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三話、意地っ張りの魔女見習い

 魔女は、弟子になりたいと申し出た者の体の中に“魔法の(たね)”を植えつけます。

 この種を芽吹(めぶ)かせることができたら魔女の適性があると見なされるのです。


 あとは魔女がその見習いを魔女の仲間として認めるなら、魔女の弟子になることができるのですが⎯⎯。


「私、魔女になりたいなんてひと言も言ってないわっ!」


 そうです。ターニャは魔法の種を植えつけられたことすら知りませんでした。


 ⎯⎯いつの間に……たしか雪の中で倒れて……そうよ、私は魔女の家で目を覚ました。私が眠っている間に、魔女が勝手(かって)にやったんだわ。


 魔女は相変わらず、人を馬鹿にしたようにニヤニヤ笑っています。


「良かったじゃないか。お前は魔法の種を芽吹(めぶ)かせることができた。これでお前も、世のため人のために魔法の薬を作れるようになるねえ」


 ターニャは思わずゆがんでしまった顔で、魔女から目をそらしました。


「お母さんは死んじゃったもの。もう、そんなの意味が無いわ」


「おやおやおや。これは驚いた」


 魔女は大げさに、ただでさえ大きな目を見開いてみせました。


「私ら魔女にはみんなのために働く義務があるようなことを言っておいて、いざ、自分がその立場になりそうになったら逃げ出すのかい?」


 ターニャの顔が真っ赤になって唇を噛みしめました。


「そうかそうか。新しい魔女見習いさんは、あんなに偉そうなことを言ったのに、本当は他人なんてどうだって良いんだねえ。おお、(かしこ)い、(かしこ)い」


 顔はますます赤くなり、小さな体がこきざみにワナワナと(ふる)えています。


「良いんだよ。本当に魔女になれるとなった時に、怖くなって逃げ出す(やつ)が一人もいないわけじゃない。

 なあに、魔法の種と芽を枯らしてしまえば良いのさ。

 そうすれば二度と魔法は使えない。簡単なことだよ」


 魔女は(かが)んでターニャの目をのぞきこむと、低い恐ろしげな声で言いました。


「お前の中の種を枯らしてやろうか?⎯⎯そうすれば、お前はもう二度と魔女になれない。私と()うことも、もう無いだろうよ」


 魔女の顔が急に大きくなったような気がしました。

 ターニャにはもう、魔女の瞳しか見えません。

 魔女の瞳の奥に、青い炎がゆらゆらと燃えているように見えます。

 それはターニャをおびき寄せて燃やしてしまう、(わな)のようにも見えました。


 魔女が低くささやきました。

「どうするね?⎯⎯魔女なんてやめて、普通の娘として生きていくかい?」


 まるで、深い深い水の底から聞こえるような声でした。気を抜けば引きずりこまれてしまいそうです。


 ターニャはおもいっきり走り回ったあとのように荒い息づかいに(あえ)いでいました。

 今声を出したら、みっともないかすれた(ふる)え声になってしまうに違いありません。


 ⎯⎯嫌よっ!


 意地悪な魔女に自分の弱いところを見せたくなどありませんでした。


 ターニャはカチカチと音をたてる自分の歯を食い(しば)り魔女の瞳をにらみつけました。


 そして、はっきりと首を横に振ったのです。


 すると、魔女の瞳の中の青い炎が静かに消えていきました。

 あとに残ったのは、晴れた冬の空のような()みきった薄い青でした。


 元の大きさに戻った魔女の顔は、もうニヤニヤした笑いを浮かべてはいませんでした。


「それは魔女見習いに⎯⎯私の弟子になるということで、良いんだね」


 魔女がゆっくりとした声で確認すると、ターニャは力強く、今度は縦にうなずきました。

 そして何度か深呼吸をしてから、魔女の顔を(いど)むように見上げたのです。


「でも、私はあんたみたいな悪い魔女にはならない。

 それに、あんたのことを師匠(ししょう)なんて絶対に呼んだりしないわっ!」


 魔女は目を丸くしたあと、大声で笑いだしました。


「ハァーッハッハッハッハッハッ……」


 こんなに腹の底から思いっきり笑ったのは何年、いや何十年ぶりでしょうか?

 こんなに愉快だったことは、生まれて初めてかもしれません。


「良いだろう。それじゃあ私のほうも、これからお前のことを弟子(でし)ではなく、ターニャと呼んでやるよ」


 こうして、ターニャは魔女見習いになり、エイラのもとで、立派な魔女を目指すことになったのです。



 ◆◇◆◇◆



 ターニャの母親を、ターニャとエイラと薬屋の奥さんの三人で(とむら)いました。

 薬屋の店主は魔法の薬の発送の仕事で忙しく、まだお城から帰ってこられなかったのです。


 ターニャの母親は、八年前、行き倒(ゆきだお)れていたところを、心優しい薬屋の夫婦に救われました。


 その時、彼女の大きなお腹の中には赤ちゃんがいました。

 それからまもなく、薬屋の離れでターニャは生まれたのです。


 子供がいなかった薬屋の夫婦は、この親子を離れに()まわせ、面倒をみてくれました。


 名前も生まれた場所も何も話そうとしない、まだ十代半ばと思われる若い母親。

 生まれた娘の首にかけた異国風のお守り。


 何か問題を抱えていそうな母と子でしたが、人の良い夫婦はこの二人を放っておくことができなかったのです。


 ターニャの母親はまるでどこかの⎯⎯いいえ、間違いなくどこかのお嬢様だったのでしょう。

 世間知らずで、無邪気で、品があって、人を疑うことを知らない人でした。


 料理も掃除も下手くそで、そのくせ何をしていても楽しそうで……。


 ⎯⎯そんなお母さんが好きだったわ。私はお母さんみたいな、みんなから愛されるような人には絶対になれないわね……きっと。


 薬屋の奥さんとの別れの挨拶をすませると、エイラは再び、ターニャを毛布とローブでくるんで背中に背負いました。


 奥さんは何かを訴えるような目で、エイラを見つめていました。

 そして、そんな彼女にエイラがうなずいてみせると、奥さんの目から涙がこぼれました。


 ⎯⎯どうか、どうか、この子を守ってやってください。


 ⎯⎯わかっているよ。私に任せておきな。


 言葉は無くても、二人のお婆さんの気持ちは通じあっていました。


 空を飛んでいく二人はすぐに見えなくなってしまいましたが、奥さんはいつまでもそちらに向かって祈り続けました。


 ⎯⎯神様、どうかあの子をお守りください。


 ⎯⎯あの子は良い子です。少しばかり意地っぱりですが、あの子が自分で思うよりもずっとずっと……。


 ⎯⎯人生の終わり近くに、思いがけず可愛(かわい)い娘と(いと)おしい孫をいただきました。


 ⎯⎯私たちは、もう充分です。もしもまだ少しでも残っているのなら、私たちの分の幸せは全てあの子にやってください。


 ⎯⎯どうかどうかターニャの、あの二人の行く先に明るい光がありますように⎯⎯。




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