夜中のラーメン屋さん(仮題)
加筆修正(2019/10/25 16:59:31)
夜の街に散歩に出た。
この春、第一志望だった高校に入学する事が出来た。
去年までと比べて自由が増えたので嬉しい。
繁華街から少し離れたところに住んでいるので周りには誰もいない。聞こえてくるのは遠くから響く車の音と近くの家から漏れ聞こえるバラエティ番組の賑やかな声だけだ。
行くあてもなく明るい方を目指して歩いていくと、黄ばんだ暖簾に「ラーメン」とだけ書かれた名を名乗らないラーメン屋さんがあった。
そんなお店を眺めていると、ぐうと腹が鳴いた。
我ながらタイミングのいい腹の虫を飼っているものだ。一応、小銭入れはポケットに忍ばせている。少し迷った挙句、がま口を開き中の小銭を数えた。ざっと見て800円と少し。
こんな時間にラーメンなんか食べたら夏に水着が着れなくなるかもしれない。でも今ここで食べないと後悔するような気もする。
ええい、迷ったらやって後悔すればいいんだ、私。夏までまだ1ヶ月あるし十分ダイエット出来るはず。
意を決して暖簾を押しのけ、扉を開けた。4人がけにしては小さなテーブル席と2人がけにちょうどいいテーブル席が1つずつ。あとはカウンター席がL字に2つと4つある。お客さんは誰もおらずどこか寂しい。
「いらっしゃい」
という声に少し驚きつつ厳つい顔をした店主の顔を見た。
「好きなとこに座ってな」
そう言ってニカッと笑った。
私はカウンター席のひとつに腰を下ろした。目の前に立てられたメニューを見ると味は醤油と味噌の2種類しかない。あとはそれぞれにチャーシュー麺があるだけだ。
醤油と味噌のどちらにしようか迷っていると、ふと壁にはられた一枚の紙に気がついた。その紙には「夜中のラーメン 600円」と書かれていた。その名前に惹かれて自然に口が動いていた。
「夜中のラーメンをひとつ下さい」
店主は嬉しそうに
「あいよ」
と返事をすると、夜中のラーメンを作り始めた。
私はどんなラーメンが出てくるのかワクワクしながら店内を見渡した。暖簾と同じように壁の色は黄色く変色していて椅子、テーブル、厨房の道具や設備、どれを見ても古く趣があった。最初に見たメニューに書かれていたラーメンも安く、普通のは600円、チャーシュー麺は700円だった。
ラーメンの他にはご飯や餃子、炒飯もあった。どれも安くとても財布に優しい。
そんな風に物思いにふけっているとあっという間にラーメンが出来た。
「はい、おまちどう」
そう言って出されたラーメンは今までに見た事がなかった。
スープは真っ黒で富山の有名なラーメンの様だが、このラーメンは麺まで黒いのだ。そしてトッピングは卵を半分に切ったぐらいの直径をした白い餅のような物が一つだけだった。
「その白いやつを半分に切ってごらん」
そう言われるがままに、私は箸を手に取り「いただきます」と呟いてからそっと2つに割った。
餅のように見えたが意外と皮は薄く、中には細かく切られたチャーシューとメンマが入っていた。そして、半分に割った瞬間、中からチャーシューの脂が流れ出て黒いスープの上にキラキラと光る脂が広がった。
それはまるで明るい月の陰に隠れてた星々が一斉に輝き始めたかのようだった。
レンゲでスープを掬い一口飲んだ。見た目に反してあっさりとした醤油ベースで、スープに浮かぶ脂もスっと消えてしまうかのように口当たりが良い。
麺を箸で持ち上げ、すぐに啜りたくなるのを我慢してフーフーと冷ましてから口に運んだ。あっさりとしたスープに合うちぢれ麺で、どこかごまの風味がした。
くどさのない脂の浮く醤油ベースのスープとごま風味の麺、そして麺に絡む細かく切られたチャーシューとメンマは私の手を休ませてくれなかった。
器に口をつけてスープを飲むなんてはしたないことを普段は絶対にしないが、あっという間にスープの一滴も残さず平らげてしまった。
白いものは見た目通り餅の様な食感だった。
ほう、と一息つくと店主のおじさんと目が合った。途端に恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせながら、
「ご馳走様です」
と言った。
おじさんは
「ありがとね」
と笑った。
私は小銭入れから600円を出しておじさんに渡した。
扉を出る時に振り返って改めてお礼を言った。
「ご馳走様です。美味しかったです」
おじさんはまたニカッと笑って見送ってくれた。
それから何日かして、また夜中のラーメンを食べたくなった私は、学校帰りにあの名を名乗らないラーメン屋さんを探した。
しかし、どこを探してもそんなお店はなかった。
何度も何度も探したけど、あの「ラーメン」とだけ書かれた黄ばんだ暖簾はついぞ見つけることが出来なかった。
そして私はあっという間の3年間を過ごし、高校を卒業した。
県外の大学に進学した私は、夏休みになって久しぶりに地元へ帰省した。
実家に帰ってきた日の夜だった。
私は何となく散歩に出たのだ。
高校の3年間の間に街の様子はすっかり変わり、2年の夏に遊び歩いた繁華街は久しく開けられてない錆び付いたシャッターが増えていた。
思い出の場所を一通り巡った後、家に帰ろうと踵を返した。
家までもう少しのところまできた私は立ち止まった。
そして、再び踵を返し、歩き始めた。
誘われるように明るい方へと歩いた。
たどり着いたのは、何度も探して求めていた「ラーメン」とだけ書かれた黄ばんだ暖簾が掛かった、名を名乗らないラーメン屋さんだった。
ふと空を見上げると、新月を喜び我が一番だ、と競い合うように星達が輝いていた。
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