幸せの合図
いつものごとく急展開です。たぶん、思う所はあるかと思いますが、自分は思ったより気に入っています。読んでいただけたら幸いです。
※一部修正しました!
不倫、浮気。そんなものが今、流行している。けれど、それは対岸の火事だと思っていた。だから驚いた。部屋に入ったら、よく知っている男女が裸で寝ていた。
一人は彼氏で、一人は親友だった。
「敦子、ごめん。けど、俺、歩美の事、本気なんだ」
服を着た聡志はそう言って頭を下げた。歩美も同じように頭を下げている。
「…わかった」
敦子は頷くと2人を外に出した。真夏で外は暑いが、それでも夜だ。日中に比べて気温は下がっている。部屋の外に出したが、荷物はきちんと持たせたので、そこまで害はないだろう。
いいたいことは山ほどあった。「本気」なら、順番を間違えるべきではない。自分との関係を終わらせてからにするべきだ、とか。3年も一緒にいたのに、とか。一人暮らしをしている歩美の家ではなく、わざわざ同棲している自分の部屋で会っていたのは、こうなることが目的だったの?とか。けれど、最大級の驚きの前では、声なんて上手く出せないのだと知った。
涙は出てこなかった。どこか、わかっていたから。聡志の帰りが最近遅くなったっていたことにも。よそよそしくなった親友の態度にも。事あるごとに「ごめんね」というようになった2人にも気づいていた。現場を目撃するとは思わなかったが、それでも、自分は知っていたのだと思う。邪魔なのは、自分なのだと。
「捨てよう」
やっと出た声はそんな言葉だった。そうだ、捨ててしまおう。楽しかった思い出も、悲しい現実もすべて。
ゴミ袋を買うために、コンビニに向かった。自分でも分かるほど、ふらふらしている。これではただの不審者だと小さく笑った。
「あの?大丈夫ですか?」
「…え?」
「なんか、ふらふらしていますけど。酔ってるんですか?家に帰った方がいいですよ?」
声がした方に顔を向ける。見たことのある男性だった。どこで見たのだろうかと思い出そうとするが浮かんでこない。
「…誰でしたっけ?」
「隣の部屋の真田です。真田拓真」
「…そう言えば見たことがある気がします」
素直にそう言った敦子に拓真は微苦笑を浮かべた。
「何度か挨拶もしてますよ」
「そう…ですね。そうでした。すみません」
「いえ、それより大丈夫ですか?」
心配そうな目で見られた。そんな目で見ないでほしい。せっかく流れなかった涙が込み上げてくるのが分かった。
「…大丈夫…じゃ、ないです」
大丈夫か大丈夫じゃないかの2拓なら大丈夫じゃないに決まっている。3年付き合い、1年同棲している彼氏が親友にとられたのだ。彼氏と親友を同時に失った。しかも現場を目撃したのだ。そして、邪魔だったのは自分。
「大丈夫じゃないです」
流れてくる涙を止めるのはやめた。目の前の拓真がおろおろしている。それがなんだか面白くて、泣きながら笑った。
「え?…どうしよ。…どうしたらいいですか?」
優しい人だなと思った。二言三言の挨拶を交わしただけの相手にここまでしてくれるなんて。
「何をしてくれますか?」
「え?」
「どうしたらいいですか?って聞いたじゃないですか。何ならしてくれるんですか?」
引っ込み思案ないつもの自分では考えられないセリフだった。そんな敦子に拓真は一瞬驚き、そして真剣な目に変えた。
「何でも…何でもします」
「何でも?」
「はい」
「じゃあ…」
そこからの展開は早かった。拓真の部屋に入り、鍵をかける。服を脱ぎ、色んな場所にキスをした。声を上げ、いっぱい泣いた。流れる涙の意味は考えないことにした。
「もっと…」
何度そう言っただろう。敦子の言葉に応えるように拓真は何度もキスをし、何度も触れた。愛を伝えることよりも、欲望を満たすことよりも、泣くことが目的の触れ合いだった。
「敦子さん…敦子さん」
恋い焦がれる様な声に、愛されている気になった。
互いの汗が交ざり合う。こんな風に抱かれたのはどのくらいぶりだろう。
聡志は最後の方は敦子に触れなくなっていた。キスすらもここ数か月していない。
「敦子さん」
名前を呼ばれるたび、愛されている気になった。それが悲しくて、また泣いた。
「本当に、すみませんでした!」
朝になり、目を覚ました途端に拓真に土下座された。昨日の行為のためか、起き上がるのもつらい敦子は、ベッドに横になったままその土下座を見つめている。
「…敦子さんが自暴自棄になっているって分かってたんですけど、すみません。しかも、何度も…」
「…」
「俺、ずっと敦子さんが好きだったんです。敦子さんはいつも彼氏さんを優しい目で見ていて、…俺もそんな風に見てもらいたいって思っていたら、…好きになっていました。朝、挨拶できただけで毎日楽しくて、なんだか学生みたいに、好きになっていました」
そんな告白をし、もう一度下げた拓真の頭に敦子は手を伸ばした。昨日は気づかなかったが、柔らかで触り心地のよい髪質をしている。
「…えっと…敦子さん?」
無言で触り続ける敦子にどうしていいかわからず拓真が名前を呼んだ。
「謝らなくちゃいけないのは私です。昨日、聡志と別れました。親友との浮気現場を目撃してしまったんです。…私は泣きたくて、拓真さんを利用しました。ごめんなさい」
敦子は痛む身体を起こし、頭を下げた。
「…謝らないでください。俺、昨日、世界で一番幸せだったんで」
悲しそうな声を出す拓真に敦子は笑みを浮かべる。
「じゃあ、拓真さんも謝らないでください」
「え?」
「…私も、あんな風に愛おしいって思いで抱かれて、幸せでした。だから、謝らないでください」
「敦子さん」
「もともと、聡志とは終わっていたんです。終わっていることもわかっていたんです。自分が邪魔なことも。だけど、私はもうすぐ31歳で、だから今、聡志を手離したら次が見つかるかわからないから手離せず、みっともなく縋っていただけなんです。だから、もう大丈夫です」
「…大丈夫じゃないですよ。そんなの。終わっていたとしても、終わり方があるじゃないですか。浮気現場を見て、終わるなんて悲しすぎます」
自分のことのように悲しむ拓真に敦子は小さく笑った。
「ありがとう。あなたがいてくれてよかったです」
「…」
「ねぇ、拓真さんって何歳?」
「え?」
「だから、何歳?」
突然変わった話題に戸惑いつつ、拓真は「25です」と答えた。
「そっか。じゃあ、まだまだ若いね。いいな」
「敦子さんも若いです」
「ありがとう。…拓真さんは、素敵な彼女を見つけてね」
「…え?」
「きっと拓真さんなら素敵な人が見つかるよ」
そう笑う敦子に拓真は俯いた。
「俺、振られたってことですか?」
「私にはもったないってこと」
「…俺じゃ、ダメですか?」
拓真が敦子の手を取る。大きくてごつごつした手は聡志にはないものだった。聡志はインドア派で筋肉の付きも悪かった。下を履いているだけなので、拓真の上半身は裸だった。程よい筋肉がついた身体は綺麗だった。この身体に抱かれたのだと思うと、嬉しくなる。
「私、きっと拓真さんが思うほど、素敵な人じゃないよ。だから、考え直した方がいい。拓真さんが優しくて素敵な人だから、6歳も年上の私なんか選んじゃだめだよ」
「嫌です」
駄々をこねる子どものように即答だった。そんな姿が可愛くて、そんな風に言ってもらえることが嬉しくて笑みがこぼれる。
「俺が好きになったんです。俺が敦子さんがいいんです。だから、敦子さんが俺でもいいって言ってくれるなら俺は敦子さんの隣にいたい」
「私、昨日まで彼氏がいたよ?」
「でも、とっくに終わってました」
「拓真さんの事、好きかわかんないよ?」
「好きになってもらうよう努力します」
「おばさんだよ?」
「敦子さんは綺麗です。それに、俺だってすぐにおじさんになります」
「…多分、面倒くさいよ?」
「敦子さんなら何でもいいです」
「……離せなくなるかもしれない」
「そもそも離すつもりなんてありません」
昨日枯れた筈の涙が零れた。それを拓真が優しく拭く。
「敦子さん、幸せにします。だから、傍にいてください」
その言葉に敦子は手を伸ばした。わかっていたとばかりに拓真が敦子の背中に腕を回す。ぎゅっと抱きしめられた。触れ合う肌が心地よい。
なんて勝手なんだろう。あんなに泣いたのに、それでも今が幸せなんて。一晩でこんなに愛おしくなるなんて。
「愛してます」
「…私も」
敦子の言葉に拓真が幸せそうに笑った。視線が合う。拓真が少し離れ、敦子の頬に手を当てた。上を向かせる。目を閉じた。本日初めてのキスは、幸せの始まりを知らせる合図。
どうでしたでしょうか?そんなにすぐに乗り換えるか?とも思うのですが、自分なら、そのまま乗るなと(笑)
最後愛されなかった敦子には幸せ過ぎたのだと。きっと、結婚すると信じてます。