5話・疑念
「じゃあ、まずはステータスを見てみようか。二人(?)とも奥の部屋においで~」
店員さんに先導され、1階の活気に満ちた酒場から、奥にある3~4畳ほどの小さな部屋へと移動する。そこは白い壁と床に囲まれた、中央に大人の腰ほどの高さの白い台座があるだけのシンプルな部屋だった。使い魔のステータスを見るためだけの部屋なのだろうか?
「ここは『鑑定室』。ざっくり説明すると、人では鑑定できない物や使い魔とかをこの台に乗っけるといろいろ知ることができます。とはいっても、ここ何十年と使ってないんだよね。この辺りでは未確認物体だの未確認生物だのなんてそうそう出てこないから。ちゃんと作動すると良いんだけど」
「『ザ・はじまりの町』みたいなところですからね。・・・よし、ちょーっとじっとしててね」
そう言うとリンは、まるで子供を抱きかかえるように僕を抱き上げ、そっと白い台座の上におろす。僕が台座の上で暴れないのを確認すると、カードのような何かを取り出す。ふっと、唐突にリンは少し考える素振りを見せると、すぐに顔を戻して僕に
「これね、『冒険者カード』っていうの。私の今の実力と、冒険者としての身分証明書。自分のカードには自分の魔力がこもっていて、いろんなとこでいろんな風に使えるの。ここでもそう」
と、僕に向けて、子供に教えるかのように丁寧に説明をしてくれた。僕はつい、神の世界にいるときと同じように
「くぅん?(ふーん)」
と、相槌をうってしまった。途端に、今までのリンの純真無垢な瞳がすっと細められる。何かを疑っているような、あるいは何かを考えているような、少なくとも子供では無い瞳。僕は本能的に、全身に魔力を駆け巡らせる。リンは少し笑顔に戻って店員さんに振り向き、外で少し待つようにお願いした。店員さんは何か言いたそうな顔をしていたが、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、静かに部屋から退出した。それをしっかり見届けると、リンは僕に向き直る。
「ねえ、あなたはもしや、神様ではありませんか?あるいは、神の使い。少なくとも、ただの魔物では無いでしょう?」
「・・・・・・」
僕は大きく目を見開く。が、何も言わない。僕が言う内容と、リンがどこまで考えているか、何を考えているのかによって、僕の立場は大きく変わってくるだろう。リンはしばらく黙っていたが、僕がしゃべろうとしないと悟ると、淡々とその考えに至った経緯を話し出した。無表情だが、反応からしてもう彼女は、僕が人の言葉を完全に理解していることを確信している。
「だって、私と出会ったときの状況からしておかしいですよね?見たことも無いほど真っ白な狐が、海の生き物じゃないのに何故か海水にずぶぬれで浜辺に流れ着いている。しかも、空恐ろしくなるほどの魔力を放ちながら。あなたが無事にここに流れ着けたのは、放出されていた魔力のせいで海の魔物たちがまったく近づけなかったからではないですか?」
僕は傷ひとつ無い状態で浜辺にいた。確かに、意識が無ければ魔力の制御は甘くなり、どんどん流出していってしまう。もしかしたらその放出されてた魔力のおかげで僕は個としての存在を保てたのかもしれない。リンはさらに続ける。
「私の話にも的確に相槌をうててますし・・・ここからは私情ですが、何よりも魔物が嫌いで、物心ついたときから魔物を狩る冒険者として生活している私が、あなたを見て最初に感じたのは敵意ではなく『助けなければならない』という謎の使命感でした。神族は無意識に周囲の生物の思考を誘導する能力を持つと聞きます。でなければ、私はあの場であなたを殺していたかもしれませんから」
リンはそう言い終えたっきり、口を噤んでしまった。俯いて、じっと黙っている。・・・この子は、過去に何があったのだろう?という単純すぎる疑問が頭をよぎるが、すぐに振り払う。代わりに、別のもっと大切な事に思いを巡らせる。
―――神である僕は、人であるリンとどう関われば良いのだろう?
いきなり若干シリアスになってしまった気がする。