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・第三話 「初めての飲み会」

「そんなん泣くに決まってるじゃないですかーやだー!」


 俺は目の前のカウンターに突っ伏してそう叫んだ。

 片手にはこの世界にもあったのかと感動を覚えたジョッキを握りしめ、如何にも仕事で上司に怒鳴られて拗ねている新入社員のような絵面を完成させる。そんな俺の隣で同じくジョッキを握りしめた男はといえば、”……そうかい”と小さくボヤいている。

 ちょっと前までは気だるげながらも腹の底を揺するような低い声質とその声量により勢いのあったその声も、今となっては明らかに”面倒くさい”といった雰囲気を存分に漂わせながらの失速気味である。それもまた隣でごねる新入社員のやけ酒に付き合わされる不憫な年配社員のような絵面を形成しており、俺はこっそり心の中で満足感を得ていた。

 しかしあまりにも長い事この不毛なやり取りを続けていれば、きっとこの気の長い中年社員も痺れを切らして帰ってしまうだろう。


「あんな状況で普段強面恐ろしマンに優しくされたら、誰だって涙腺緩むっつうの!」

「おい、それって……はぁ、もういいよ面倒くせぇ……」


 だがそんな状況でも酒によって蛇口の栓が緩くなってしまった俺の口から吐露が止むことはない。

 そればかりか普段から不満を吐き出せる仲間がいなかったせいで必然的に貯め込まれた俺の不満タンクの中身がこの機を逃すまいと一斉に一つしかない出口へ向かって殺到し、俺の小さなビックマウスを押し広げていく。

 しかしその勢いが増し続ける激流にさらされ続けたせいでこの男も短時間でそれを受け流す術を手に入れてくれたようだ。口では面倒くさいと言いながらもまだ席を立つ様子はない。

 俺はかけがえのないものを手に入れた気がした。


 そして俺は手にしていたお代わりしたばかりのジョッキに口をつけた。






=====第三話 「初めての飲み会」=====




「なぁ旦那。さっきから聞いちゃいるが、あんましこの兄さんに飲ませすぎない方がいいんじゃないか?」


 カウンター越しに声が聞こえてくる。

 それに反応してカウンターに突っ伏したまま薄目で仕切りの上に目を向ける。そこには困ったような顔をしたチョビ髭がいた。

 それまでは何食わぬ顔で無言のままジョッキを拭いていたこの男もどうやら俺の酔い具合が心配になって声を掛けてきたようだ。

 確かに酒場とはいえ人がほとんど出て行ってしまった後のこの場で一人声を張り上げていれ気になってしまうのだろう。おまけにその男が何度も譫言のように同じことを繰り返しながらカウンターで突っ伏しているとなると、店主としてはいつ吐き出されるか気が気じゃないのだろう。

 当事者である自分が言うのもなんだが、心の中で心中をお察しする。


「まぁ今だけは放っておいてやってくれや。こいつもちょっと恥ずかしいことがあって照れてんだよ」

「うぐっ!」

「恥ずかしい事?」


 だが、そんな他人行儀な俺を他所に隣の男から爆弾発言が飛び出す。

 そしてそれに食いつく酒場の店主の様子も相まって、俺は他人行儀ではいられなくなってしまう。


「あぁ、男としちゃーそりゃもう恥ずかしい__」

「ああああだめだめだめおっちゃん! わかった! わかったから静かにするから!」

「なんだい? その恥ずかしい事ってのは?」

「おっちゃん!」

「こいつ、金が無くて泣きやがったんだ」

「は?」

「ああああー……」


 俺の努力の甲斐も虚しくあっさりと自身の醜態を晒しものにされる。

 おまけにその理由もこっちが思っているものとちょっと違った。

 それにより更に恥ずかしい思いに苛まれる。


「こいつ、どうやら今日この村に来たばっかりみたいでよ。そんで働き口が見当たんなくて食い物にも困ったあげく俺んところに来て泣きついてきやがったんだ。お金がないから助けてくれーってよ」

「何? そんでこの兄さん泣きやがったのか?」

「あぁ、そりゃあもうわんわんと」

「やめろよー……」


 ちょっとした意趣返ししたつもりなのか、散々に水増しされた俺の醜態を暴露するこの男の表情は明るい。先程までの鬱憤とした表情はどこへやら。

 そしてそんな情けない男に仕立て上げられた俺はと言えば、あながち全てが嘘ではないこの説明に対して反論することもできず、ただ肩を竦める事しかできなかった。


「はははははっ! そりゃ確かに自棄も起こしたくなるわな!」

「あーもう! 放っといてくれようっさいな……」


 今の説明に満足したのか、カウンター越しの男も先程までの心配そうな顔をやめて笑い出す。

 それに居た堪れなくなった俺は皿にに残っていた干し肉に手を伸ばし、既に満腹な腹を顧みることもせずに齧り始める。くそっ、なんてまずい干し肉だ。


「そういや兄さん」

「はいー?」


 嫌そうに干し肉を頬張る俺に対してカウンター越しの男が声を掛けてくる。

 それに対して俺は顎をしゃくらせて存分に嫌そうな態度を身体で表して”声かけんな”オーラを醸し出す。


「あんた、今日この村に来たっていうが何しにこんな村に?」


 だがそんな俺の威嚇などどこ吹く風で笑顔の男は話を続ける。

 くっ、こいつめっ。

 命が惜しくないのかっ。


「あぁ、そりゃ俺も気になってたところだ」

「……さぁー。なんででしょうねー」


 俺は本当のことを呟いた。

 だが、それによって二人からの誤解を招く。


「おい、拗ねんなって」

「すーねーてーまーせーんー」

「こいつ!」

「あ! だめだめおっちゃん! 今吐く、今吐くって!」

「だったらさっさと答えやがれってんだ!」

「お、おい! こんなとこで吐かせんじゃねえよ!」

「っち」


 むさ男の羽交い絞めから解放された俺は競り上がってきたものを何とか下へと押しとどめる。

危うく俺はこの場を惨状へと変えるところだった。


 だがその恐怖がこのまま何も喋らないという選択肢を失わせ、俺は酔いの回った頭を働かることにした。


「……まぁあれっすよ。ぶっちゃけ俺にもわかんないです」

「……は?」


 だが何とか頭を働かせてはみたもののあまり手頃な言い訳も思い浮かばず、さっさと事実を述べてしまう事にした。

 当然二人はハトが豆鉄砲を食らった表情を浮かべる。まぁハトというよりはクマとエノキですけど。


「よくわかんないんっすよねー。何か突然この村の前にいたっていうかなんていうか」


 だが、かといって全てを話してしまおうとも思わなかった。

 まず経緯を話す事がそもそも億劫であり、そしてこの世界とはまた別の世界から来たなどという奇天烈な話を説明しなきゃいけないのも面倒だった。

 それに俺としては別にそれをわざわざ信じてもらわなくても一向に構わないのだが、なら素直に言わない方が後々面倒事にも巻き込まれなさそうだと思ったのだ。


 俺はキョトンとする二人を他所に再び目の前の干し肉に手を伸ばす。


「……てめぇ、また適当な事を__」

「事実っすよ。ホントになんもわかんないんっすわ」

「……あれか? 記憶喪失ってやつか?」

「あー? 記憶喪失?」

「まぁ、そんなとこっすわ」


 俺は今から記憶喪失になる事にした。


「まぁ故郷の事は覚えてるんですわ。遠い東にある島国でぬくぬく育ってきたのは覚えてるんですよ。ただ、それがなんでこんな事になってるのやら……」


 だが一応記憶喪失なりに後々の事を考えて過去は覚えている設定でいこうと決める。

 そうしておけば後々色々な言い訳に役立ちそうだと思ったからだ。


「……東の国って」

「そっす。東の国っす」

「……兄さん、適当言うんじゃねえよ」

「ん?」


 だが、それがいけなかった。


「ん? じゃねえよ。東の国も何も、今俺達がいるここが一番端っこの国じゃねえか」

「え? そうなの?」

「そうなのって……」

「……あ、あっれー?」


 思わぬ墓穴を掘ってしまい思わずシドロモドロになってしまう。

 まさかここが一番東にある国だったとは。

 だが一度口にしてしまった手前ここでまた言い分を変えてしまっては再び俺はあのゴツゴツトした腕の中で競り上がってくる吐き気と戦わなければいけなくなるだろう。

 それだけは避けなければ。

 俺は少し気を引き締めて事に当たることにした。


「で、でも僕の国って小さい島国だったんですよ。だからもしかしたらこの国と接点がないのかも__」

「島も何も、こっから東は魔界じゃねぇか」

「……あーそういう……」


 どうやらこの世界には魔物がいるらしい。

 俺はその可能性があった事を今更になって思い出した。


「兄さん、あんたまさか自分が魔界から来たとでも言うのか?」


 それが常識なこの世界の住人が眉をひそめて聞いてくる。

 半分は人の頭の中身を疑うように、そしてもう半分は深く根付いた恐怖を確かめる様に。


 俺は一つため息をついてこう答えた。


「……じゃああれっすわ。多分俺の故郷はその魔界の反対側にあったんっすわ」

「は?」


 俺は多分信じてもらえないであろう事を二人に述べた。それを聞いた二人は本当に訳の分からない事を聞いたといった表情を浮かべる。

 そんな二人を他所に俺はどこ吹く風を装って続ける。


「俺の故郷は本当に一番東っ側にある小さな島国だったんすわ。そんで西側に大陸があった事はみんな知ってたんですけどね。……ただ、俺らの国の人達はみんなその大陸に全然興味が無くて何も知らなかったんですよ。だから多分、おっちゃん達が言ってるその魔界ってやつが俺達の国の西側にあったんじゃないですかね? 勿論俺の国の人達は俺含めて全員人間ですし、この世界に魔物? 的なもんが存在するなんて俺、全然知りませんでしたよ」


 俺は現世での中世大航海時代以前の世界情勢を思い出していた。

 その頃のヨーロッパといえば日本の事をまだ全ての建物が黄金でできた夢の国ジパングだと勘違いしていた時代であり、アメリカ大陸などその存在すら知られていなかった時代だ。おまけに宗教で思想がガチガチに制限されていた当時のヨーロッパにこの国を当てはめて考えてみれば、魔界のど真ん中をシルクロードが開通さえしていなければ、大陸の東側の様子や地形などわからないんじゃないかと思った。

 現にシルクロードがあって尚当時の世界地図の形などあまり東側については当てにならない形をしている。

 寧ろ東側が描かれていない事すらある。

 要するに何が言いたいかというと世界地図の大陸の西側にこの国が、東側には何故か絶賛鎖国中の日本が、中央には魔界といったのを想像して話していた。

 こういう事にしておけばこのおっちゃん達が俺の魔界越しにある東の故郷を知らなくても自然で、俺も魔物を知らなくても何も不思議じゃないと思った。

 仮に地図を持ち出されても”あーこれが西側の人達の地図なんすねー。”で通せる。


 まぁこれはあくまで俺が勝手に考えた解釈であり、実際にここが世界の全てが解明された世界であるならばこんな事を言っても信じてはもらえないだろうが、それ以外に思い当たらなかった手前そうなった場合には素直に隣の男の熱い抱擁に包まれて虹を吐き出すか頭のおかしな可愛そうな人間を装う事にしよう。


 ……もしくは__


「……魔界の東に人が住んでる、なんて……なぁ?」

「あぁ、考えたことも無かった。兄さん、それを俺達に信じろって?」


 だが思いのほか悪くない反応が返ってくる。

 どうやらこの世界の人間にとっての東側は魔界が存在するだけの未知の領域らしい。

 それによって俺は考えていた”三つ目の”嫌な事をしなくて済んだことに胸を撫でおろす。


「俺も信じらんないっすよ。まさか海を挟んだ向こうっ側に魔物がいて、更にその向こう側に人が住んでたなんて」


 俺は肩を竦めて困り笑いを見せる。

 そして力なく握りしめていたジョッキを持つ手を改めて握り直して口へ運んだ。


「だが仮にそうだとして兄さん、あんたどうやってここまで来たんだ?」

「……」


 そしてジョッキに口を付けたままの姿勢で固まった。


 全 然 考 え て な か っ た。


「……あ、あれじゃないっすかねー? 魔物さんが俺を攫ってこっちに運んできたとかじゃないっすかー?」

「あ? でも兄さんっところの国は魔物と全然関係無かったんだろ? それに魔物がってお前……」


 完全に詰んだ。

 やっぱり無い頭捻ったって全然いいことなんて起こりゃあしない。


 俺はゆっくりと口につけたジョッキをカウンターに置いて一呼吸入れる。

そして__


「てへっ」


 俺はむさ男の抱擁を受け入れる覚悟を決めた。


「こいつ!」

「あ、待って! からかったとかそういうんじゃなくてなんていうかー……あれ!? 俺記憶喪失だ!」

「馬鹿にしやがって!」

「ぎゃー!」

「おい! だから吐かせんなら外でやれって!」

「うっせえ!」

「と、止めてー!」


 俺は再びこの筋肉隆々オヤジの筋肉の硬さを味わいながら、先程一瞬二人が覗かせたあの恐怖の様子が消えていることを横目で確認して安堵の笑顔を浮かべていた。




”誰も殺さずに済んでよかった”と。




 しかしこの時はまだ気づいていなかった。

 こうして何気なしに話してしまった一言が、まさかあんな事になろうとは。






====================================




「はぁ……何とか吐かずに済んだ……」

「はんっ! ありがたく思えやクソガキ!」


 俺は熱い抱擁に一通り満足してドカリと隣に座りなおすこの脇クサ禿ズラクソオヤジに対して”あんた遠慮無しに俺の首絞めといてよく言うよ”と心の中で小さく悪態をつく。多分口に出してしまえばそれこそ再びタコみたいに顔と頭を真っ赤にしたこの禿ズラ脇クサクソオヤジがまた襲ってこないとも限らない。

 それはそれで面白そうな絵面ではあるが、いかんせん俺のゲ○ゲージは既にその安全領域を優に振り切ってしまっている。それを実行しようものなら今度は唯一まだこのカウンターでは俺の味方をしてくれる目の前の店主すらも今後の敵になりかねない。

 それを危惧した俺は大人の対応で口まで出かかった矛先を収めることにする。

 よかったなハゲ。

 俺が大人で。


「あんた、俺が止めなきゃ止めなかったくせによく言うよ」

「うっせえ! あんたは引っ込んでろ!」

「はいはい……」


 俺の言葉を代弁するかのような発言を目の前のおっちゃんが言ってのける。

 そしてそれに案の定不愉快さを露わにする隣の男。

 だがそれまでだ。

 何故同じ言葉でも言う人間が違うだけでこうまでその被害の規模が違ってくるのか。

 俺は世界の理不尽さを呪った。


「ったく……にしても、魔界の東っ側ねぇ……。そんなもんがもしホントにあったんならどんな世界なんだろうな」

「さぁな。もしかしたら俺達と違ってこいつの言うように魔物にビクビクしなくていい世界なのかもな」

「……っふ、まさか」


 人間どこいっても遠い世界には甘い幻想を抱くもんなんだなーと心の中では思いつつも、俺の意識は既に目の前の半分にまで減った酒に移っていた。


 目に映る少し泡が表面に浮いた発酵性の苦いアルコール。

 それを見ているとどうしても今この場には無いあるものを欲してしまう。

 俺はそれをずっと不満に感じていた。


「……足りない」

「あ?」


 そしてその不満は等々勢いのままに口から洩れてしまう。


「なんだおめぇ。あれだけ人の金でバクバク食っといてまだ食うつもりか?」

「違うんすよ……」


 俺の言葉に勘違いした男が呆れとと共に批判を乗せた言葉を言ってくる。

 それに俺は素直に答える。


「……煙草」

「あ? タバコ?」


 そう。

 俺は煙草に飢えていた。


 元々現世でもそんなに煙草を吸っていなかった俺は事あるごとに”俺、いつでもやめれるんで。”と自身の体を心配してくる人達に対して若干得意げに語ってきたのが、どうやらそれも仕事を始めたこの1年で煙草が無いと生きていけない体に魔改造されてしまっていたようだ。

 俺の仕事場の上司はそれはもう大層なヘビースモーカーでその会社の中でも禁煙者が多くなってきている中で俺はその上司と共に1年間車で各地をドライブして回るお仕事をしていた。

 おかげで今では立派な喫煙者だ。

 まさかここに来てその弊害に悩まされるとは思ってもみなかった。


「なんだそりゃ」


 だが、それに気づいた時には既に手遅れだった。

 そんな趣向品がこの狩猟によって成り立つ世界になどある筈もなく、俺は自身の準備不足に心底後悔の念を抱いていた。


「あぁ……煙草っていうのはその……吸うお香? みたいな?」

「あ? そのオコウってのはなんだ?」

「あぁ、通じないか。なら、えっとー……紙のパイプ? 葉巻? みたいな?」

「パイプってお前、紙の筒なんか何に使うんだ?」

「んー、そっかー……」


 俺はこの世界とのジェネレーションギャップをここに来て初めて体感した。

 今までは俺が一回りも違う周りの年上の人達に感じてもらう側だったが、まさかこの歳でそれを自身が感じる羽目になるとは思わなかった。

 一応、親が楽しませようと遊園地に連れてきた小学生がアトラクションには目もくれずに携帯ゲーム機をいじる姿に時代を感じた経験はあったが、それとはまた違った違和感がある。

 これが大人のジェネレーションギャップかと自分の中で結論に至る。


「まぁ、簡単に言えば気分が良くなる煙を吸うものですよ」

「大丈夫かそれ」


 自分でも幸せになれる粉的な雰囲気を醸し出す説明だったと思う。

 だが仕方ない。

 実際そうなのだから。


 まぁボヤいても仕方がない。

 幾ら愚痴ったところで煙草が生えてくるわけでもない。

 そう思った俺は席を立った。


「……よし」

「ん? どうした坊主?」


 確かにぼやいていても仕方がない。

 だが俺には一つだけそれを手に入れるチャンスがあった。

 無論、それが絶対に成功する確証などどこにもない。

 だが、今こうして口寂しさにずっと悩まされ続けるよりも先に行動した方が建設的だと思えた。

 だから俺はその行動を起こす為に酒場の外へと向かった。


「おい! トイレならそっちだぞ!」


 後ろからおやじさんの声が聞こえてくる。


「あ! まさかてめぇ、逃げる気じゃねえだろうな!?」


 なんでこの人はこうまでも俺の意図を外すことが多いのだろうか。

 俺は溜息をする為に深く息を吸った。


「てめぇはこれからずっと俺んところで働くんだぞ!?」


 だがその言葉を聞いてしまい、思わず吸った息を吐き出すことを忘れてしまった。


 ……この人、今なんて言った?


 俺は後ろを振り返った。

 だが、そうして一瞬目が合ったかと思えば男は何を思ってか後ろを向いてしまう。


「……っち、今更逃げられると思うなよ。てめぇは明日から馬車馬の如く働くんだ。……覚悟しとけってんだ」


 そうして小さく吐き捨てた言葉を、俺は聞き逃さなかった。


「……っふ」

「あ! てめぇ!」


 その言葉に思わず俺は止めていた息を少し漏らしてしまう。

 それによりハゲ男が再びこちらを睨んでくる。


 何でこう、この人はテンプレ通りなのか。


 俺は凄んでくるおやじさんを他所に背を向けた。


「てめぇ! 今俺の事__ッ」

「大丈夫ですよ! 心配性だなーもう」

「あ!?」


 俺は照れながら怒るおやじさんを他所に背を向けたまま片腕を水平に上げる。

 そして握りしめたその拳の親指を上へと立てた。


 それは、この男には伝わらないであろう”グッジョブ”のサインだ。


「……なんの真似だ、それ」

「俺は明日からあんたの店のエースになるから覚悟しとけって意味っすよ」


 俺は酒の勢いも借りて恥ずかしい言葉を言ってのける。

 それを見たおやじさんの姿は見えない。

 だが__


「……っは、意味が分からねぇ」


 それを聞いたおやじさんからは意味不明の烙印を押されてバッサリと切り捨てられてしまった。

 だが不思議と恥ずかしくはなかった。

 何故ならその小さく聞こえたその言葉に、確かな”温かさ”を感じ取れたからだ。


 俺はそれに満足して酒場を後にした。











~Next~


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