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・第七話 「余罪の延命」

 ”嫌だあぁァァァッ!! もう嫌だあぁァァッ!!”






「ぶばぁ……」






 ”や、やめやらががあがガガがイダイイダイイダだががあああぁァァアッ!!”






「ばぶぶぅ……」






 ”やめろぉッツッデンダロガががぁあアアァァああああァッ!!”






「うぶぶぶぅ……」






 ”ひぎゃあぁぁァァアアァッ!?”






「ぶば__」

「何じゃ、随分と"楽しそうな事”になっておるのう」


 俺はその声を無視した。






=====第七話 「余罪の延命」=====






「何じゃ、あれ程のでかい口を叩いておいてもう心が折れたか」


 消耗しきった意識に声が届く。その声の主は、こちらの状況とは打って変わってその胸を弾ませているようだ。

 だがそんな様子に付き合ってやれる程の余裕がなかった俺は、ただその声の主を視界の端で捉えながら目線の先にあった明け始めたばかりの赤い空をぼーっと見つめていた。


「にしても、まったく情けない声で鳴きおるのう主は。何じゃあれは」


 だが、そんな俺の様子などお構い無しに声の主は言葉を紡ぐ。それこそ、それまでに溜め込んでいた何かを発散するかのごとく。


「挙句の果てに、最後は言うに事欠いて神様助けてーじゃと? 笑わせるな。主は恥という言葉を知らんのか。おお? まったく……はぁ、まったくもって嘆かわしい……」


 しかし、それでもやはり俺の意識の中にその言葉の羅列が深く入り込んでくることは無い。それこそ本来の俺であれば何を押してでも絶対に怒り狂っていたであろうその言葉も、今ではスラスラと受け流せてしまっている。

 それ程までに、今の俺の受け皿は壊れてしまっていた。


「……ふむ」


 そして、そんな壊れかけの俺の様子に彼女は呟く。




「狂ったか」

「おい待てよ」

「む? 何じゃ、まだ喋れるではないか」


 そうして背を向けようとした神を俺は引き留めた。終わる事の無かった無間地獄によって摩擦しきった精神を何とか意地で奮い立たせて。


 この場でこいつを逃がすわけにはいかない。


 その意志だけで体に鞭打つ。

 そうして言い放つ。


「戻してけよ…….ッ」

「む? 戻せとは?」

「とぼけてんじゃねぇよクソ悪魔てめぇの仕業だろうが”死ねない身体”になってんのは……ッ!」


 そう、俺は不死の病に侵されていた。


「……ふむ」


 だが、それを聞かされた神はその俺の無礼千万な物言いに一瞬眉をしかめるも、何を思ったのか面白そうにその右手を自身の口元へと持っていく。そしてまた呟く。


「そうか、主の中では”死なない身体”では無いんじゃな」

「はッ! 笑わせんなッ! こんなん欲しがってる奴なんてのは一生好物ばっか喰ってられるとか抜かす奴らとドッコイだぜッ!」


 そうだ。

 ”こんなもん”のどこがいいんだ。

 死にたい時にも死ねず、寿命すら全うできないなんてのは地獄以外の何ものでもない。

 そんなもんはクソだ。

 人の生き方じゃない。

 だが、それでもまだ欲しいってんなら小一時間前の俺の姿を見せてやりたいぜ。

 きっとそいつら大喜びで逃げ出すぜ。


 先程まではあれ程精根尽き果てていたのにも関わらず、腹の底から込み上げてきた怒りによって俺は再び自身の調子を取り戻す。

 だが、そんな事にすら気づいていない俺を他所に神は続ける。


「そうか、じゃが残念じゃったな。生憎と我はその主の”死ねない身体”とやらには心当たりが無い。他を当たるがよい」

「は?」


 そして神は言い放つ。

 自身はこの件に関しては無関係だと。

 それを聞いた瞬間、等々俺の中で燻っていた怒りが爆発した。 


「ふざけんな糞野郎ォッ!! てめぇ以外こんな事できるわけねぇだろうがッ!!」

「口を慎め、下郎」


 俺は自身の身体の状況も弁えずにそう叫んだ。それによって血で乾燥させられた喉の奥が裂ける。

 だが、そんな事はどうだっていい。

 俺は今この現状に死ぬよりも辛い苦痛を味あわされている。それをこの神の戯言などで引き下がるわけにはいかない。

 俺は自身の中に残っているなけなしの気力を限界まで絞り出してやけくそ交じりに尚も叫んだ。


「舐めんじゃねぇクソったれがァッ!! 早く治しやがれェッ!! 屑が蛆虫がッ!!」

「__我は口を慎めと言ったんじゃ」

「あがあぁァァあぁああああああッ!?」


 だが、その無鉄砲さが最悪を招いた。

 俺が神の存在を無視して叫んでいた下劣な言葉に、等々神は収めていた怒りを露わにする。


 腹の内側、臓器の内で大腸と小腸に当たるであろう部分に走った強烈な痛み。それは俺が昨夜の内に散々に獣達によって食い荒らされた大切な部位。

 だが、それらの毒牙に掛かっていた時とはまるで違う違和感。

 腹の中を掻き回されているような苦痛。

 俺はその得体の知れない痛みに戦慄した。


「貴様は超えてはならぬ一線を越えた。その罪、死よりも恐ろしい苦痛を持って償うがよい」

「あぎゃああァァあァァァァあッ!!」


 そうして俺は再び地獄を味わう事になる。

 大腸小腸をミキサーで巻き取られるような感覚。

 そしてそれによって他の臓器から引き千切られる時の苦痛。

 眼下で蠢く自身の腹、波打つ皮膚。

 そして、それらで意識を刈り取られる直前に起こる”臓器の修復と感覚の再生”。


 それらによって俺は意識を手放す事もできずに、その悪意を持って神を愚弄した罪を償い続けた。






============================================






「あぐっ……ひぐっ……」

「自業自得じゃ」

「何だよこれっ……何なんだよこれッ……ッ!」

「……はぁ」


 やつれ切った目元に日差しが差し込む。

 それによって責め苦の終わりを迎えた俺は、その吐血によって吐き出された血液と苦痛による涙の混じり物でぐちゃぐちゃにされた顔を両手で覆い隠す。

 そしてそんな真っ暗闇の中で、俺は自身の憔悴しきった神経を慰め始める。だが、そんな些細な付け焼刃で慰めきれる程度の傷では無かった事を改めて実感した俺は、思わず弱音を吐き出してしまう。

 そんな情けない俺の様子に、神はまた自身の疲労を更に深めるかのようなため息をつく。

 そして呟く。


「まぁ、これに懲りたらその減らず口__」

「助けてくれ……」


 だが、そうして背を向けようとした神を俺は呼び止めてしまう。普段なら絶対口にしない言葉で。それにより神はその言いかけた言葉を飲み込んで黙り込む。

 そんな神様の様子を伺う事もせずに俺は譫言の様に尚も呟く。


「頼むよ……もう、無理なんだ……頼む、助けてくれ……殺してくれぇ……ッ」

「……はぁーッ」


 そんな俺の弱音に、神はより一層大きな溜息とも鬱憤を押し殺したともとれるような息を吐き出した。

 そして口を開く。


「主よ、何度も言うが我はその主の症状に心当たりはない。しいて上げるとすればそれは地獄に落ちた者共の境遇にも似ておるじゃろうが、それならば尚更我よりも主の方が詳しいじゃろうて。元々地獄とは主らの宗派の言葉じゃろうに」

「……ひぐっ……知るかよ……ッ」

「……はぁ」


 だが、その口から漏らされた言葉が俺の希望になる事は無かった。そればかりかその口振りから、本当にこの神が俺の死ねない状況に関与してない事や、更にはその解決法すらも知らない事まで伝えられてしまい、俺はこれ以上無いくらいの絶望を抱える事となった。

 そしてその勢いのまま、またも俺はその自身の考えなしの言動のせいで先程どういう目にあったのかも忘れて敬意を欠いた言葉を吐き捨ててしまう。それに再び神は溜息を漏らす。

 だが、今度のため息はどこか怒りを欠いていた。

 そしてそのまま神は口を開く。


「じゃがまあ、本当に主が地獄に落ちたのであればそれはそれじゃ。どの道主はその業を背負うだけの事はしておるわけじゃ。文句はあるまい」


 だが、その言葉には慈悲すらも宿っていなかった。

 そこには完全な自業自得や諦めを示唆するような言葉が散りばめられていた。

 それを聞かされた俺は黙り込む。

 そして神はそんな俺の様子に尚も追い打ちをかける。


「……なんじゃ、不満か?」


 人を小馬鹿にしたような物言い。

 それは俺が野良犬共の啄みからやっと解放されて放心していた時に掛けられた言葉と同じく、神との会話の中で交わされた過去のもの。それらをこんな状況であるのにも関わらず、いや、こんな状況だとわかった上で意地悪く厳選してくるこの神の口元は笑っていた。


 その様子に、その悪意に俺は__




「__ははッ、嫌いなわけがねぇ……ッ!」

「……何?」


 悪意を持って返してしまう。

 そして笑う。


「ははははッ! そうさッ! 嫌いなわけがないだろうがッ! 地獄? 俺が?? ははッ!! そりゃ何とも俺にお似合いな末路じゃねぇかッ!!」


 そうだ!

 そうだとも!

 俺はそれ相応の事を散々してきたじゃないか!

 それを今更辛いから嫌だぁ?

 そんなクソみたいな事が許されるかッ!

 許されないッ!

 許されていいわけがないッ!

 だから俺は地獄に落ちて当然!

 普通ッ!

 何一つおかしい事は無いじゃないかッ!


 痛みの幻覚が今もまだ巣くう腹を捩れさせながら俺は笑う。

 歪に。

 そして佞悪に。

 そんな俺の醜さに神が再び眉間に皺を寄せる。

 そして再び溜息を漏らす。


「まったく呆れる。貴様はあれ程の苦痛を味わうておいてもまだ心を改めようとは思えんのか」

「はぁー? 心を改めるだぁ??」


 そうして言われた俺への呆れの言葉。

 だが、それすらも今の俺にとっては自身の性根に根付いた下劣さへの肥やしにしかならなかった。

 俺はその言葉を軽く笑い飛ばしながら続ける。


「笑わせんなッ! ”あの程度で”改心なんかできるかッ! そうさッ! 俺みたいな屑はもっと苦しむべきなんだッ! もっともっともっと苦痛を受けて、もっと苦しまなくちゃいけないんだッ! それをたかがあの程度で改心だぁ? 笑わせんなッ!! そんなのが俺に許されるかッ? いや許されるわけがねぇッ!! 俺は地獄の窯の底で散々にのた打ち回った挙句に虫けらの様に殺されんのがお似合いだぜッ!! それがいいッ!! ひゃひゃひゃッ!!」


 そうして俺は自身の血によって汚れた地面の上を転げ回った。汚れるのもお構い無しに自身の顔面を地面に擦り付けながら。

 そうして口の中に侵入してくる血で汚れた雑草。

 それを俺は無意識に噛み千切り、飲み込む。

 だが、それでも気分が収まらない俺は今度は意図的に生い茂る雑草の中に顔を突っ込み、そして口だけでその雑草を咀嚼し始める。それこそ、牛や馬が牧草を食すが如く。


 何も考えられない。

 何も考えたくない。

 とにかく今は腹の底から込みあげてくる”何か”を発散させる為に視界に入る喰いたくもない草をただ喰らう。

 無心に。

 ただひたすらに。


 そしてそんな狂気じみた俺の奇行に、神は自身の皺の寄った眉間に指を添えた。

 片手は自身の胸の前に組んだまま、何かを考える様に、ただ静かに。

 そうして少しの間を置いて__




「……地獄の餓鬼とは、何と哀れな事か」


 何を思ったのか、そんな言葉を神は呟いた。

 そうして神は今もまだ狂い続ける俺には目もくれずに言葉を紡ぐ。


「……ふぅ。まあ、それで貴様が満足というのであれば止めはせん。そうしてずっと自身に酔いしれておるがよい。そうして、一通り満足して初めて貴様は自身の阿呆さ加減に気付くのじゃ。それが”無駄”な事じゃったと」


 そう吐き捨てる様に言って神は背を向けた。

 そして再び、神は去り際のあの動作に入ろうとする。


「待って」


 だが、その動作を見てしまった俺はまたも神を呼び止めてしまう。それこそ縋るように、それこそ同情を求める様に。

 そして、そんな俺の女々しい引き留めに神は律儀にその動作を止めてくれる。そうして振り返り、言葉を吐き出す。


「何じゃ、流石の我も疲れたのじゃ。主のその悲劇ごっこに付き合うてやれる程、我は慈悲深くは無いぞ」


 そして面倒くさそうに吐き出されたその言葉。

 俺はその言葉を無視して口を開いた。


「……どこまで聞いてた」

「……何?」


 そう。

 俺がここまできて神を引きとどめた理由。

 それは俺自身があの獣達に喰われ続けている間ずっと醜く叫び続けていたあの状況を、この神にどこまで見られていたかという事を問い質す為だった。

 だが、それは別に何もあの状況を傍観していた神を責めるつもりで聞いているわけではない。本当の理由は別にあった。


 そしてそれを唐突に聞かれた神は一瞬何の事かと顔をしかめるも、何かを察してくれたようで俺に初めて聞かせる舌打ちを漏らしながらその両手を腰に当てる。

 そうしてまた一つ、大きなため息を漏らして答える。


「安心せい。最初から最後まで全てじゃ」




「それこそ、貴様が自身の弟の名を口にするその時までな」

「__」


 そしてそれを言い終えた神は放心する俺を他所に再びその右手を上げようとする。

 だが、それも何を思ったのか止めてしまい、空中でその右手を遊ばせながら横目で後方の俺に視線を飛ばしてくる。


 そして__






「よかったな、輝彦よ。”憐れ”で」


 そうして神は消えていった。




「__くそッ、クソッ……ッ」


 そしてただ一人、自身の血だまりの中で朝日を浴びる俺は__




「__ひぐッ、ごめんッ……ごめんよッ……祐……ッ!」


 自身のたった一人の弟の名を口にしながら惨めに泣き続けた。






==========================================






「ふざけんじゃねぇクソがッ!」

「きゃっ!!」


 殴られた勢いのまま祭壇と向かいにある最前列の席へと倒れ込む。それによって他の聖堂と違ってその狭さゆえに長椅子を備え付けられなかった事情で綺麗に並べられていた一般家庭用の椅子達が一斉に音を立ててその整列を崩される。

 そしてそんな崩された椅子達の中で私は頬を抑えてうずくまった。その様子に等々神父様が声を上げた。


「ゆ、勇者様!ど、どうかお怒りをお鎮めに__」

「うるせぇッ!!」

「うぐぅっ!」


 そして視界の外でまたも大きな音と共に私と反対側にあった椅子達がバラバラと乱される音が聞こえてくる。その様子から、今度は勇者さんを止めようとしてくれた神父様までもがその勇者さんの暴力にさらされてしまった事を知る。

 それに気付いた私は急いで体を起こした。


「し、神父様っ!」

「うぐぐぅ……ッ」


 私と反対側の席の中でうずくまる神父様。

 その神父様は自身のお腹を抑えながら、その綺麗な白髪を地面に乱されていた。

 そんなご高齢にさしかかる神父様の様子に、私は慌てて駆け寄った。


「し、神父様……っ」

「だ、大丈夫ですよ僧侶。私は大したことはありませんから……うッ」

「い、今回復魔法を__ッ」


 そのご老体には明らかに負担になったであろう攻撃に苦悶の表情を浮かべる神父様に私は覚えたての回復魔法を施し始める。

 しかし、まだ旅に出て一度も使う機会のなかったその回復魔法は制御が難しく、その遅々とした私の回復では一向に神父様の苦痛の表情を和らげて差し上げることができなかった。それによって私はまたも自身の無力さを痛感した。


「ど、どうしてこんなっ……こんな酷い事を……っ!」

「や、止めなさい僧侶!」

「どうしてですかっ!」


 そして込み上げてくる悔しさのままに勇者さんを睨みつける。

 だが__


「うるせぇっつってんだろうがッ!!」

「ひうっ……ッ!」

「そ、僧侶っ!!」


 その私の言葉に激昂した勇者さんは手近に転がっていた椅子を持ち上げて私達の方へと投げつけてきた。

 だが、その椅子は神父様の前に座る私に届くより前に他の椅子にぶつかって失速。それによって何とかその椅子の直撃は免れるも、代わりに地面に落ちた衝撃で折れた椅子の足が私の額に飛んでくる。

 そしてそれに反応できなかった私はそれを防ぐこともできずに右目の上の額にその飛来物を受けてしまう。それによって右目の上からひんやりとした液体が流れ出してきて、その慣れない感覚に私は恐怖した。


「僧侶、今回復魔法を施しますからね……ッ」

「あ、し、神父様……っ」


 そんな私の様子に今度は神父様が慌てて自身の痛みも顧みずに私に向けて回復魔法を施して下さる。

 すると、そのジンジンとしていた傷口はみるみる内に治っていき、そしてそれと並行するかのように痛みが和らいでいく。

 しかし、その代わりに襲ってくる胸の痛み。

 私はその痛みに耐える様に下唇を噛みしめた。


「だ、大丈夫ですか僧侶」


 そうして一通りの治癒を終わらせた神父様が私の様子を気遣って下さる。その言葉に私はどうしよもない居た堪れなさを感じながらも、回復魔法を施してくださった神父様にはこんな暗い顔は見せられないと必死になって笑顔を作って見せる。

 それによって強張る口元。

 自身の意志とは関係なく寄ってしまう眉。

 それら全てを恨めしく思いながらも、私は一生懸命神父様に振り向いた。


「あ、ありがとうございました神父様。もう__」

「ったくどいつもこいつもふざけやがってッ!!」

「ひっ……っ!」


 しかし、そのお礼の言葉すらも言い切る前に壇上で怒る勇者さんの怒声によって話を締め切られる。同時に、私は反射的に神父様の胸元へと飛び込んでしまう。でも、それによって私は昨夜の事件の事を思い出し、この状況があの酒場の村人さんに縋ってしまった状況とまるっきり同じだという事に気付いてしまう。

 それに気付いてしまった私は__


「だ、だいじょ__」

「ご、ごめんなさいっ!」

「お、え……?」


 動転のあまり、自分から飛び込んでしまったその胸を今度は自分から突き放してしまう。その私のよくわからない行為に、あの酒場の村人さんと同じく私を抱きしめようとして下さっていた神父様は驚きの表情を浮かべられる。

 そしてそんな神父様の表情を見てしまった私は更に動転してしまう。


「あ、いやっ、ちが__っ」

「何で俺が死んでんのにあの二人は来ねぇんだよゴラァッ!!」

「__ッ」


 そして二回目の怒声。

 しかし、今度は寸での所で堪える事に成功する。

 でもその代わり、今度は神父様がその表情を今まで見たことも無いような寂し気な表情へと変えられ、それによって私は誤解されてしまうような行為をしてしまったのかもしれないという焦燥感にかられた。

 しかし、それに気付いたとしてももう遅い。

 私はその動転しきった頭でそう結論を出してしまい、そして等々訳も分からずに泣き出してしまった。


「ご、ひぐっ! ごめんなさいっ、神父様……っ! 違うんですっ……違うんですっ……っ!」

「そ、僧侶……」


 そして、そんな訳の分からない事を泣きながら呟く私に神父様は戸惑いながらもその胸に私を抱き込んで下さる。その優しさに、私はただ顔を埋めて泣く事しかできなかった。


 しかし、そんな神父様に甘えるだけの時間など私には残されていなかった。


「おい僧侶ッ!! さっさと行くぞッ!!」

「ひぐっ……えっ……?」


 神父様の胸の中で泣き始めた私に壇上の上から声が掛かる。そしてその声の人物は私のその様子などお構いなしにズンズンと礼拝堂の中央の床を踏み鳴らしながら外へと向かう。その様子に、勇者さんがどこへ向かおうとしているのかが理解できていない私は顔を上げてその解を求めてしまう。


「ど、どこへですか……?」

「あぁッ!? あの村に決まってんだろうがッ!!」

「うっ……っ」

「あの野郎殺すッ! 絶対ぶっ殺してやるッ!」


 そして勇者さんは怒鳴り散らしながら私を置いて礼拝堂を出ていかれた。

 それによって訪れた礼拝堂本来の静けさ。

 その懐かしい静寂さに私は安堵してしまった。


「そ、僧侶……」


 しかしそれは一瞬の錯覚。

 そんな平穏はもう私には許されない。

 何故なら先程、私は呼ばれてしまったから。

 あの勇者さんに”行くぞ”と。


 私は自身を心配してくださる神父様のお顔を見ないように立ち上がる。

 そして何も言わずに背を向ける。


「そ、僧侶!」


 だが、そんな私を神父様は放っておいては下さらない。

 私を見捨てようとはしないで下さる。

 そんな言葉に。

 その呼び止めに。

 私は折れてしまいそうな心を奮い立たせる。


 そして__




「大丈夫ですよ、神父様」

「__えっ」

「私、きっとこの世界を平和にしてみせますから」


 満面の笑みを神父様に向けた。


 先程のぎこちない作り笑いとは違う。

 完璧な満面の作り笑いで。


 そうしてそんな私の笑顔に動揺する神父様を残して私は礼拝堂を後にした。


 そうです。

 あんな優しい神父様にこれ以上のご迷惑はおかけできない。

 これは私の使命。

 これが私の役目。


 その言葉を心の中で何度も呟いた。

 溢れる涙を堪える事もせずに。

 漏れそうになる声を何度も噛み殺して。






============================================






「遅えよグズがッ!!」

「きゃっ!」


 礼拝堂を後にした私はその後すぐに泣き出してしまったため、そんな顔で勇者さんに会うわけにもいかずに王城の廊下で一人こっそりと泣いてしまっていた。

 そのせいで少し時間がかかってしまい、その結果勇者さんの鬱憤を溜め込んでしまう結果となってしまう。


 そしてその制裁の為の一発。

 私はその制裁を素直に受けて王城前の橋で倒れ込んだ。


「グズッ!! ノロマッ!! この役立たずッ!!」

「ご、ごめんなさいッ! ごめんなさいッ!」


 しかし、その一回の制裁では気が晴れない勇者さんが尚も私を怒鳴りつける。その勇者さんに許しを請う為に必死になって膝を着いて謝罪の言葉を口にする。

 でも、それで勇者さんの気分が晴れてくれない事はわかっていた。何故なら勇者さんのそれは、大半が昨夜自身に危害を加えたあの怖い方の村人さんと、今朝からずっと待っているのにも関わらず姿を見せない魔法使いさんと遊び人さんの二人に向けられたものだったから。

 しかし、それでも私はその怒りを少しでも早く鎮める為に謝り続ける。そんな不純な理由に気付いてしまった時、私は何とも言えない罪悪感にかられた。


「っち、胸糞わりぃッ……行くぞッ!」

「あ、は、はいっ!」


 そして勇者さんはその怒りを一時的に収めてくださる。それに救われた私はこれ以上勇者さんの逆鱗に触れてしまわないように急いで立ち上がって後を追う。


「……見てろよあいつ」


 そしてその勇者さんの後姿から小さな独り言が聞こえてくる。




「俺に手を出した事、後悔させてやるぜ……へへへッ」


 その独り言から漂ってきた不穏な空気。

 その雰囲気からこの勇者さんが何かをしようとしている事だけはわかる。

 しかし、それが何なのかはわからない。

 でも、それでも私にはそれが道徳的に反している事だというのは感じ取れた。何故ならその雰囲気は、あの怖い村人さんのものと似ていたから。

 ただちょっと違うと思ってしまったのは、勇者さんのそれはあの村人さんのそれよりも”純粋そう”だと思えてしまったから。


 そんな危ない雰囲気を感じ取りながらも、私は勇者さんを止める事ができなかった。何故なら、もうこれ以上叩かれたくないと思ってしまったから。

 そうして自身の善心にも背きながら私は、早歩きで歩いていく目の前の勇者さんの後を追って小走りでついていった。











~Next~


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