魔法の生き物⎯⎯後輩たちの訓練をしています。

 ネズミ、カラス、モモンガ。けっこう優秀なんですよ。


 少し前にも、とある男の人の引き出しの奥から、ずっと提出を忘れていた書類を見つけて引っ張り出してあげたことがありました。


 男の人は罰金(ばっきん)をたくさんとられてしまったようですが、牢屋(ろうや)には入らずにすみました。

 いやあ、良かったですね。




「お師匠様っ、ああもう、きれいな髪がクチャクチャじゃないですか。良いです。食べててください。その間に私がとかしますから。野菜も食べないと大きくなれませんよ。ちゃんと見てますからね!」


 エマは今日も働き者です。


 ターニャは、⎯⎯私が魔女の弟子のままなら、この子は弟子の弟子ってことかしら?⎯⎯と、考えながら、エマが焼いた美味しいパンをほおばりました。


 ターニャには、今、二つの目標があります。


 一つは、エマが一人前の魔女になって“命の花”を咲かせることができるようになる前に、命の花の種に負けない魔法の薬の開発を間に合わせることです。


 ターニャは五年で魔法の花を咲かせてしまいましたが、普通なら十年から二十年はかかるそうです。


 ⎯⎯競争ね。


 競争なら、師匠の自分が負けるわけにはいきません。



 そしてもう一つの目標は、ターニャがいつかしわしわのお婆さんになって、たくさんの弟子たちに見守られてこの世を去るとき、「ほうら、これが命の花だよ」⎯⎯と、弟子たちをびっくりさせて笑いながら安らかに死ぬことです。


 もっとも、その頃にはとっくに、それが魔女の最後の定番(ていばん)になっていて、珍しくもなんともなくなっているかもしれません。


 そんな気がしませんか?




おしまい

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