五話、魔法の花
五話、六話、七話、同時投稿です。
魔女見習いになるためには、魔法の種を芽吹かせることが必要でした。
では、一人前の魔女になる条件は?
それは⎯⎯芽を育てて花を咲かせることなのです。
魔女たちは月に一度、魔法の花を咲かせます。
魔法の種から出た芽が大きくなって根をはり、成長して花をつけるのです。
この花を見た人たちは、皆とても美しい花だったと言います。
キラキラとした光を纏う小さな花なのだそうです。
満月の夜の次の夜明けに魔法の花は開きます。
花が姿をとどめていられるのはほんの一時。
光とともに花が消えたあとには、魔法の種が残ります。
この種を、魔女は自分の中にしまっておくのです。魔女の体の中のどこかに種をしまっておく部屋があるらしいのです。
この種は、魔法の薬や魔法の道具の材料になったり、大きな魔法をかける時に必要な物だったりします。
そしてもう一つ、魔女の適性を見るためにも使われます。
魔女になりたいという者たちの体にこの種を植えつけ、芽が出るかどうかを確認するのです。
魔女それぞれの魔法の力の強さによって、花の数は違います。
一度に二つ、三つの魔女もいれば、一度に十個以上の花を咲かせる魔女もいます。
この、魔法の花を初めて咲かせた時、魔女見習いは一人前の魔女になるのです。
ターニャはエイラが驚くほどの速さで魔女の教えを吸収していきました。
あとは、魔女見習いの最後の課題⎯⎯魔法の花を咲かせるだけです。
あれから何回の満月を見送ったでしょう。
エイラと出会ってから五年。ターニャは十三歳になっていました。
でも、ターニャの姿はあの頃とほとんど変わっていません。
それは、ターニャの寿命が長いということ、つまり、ターニャの魔法の力がとても強いということを示していました。
ターニャは魔女になんかなりたくありませんでしたし、お母さんを亡くした時は、薬なんかもうどうでも良いとも思いました。
でも、今は一日も早く一人前の魔女になって、魔法の薬を作りたいと思うようになっていました。
都の薬屋の夫婦が心配でした。二人とも、あの時よりも年をとって、風邪をひきやすくなっているようでした。
今でもエイラは都の薬屋に魔法の薬を売りに行くので、二人の様子は聞いています。
貴族たちに目をつけられるのも面倒なので、エイラは魔法で姿を変えて行くのです。
魔法の花を咲かせて一人前の魔女にならなければ薬を作ることはできません。
魔法の花の種は、それを生み出した魔女にしか扱えないからです。
昨夜は満月でした。残念ながら、雪雲にさえぎられて月の光は地上まで届きませんでしたし、今も山の端から差し込む朝日は見えそうにありませんが⎯⎯そろそろ夜明けのはずです。
ターニャには今日こそ花が咲きそうな予感がありました。
「あっ……」
ターニャの右手の手のひらが、少しずつ温かくなってきています。
手のひらを目の前で観察していると、だんだん真ん中が青白く光り始めました。
ワクワクしながら観察していると、やがて⎯⎯⎯⎯ポンッ。
はじけるように双葉が飛び出して、ターニャはあわてて手のひらを上に向けました。
魔法の花はなるべく途中で曲げずに、まっすぐ上に伸ばしたほうがたくさん花がつく⎯⎯と、本に書いてあったのです。
ターニャが何を質問しても、エイラは「自分で考えな」と言うだけで答えてくれませんでした。
そのくせ、ターニャが目を覚ますと、目につくところに見覚えの無い本が置いてあって、その本を読むとなぜか質問の答えが書かれていたりするのです。
ターニャと時計鳥が息を飲んで見守っている目の前で、双葉からするすると茎が伸び、葉を出しながら枝分かれして、さらにぐんぐん大きくなって⎯⎯えっ?
⎯⎯ちょっと待って、どこまで大きくなるの?
「ホウホウッ、ホホウッ、これはたいしたもんだホウッ」
慌てるターニャと楽しそうな時計鳥の前で部屋いっぱいに育った“それ”はやがて⎯⎯。
⎯⎯ポンッ、ポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン……ポンッ。
なんだか本に書いてあったのと、話が違います。
たしか、多くても花が十個って……。
花の茎というには大きくのびのび育ち過ぎた“木”の枝に、魔法の花が満開に咲いています。
ターニャの手のひらから生えているのですが、重さはまったく感じません。
花がキラキラと輝いて、部屋の中は昼間よりも明るくなりました。
時計鳥はまぶしそうに目を細めています。
花はすぐに散り始め、ターニャの周りを真っ白な花びらが舞う様子はまるで雪のようです。
花びらは床に落ちる前にキラキラとした光を残しながら次々に消えていきます。
その光景に、ターニャと時計鳥は時を忘れてうっとりと見惚れていました。
最後の花びらが消えるのといっしょに、部屋いっぱいに枝を広げていた木も細かい光の粒になって消えていきました。
そして、ターニャの手のひらにはたくさんの種が山になっています。
小さな手のひらからこぼれてしまう分は、ターニャの中に入っているようです。
テーブルの上に全部出して数えてみると、……253個。
…………満月のたびに同じぐらいの種が手に入るなら、ターニャ一人で世界中の人に行き渡るだけの魔法の薬を作ることができてしまいます。
⎯⎯でもやらないわよ。そんなこと。
朝から晩まで、いいえ、寝るひまもなく魔法の薬を作り続けたり、魔法の種を作るためだけの道具にされたりするのは⎯⎯真っ平ごめんです。
魔法の種の使い道は薬を作るだけではありません。
これだけ数があるなら、これまで種がもったいないからと、後回しにされてきた様々な魔法の研究に使うことができます。
新しい魔法の薬や魔法の道具を開発することだって⎯⎯。
修行の間に、ターニャにだってこれからやってみたいことがいろいろできたのです。
魔法の花は魔女が成長すると少しずつ増えていくと言われています。
次からはターニャの部屋ではなく、もっと広い場所を使わなければいけないかもしれません。
数えた種を自分の中にしまうと、ターニャはエイラの姿を探しましたが、今日は姿が見えません。
満月の翌朝は、いつも興味が無さそうな振りをして、エイラが陰からこっそりのぞいているのをターニャは知っています。
花が咲かずにがっかりしているターニャに気づかれないようにと、そうっと離れて行く様子にも気づいています。
それなのに、よりにもよって今日、エイラの姿がないなんて……。
⎯⎯なんて間の悪い魔女なのかしら。
ターニャはまだ気づいていませんでした。
この家のどこにも、もうエイラはいないということに⎯⎯。
◆◇◆◇◆
冬の門番は、兵士の中でも嫌われる仕事の一つです。
先輩は書類仕事をすると言って、番小屋の中でさぼっています。
新米兵士の少年は、何かあったらすぐに呼ぶようにと言われ、雪の中で門の見張りをさせられているのです。
何かなんてありはしません。
ここは都の北の門。この先には少し前まで魔女が住んでいたという森があるだけです。
商人も旅人も、ここを出入りすることは無いのです。
通るのは獣を狩りに行く狩人に、木の実や野草を採りに行く人たち。みんな知り合いです。
門番の仕事は、熊や猪などの大きな獣から門を守ることぐらいですが、そんな大きな獣はめったに出ません。
今夜の仕事も何も無いまま終わるのだろうと、少年は思っていました。
寒さで体が固まらないように小さく足踏みしている少年の横を、黒い影がスウッと通り過ぎました。
見ると、黒いコートを着た背の高いお婆さんです。
見た覚えの無い顔ですが、べつにおかしなところはありません。
ここが雪の夜中の北の門でなければ⎯⎯。
「婆さん、どこに行くんだ。危ないぜ」
心配して少年が声をかけると、ゆっくり歩いていたお婆さんが立ち止まり、少年のほうに振り向きました。
そして、顔をゆがめてニヤリと笑うと、スウッと消えてしまったのです。
⎯⎯えっ?
下を確認すると、雪の上には足跡が残っていました。
町の方から歩いてきた足跡は少年の前まで続いていて、…………その先が無いのです。
足跡が途切れたのは少年の目の前⎯⎯。
少年の背筋をゾゾーッと何かが走り抜けたような気がしました。
少年が番小屋に転げこむと、話を聞いた先輩は、「雪の中で居眠りをしたら死ぬぞ」と少年にげんこつを落としました。
少年が寝ぼけて何か勘違いをしたと思われたのです。
交代の兵士がやって来るまで、先輩が代わって外に立ってくれることになったので、少年は番小屋の中で毛布にくるまって、先ほどのことを考えていました。
⎯⎯足あとはたしかにあったのに、人が目の前で消えちゃうことなんてあるのかな?
少年はお婆さんの姿をしっかり覚えていました。
背が高くて、枯れ木みたいにやせていて、大きなギョロッとした目に鷲鼻……。
⎯⎯なんだか魔女みたいだったな。
少年は毛布の中でブルッと震えたのでした。