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・第二話 「初めての就職活動」

「さて、どうしたもんか」


 俺は一人呟いた。


 晴れて異世界に飛ばされた俺は目の前にある村の入口を眺めながらそんな何の面白味もない言葉を口にする。

 そしてそれがこの世界での第一声だったと気づくのには時間はかからなかった。


「……はぁー」


 思わず溜息が漏れる。

 まさか自身がこの世界に生まれたに等しいであろう大切な一瞬を”さて、どうしたもんか”の一言でスタートさせてしまうとは。不意にしたの一言で片づけるにはあまりにも惜しいことをした。


「……」


 ゲリラ。

 ザ、イリュージョン。

 英雄。

 コ〇ネチ。

 ジャラーンッ!


 俺は今更ながらに自身の産声候補を挙げ列ね始める。

 しかしそれもすぐに虚しくなり切り上げる。

 結局、記念日は記念日に祝うからこそ意味があり、誕生日は誕生日に祝われるから意味があるのだ。それを後からどんなに取り繕ったところで冷めた感動が蘇る訳もない。

 状況は違えど、俺の中はそれらをスッポかした側とされた側の苦々しい気持ちで満たされていた。


「ペ〇ス」


 だが、未練がまだ尾を引いていたのか思わずそんな言葉を女々しく口にした。それがこの世界での第二声になったことなど既にどうでもいい。

 寧ろこんなしょうもない事でも初っ端に出せなかった自分が更に惨めに思える。

 俺の中は今度は敗残兵のような気持ちで満たされた。


「てかぺ◯スって」


 そして今更ながらに自身の壊滅的な言葉選びのセンスに溜息をついた。


 現在はお昼を回ったあたりか、空は晴天。

 その青空の下で目の前の村ではその慎ましくも勤勉さを絵に描いたような村人達の生活の営みが垣間見える。

 子供ははしゃぎ、女性は洗濯、男達は薪割り大工。たまに見える酔っ払いも、それはそれで平和な一場面を彩る風景に一躍買っている。


 そして不意にそんな中に俺自身が入っていく所を想像する。

 すると胸が急に締め付けられたような感覚にとらわれる。


「遺物混入、火事の元ー」


 そして気を紛らわす為に軽口を叩く。

 しかしそれが思った以上のクオリティーを出してしまい、思わず鼻で笑ってしまう。

 こんな時だけジョークの質が上がるのだから、俺のひねくれ様はなかなかのものなんだろう。

 それが笑えるか笑えないかについては人によるだろうが。


「あーあ」


 何気なしに空を見上げる。

 空は相変わらず綺麗なままだ。

 顔の筋肉に力が入っていない感覚を味わいながら、俺は地面に腰を下ろす。


「……あ」


 だが、腰を据えた時の違和感に思わず意識が持っていかれる。


「……あいつ、ホントにやってくれたよな」


 俺は少し焦げたお尻の部分を摩りながら微笑んだ。






================================




「……金槌とな?」


 少しの間を置いて神様が尋ね返してくる。

 それを予想していた俺は素直に頷く。


「はい。金槌を下さい」


 それを聞いた神様は一瞬”困りました”を体現するかのような眉間への皺の寄せ方をしそうになるが、何を思ったのか直ぐに持ち直してこちらに視線を向けてくる。

 おしい。


「……そうか。まぁ、人それぞれであろうからな。よし、主に槌を与えよう」

「はい。ありがとうございます」

「では主の好きな形状を申せ」

「は?」

「は?」


 それは二人の中でアンジャッシュが発生した瞬間だった。


「あ、あぁそっかそっか。形状ね、形状」

「そ、そうに決まっておろう。我も万能なれど、主の好みを聞かぬことには作りようがなかろう」

「んー……つっても形状なんてそんな無いと思うけどな」

「何でもよい。我が作るのだ。どんな無理難題でも言うてみろ」

「えーでも俺、普通のでいいんだけどな。ホントに普通の」

「何? 何でもよいのだぞ? 例えば弁○が使うような物でも西洋の武士が使うような__」

「は?」

「は?」


 二回目のアンジャッシュ。


「……あ、わ、我が間違っておったな、すまんすまん」

「そ、そうでしたか。いやー俺びっくりしちゃいましたよホント。ははー」

「そうじゃな、弁○の使うておったのは丈であったからな」

「は?」

「は?」


 三回目。


「……え、そっち? ってか、弁○が密かにそんな事してたのも驚きだけど、え、何? 弁○って丈なんか使ってたの?」

「は? 主は日の本男児でありながら弁○を知らんのか?」

「いや、知りませんけど初耳ですけど。弁○が丈…ってか何? 昔はそれが普通なの? 馬鹿なの?」

「いや確かに奴のは特別製だったかもしれんが、丈くらい誰だって昔は使うておったわ戯け」

「昔の人は普通なの!? 弁○オーダーメイドなの!? 馬鹿なの!? トンカチ使えよ!!」

「誰が戦にトンカチなんぞ使うか!」

「は?」

「は?」

「え?」

「は?」


 終結。

 それによって二人の間に奇妙な沈黙が訪れた。


 まぁ俺は途中からわかってたけどね。


「……主、まさかとは思うが__」

「トンカチ下さい」


 それを聞いた神様は息を殺した大きな溜息を着きながら徐にその指を自身の皺の寄った眉間に押し付けた。


 やったぜ。

 今度こそ目の前の神様に完璧な”困まりました”をやらせてやったぜ。

 いや、これは呆れかな?

 まぁいいや。

 どっちにしろ可愛いし。

 でゅふふっ。


 すると尻に火がついた。


「あっちー!!」

「……貴様、我を謀りおったな」

「あ! 神様今心読んだ! 絶対読んだ! 普段読まないとか言ってたくせに!」

「うるさい黙れ下郎! 貴様の様な滑稽無比な矮小凡夫がこの神である我を謀るなど言語道断! 我に恥をかかせた罪は四海を埋めてもまだ足りぬ! 末代、いや子々孫々までをも呪ってやる!」

「俺が子孫なんて残せるわけねーだろバーカ!!」

「ばばば、馬鹿じゃと!? こ、この我に向かって貴様……ッ!」

「てかこのジャージどーすんだよ、ってあーあ。穴まで開いちゃってるよこれ……」

「き、貴様などもう見とうないわ! さっさと地獄へ失せろ!」

「わー」


 そして俺は光に包まれた。






================================




「……なかなかだったな」


 自身と神とのやり取りを思い返しながら、その彼女の可愛らしい怒り具合とそれを引き出した自身の変態加減に満足して一言呟く。

 上出来だ。

 最後のド○ルドよろしく真っ直ぐに両腕を天へ伸ばしながらのあの一言など我ながら惚れ惚れする程のクオリティーだったと思う。あの一瞬で閃けた自身の才能が恐ろしい。


「あだっ!」


 だが、そんな自己に酔いしれる俺の頭上に何かが落ちてきた。それによって俺は現実に引き戻された。


「いってー……ってなんだこれ」


 何となく犯人が予想できている分少し大げさに痛がっていると、地面に転がる天からの贈り物に目が留まる。

 その贈り物の正体は巻物だった。


「……まったく。ほんっとべたべただよな」


 おもむろにその巻物を拾い上げて広げてみる。

 しかしやはり何の変哲もないただの巻物だった。


 そしてその中身についてだが、これがまた神様は相当にご立腹なようで綺麗に行が整列されて書かれている傍ら、その端々には書きなぐったような後が垣間見える。

 それを見る限り、きっと内容はあの仰々しい物言いでとてつもないことが書かれているのだろう。それを想像するだけで口の端が吊り上がる。

 しかし何故推量の言葉を使うのかと言えば、その文字自体が達筆なのか昔の文字の書き方なのかさっぱり読めなかったからだ。

 多分両方なのだろう。

 だって神様なんだし。


 そんなことを考えながら心の中にそよ風が吹く感覚を楽しんでいると、急に目の前の巻物の中央に穴が開いた。

 いや、開いたというよりは開けられたといった方が正しいだろう。

 眼前を掠める程の距離を物凄い勢いで上から下へと通過していった”それ”は、俺の意識が間に合う前にその鈍い着弾音を巻物越しに俺の耳へと響かせた。

 それによって俺の心の中に吹いていた心地よいそよ風は一瞬にして冷たい北風へと変貌した。


 なけなしの生存本能が停止しかけた思考を活性化させていく。

 それにより脳裏に刻み込まれた残像がスローモーションで逆再生されていく。

 そして巻物を貫通する直前まで巻き戻されたその映像がある物体を映し出す。


 T字の物体。

 黒い何か。

 そしてそれが自身の頭上に。


 そう考えた時、俺の意識は再び遠足の準備を始めた。

 それを咎めるように引き留めても、俺の意識は自身の遠足バックにカリカリ梅を詰め込む手を緩めてはくれない。

 それから察するに、この意識ちゃんは相当にこの世界が御嫌いなようだ。

 だがまだ早い。

 考えてもみろ。

 俺は今し方この異世界に来たばかりなのだ。

 なのに直近の摩訶不思議を確認せずに旅立つなんてつれねぇぜ。

 もしかしたら違うかもしれねぇだろ?

 この世界にはまだまだお前の知らない事がたくさんあるんだぜ。


 俺は浮足立つ意識を何とか引き留めるために、半ば解明されかけている奇天烈を拝む事を決意する。

 そして恐る恐る足元に目をやる。


 そうして目に移ったものは、やはり何の変哲もないただのトンカチだった。

 まぁあえておかしなところを上げるとすれば、それが生半可な高さからじゃ到底めり込みそうにもない程に地面に深く突き刺さっている事と、その柄にしっかりと巻き付けられた紐に繋がれている紙に”とんかち”と大きく筆で書かれている事だろうか。


 うん。

 くれいずぃー。




『crazy』


[形容詞] 1.馬鹿げた、気違いじみた、とてつもない。2.大変熱心な、ほれ込んだ、夢中の。3.素晴らしい、すぐれた、スリル

[名詞] 変人、奇人、頭のおかしい人。

[感嘆詞]《驚きや喜びなどを表し》すごい! すてき! いいぞ!※おもに、1940~50年代にビート族[反体制的な若者世代]の若者が使った表現。


※某英和辞書より




「”とんかち”じゃねえよ!!」


 俺は大声で天に叫んだ。


「何が”とんかち”だ! 馬鹿か! 死んだらどうする!? いや、死ぬだろ! あれ完全に頭狙ってただろ!? 鼻先掠めたぞ! ってか俺が読める字書けんなら最初から書けよ馬鹿野郎!!」


 陰湿だ。

 陰湿すぎる。

 挙句によく見てみればこの字は”ひらがな”だ。

 それがより一層神の陰湿さを表していて余計に頭にくる。


 俺は散々天から見ているであろう傲慢ちきな神に向かって喚き散らした。

 そしてその虚しさに気づいた頃には既に肩で息をする程の体力になっていた。


「はぁ……はぁ……ッ、くそッ……たれ……ッ!」


 俺は最後に負け惜しみを吐いて息を整える。

 こんなにも不味い深呼吸は初めてだ。


 だが、そのおかげか俺は先程目の前の村を見て自身が何を思ったのかなどは既にどうでもよくなっていた。

 俺は息を整え終えると同時に村の入口を見据えてこう呟いた。




「……さて、就職先でも探すか」






=====第二話「初めての就職活動」=====




「ダメ」


「ダメ」


「ダメ」


「にゃー」


 俺は三回連続面接に失敗して子猫と戯れていた。


「ねーねー猫さんや。この世界の住人はダメしか言えない呪いにでもかかってるのかな?」

「にゃー」

「おーよしよし。お前は違うよなーよしよし」

「にゃー」


 俺の手に気持ちよさそうにじゃれてくる子猫に癒されながら、今後の事について考える。


 そもそもこの村は最初に目にした時から薄々気づいていた事だが、村人の数が極端に少ない。

 まぁ極端にとは言っても村社会を形成していくうえでの規模は保っているようだが、現代日本で例えるならばそれは過疎化が進んだ村そのものだった。

 昔に一度仕事の関係でそういった場所に二か月程滞在した覚えがあったが、その場所だってここよりはまだ人数がいた。

 強いてマシな点を挙げるとすれば、ここの子供達は都会に出稼ぎになど行かない分何かない限りはその絶対数が極端に減る恐れがないといったところか。

 しかしそれが痛かった。

 それはつまりこの村はこの村のコミュニティーだけで完結できる循環を形成していたという事だ。

 大工や鍛冶は一人で足りるし、跡継ぎだって困らない。

 食料だって狩人一人で村全員に行き届く。

 おまけに小さな面倒事も、女子供が自分で済ませる。

 要はよそ者の手を借りなくても最低限の生活を維持できるのだ。

 俺はこの世界に来た時から既にう○こ製造機になる運命にあったのだ。

 最初からいらない子なんて辛すぎる。


「う○こ製造機だってう○こ生産する為に色々必要だっていうのに……」


 食料とか食料とか食料とか。

 俺は鳴りっぱなしの腹を抑えることもしないまま、一人訳の分からない愚痴をこぼす。


「にゃー」

「おーよしよし。お前だけはこんなボロ雑巾にも相手してくれるんだよなーおーよしよし」

「にゃー」


 相変わらず俺の手に無邪気に頭を摺り寄せてくる子猫に思わず涙腺が緩みそうになる。

 手から伝わってくるごわごわとした感触からこの子猫が野良だという点で共感しそうにもなるが、俺の素性も知らずに打算なく無警戒に目を細めてくるこの子猫だけは俺の仲間にはしてはいけないと訳の分からないプライドが働いて緩んだ気持ちを引き締める。


「……ありがとうな、クロ」

「にゃー」


 白い毛並みである事からクロと名付けたこの子猫は、俺の意図を知ってか知らずか律儀に鳴き声で返答を返してくる。

 それによって少し気力が沸いてきた。


「……そうだな。落ち込んでもいられないよな」

「にゃー」

「よし」

「にゃー?」


 俺は立ち上がって深呼吸をする。

 見上げた空は相変わらずの青さだったが、うっすらと赤みを帯び始めているところを見ると暮れるのももう時間の問題のようだ。


「……なぁクロ」


 俺は空を見上げたまま恩人である子猫の名を口にする。


「俺、いつになるかわからないけど、きっとお前の事迎えに__」


 そうして見降ろした視界に映ったのは、白色の毛並みの親猫に連れていかれるクロの姿だった。

 クロはキョトンとした顔で親猫に後ろ首の皮を咥えられてぶらぶらと揺れている。

 そして親猫の方はといえばこちらに視線を一瞬向けると、”この子にもう近寄らないで”と言わんばかりに鼻を鳴らして去っていく。


 脳内で補完された夕日の方角へと去っていくその親子のシルエットを眺めながら、俺は小さく呟いた。


「……もう、変な男に捕まるんじゃないぞ」


それが俺がクロに向けた最後の別れ言葉だった。





===============================




「……いつか俺んところにも来るとは思ってたけどねぇ、兄さん。俺もみんなと答えはかわんねぇよ」

「そこをなんとか!」


 俺は最後の頼みの綱である商店の前へと足を運んでいた。


「俺なんだってしますよ! 商品の運搬から陳列、店番から掃除に在庫管理までなんだって!」

「はぁ……あのねぇ兄さん。自分で言うのもなんだがうちは客が少ないんだ。それなのにその唯一の仕事まで取られたとあっちゃあ、俺は一体何をしてればいいんだ?」

「全部俺に任せて昼寝でもしててくれればいいよ!」

「帰んな」

「あっ! ちょっとおっちゃん!」


 男は有無を言わさず店の裏へと引っ込んでいった。

 それによって俺は店を外部と内部で仕切るように設置されたカウンターに一人取り残された。


 これで最後の望みの綱も消え失せた。

 俺は力なく溜息をついた。


「まぁ、こんなもんか」


 カウンターに背中を預けて空を見上げる。

 空は既に赤みを帯びていて、これから来る夜に向けて月が遠くで待機している。

 これで腹の虫さへ鳴らなければ、ずっと見ていたい程好みな空の景色だった。


 そこでふと、神様と別れた際に言われた言葉を思い出す。


「よく考えればあいつ、俺が住もうとしてる世界を地獄とか言ってやがったな」


 今更ながらにその事に気づいて乾いた笑みが零れる。

 要は神様は俺がこうなる事を知ってか知らずか自身が地獄だと思う世界に俺を送り出したことになる。

 それは神様としてどうなのか。

 いや、寧ろ神様だから俺に天罰を与えたのか。

 しかし確かにものは言いようだ。

 神様にここへ送られるまでの現世での俺の現状といえば、仕事を辞めた直後とはいえ既に新しい働き口を見つけた後だった。

 曲がりなりにも一応は一人で食っていくだけの目途が立っている状況でのこの現実だ。

 考えようによっては確かに地獄といえない事もないのかもしれない。


 だが、俺は理解してないまでも知っている。

 世の中にはこんな事で嘆いていたら鼻で笑われるどころか殺されかねない程の修羅場の中で生きている人達がいる事を。

 それこそ地獄のような世界で生きている人達の事を。 


 しかし、いくらこれ以上の地獄なんていくらでもあると心の中では強がってみても、結局は空腹の誘惑にその脆い意志は揺らぎ始める。

 だからこそ人間ってのはつくづく現金なものだといつも思う。


「はぁ……」


 特に何かあったわけでもなく体を翻して店の中を覗き込む。そのカウンター越しには幾つものよくわからない商品が並べられている。

 そこに食料品の類が見当たらないのは、やはり村の人がそれだけ商店に対して切迫するものを要求していないことが伺える。

 それを見るに、あの男が言っていたことは本当の事なのだろうと思う。今となってはどうでもいいことだが。


 だが、そんな益体の無いただぼーっと眺めるだけの時間が俺の中の影を浮き彫りにさせていく。


 影になっている店の中で不用心に置かれた商品の数々。

 それを眺めながら、自身の奥底がゆっくりと冷えていく感覚を覚える。


 盗むか。


 何の感慨もなく浮かんだその言葉に自分自身の闇を見る。

 特に何も感じない。

 罪悪感すら沸いてこない。

 やろうと思えばすぐできる。

 バレない方法がいくつも浮かび、その中から順に不確定要素の強いものから切り捨てていく自分がいる。

 何度も言うが、何も感じない。

 これは仕方のないことだと。

 生きるためには仕方ない事だと。

 命を持って生まれた全ては自身の生存本能には抗えない。

 そして抗うべきでもないものなんだと。

 貧しい国の子供達。

 モラルうんちゃらなんて関係ない。

 それは富裕層の人間達の。

 命の危機とはほど遠い人間達の。

 そんな奴らが知らぬ存ぜぬ。

 銃を持った子供の気持ち。


「……なんてね」


 だが、そんな言葉を吐いたと同時に一気にやる気が消え失せる。

 俺は再び空を見上げた。


「あーあ。ホントに母さんと父さんの教育の賜物だよこんちくしょー」


 俺は今は遠き自身の両親の姿を思い浮かべる。

 どちらもそういった事には厳しい人達だった。

 厳しいといっても怒鳴ったり叱ったりといった厳しさではなく、どちらかというとそういった事を自身の子供がすることを悲しむ人達だった。

 現に身体が大きくなるにつれて叱られる回数が減る一方、ロックを好きになり始めたあたりから順調におかしくなり始めた俺の行動や言動を聞いて母さんはたまに悲しそうな目をしていた。

 父さんはといえば母さんよりもまだそういった事に口を出したがる質であったが、それも俺がうっとおしがって避け始めるとあまり口を出さなくなっていった。

 しかし内心はいつだって俺の将来を不安がってくれていたと思う。

 それを考えるとどうしてそんな善良な両親から俺みたいな人間ができあがってしまったのかとつくづく思う。


「そういや母さん。俺が就職するって言ったときは喜んでたな」


 その時の事を思い返す。

 バンドで食ってくと本気で思っていた俺が色々訳あって働く事を決めた時は、その俺を思って大げさには喜ばないようにはしてくれてはいたが、言葉の端々から喜んでいるのが感じ取れた。

 父さんはといえば”そうか”の一言でスマートに済ませようとしていたみたいだが、母さん以上に隠し事が下手な為結局あれこれ助言をするわ手を焼いてくれるわといった形でその嬉しさが体中から滲み出ていた。


「ふっ」


 思わずそんな父さんの不器用さに笑みがこぼれる。

 まったく、俺には過ぎた両親だった。

 俺の心の中はこんな状況であるのにも関わらず温まったような錯覚にとらわれた。


 だが、不意にそんな温かな気持ちに包まれている最中に1年で仕事を変える旨を伝えた時の二人の表情が頭を過った。

 それによって一瞬にしてその温度は奪われた。


「……まぁ、せめてこれ以上の屑にはならないようにしないとな」


 俺は気を紛らわす為に全身の力を抜いてカウンターに突っ伏した。


「あーあ! どうか俺が盗みをしなくて済むように天啓降ってこないかなー!」


 そうして開いた目線の先に陳列棚に置かれたあるものが映る。


「……薬草か」


 そうして俺は閃いた。






===============================




「……あんな兄さん。これはどういう事なんだ?」

「えっとですね。多分これとこれのどっちかが薬草だと思うんですよ。そんでもってこれはよくわかんなかったけど一応引っこ抜いてきたもんで__」

「兄さん今何時だと思ってんだ?」


 俺の言葉を跳ね除けるような強い語調。

 それによって勇気と意地で無理やりに支え続けていた俺のモチベーションは、その支えを薙ぎ払われたかのようにどん底へと叩き落された。


 俺は今店の裏側で店主のおっちゃんを呼び出して、その今し方村の周りの森で引っこ抜いてきた雑草をもとに、それを店主の足元に並べて営業をしていた。

 そして辺りはすっかり暗くなっていた。


「……いや、こんな暗い中悪いとは思ったんですよ。ただ__」

「はぁ……」


 目の前で正座をしながら言い訳を始めた俺に不機嫌そうな溜息を洩らした店主は、おもむろに俺が抜いてきた雑草の一つを摘み上げる。

 その様子に微かな期待を抱いてしまう。


「……兄さん、これが薬草だ」

「え、マジすか! じゃあこれが5束__」

「ただな兄さんッ」


 そして何とか希望が見えた気がして思わずテンションが上がってしまった俺の様子に、等々店主が声を荒げた。

 それによって肩が跳ね上がった。


「あんな、商品ってのは何でもかんでも引っこ抜いてこりゃあいいってもんじゃねえんだわ。見てみろよこいつをよお。無理やり引っこ抜いてきたせいで跡が付いちまってるじゃねえか」


 店主が俺に見せつけてくるその一束。

 それは紛れもなく俺が傷んでいる事を知っていながらに商品の中に紛れ込ませていた一束だった。

 本来ならこの一束は捨てる筈だったものだが、何かあった時の為の保険として探索中にずっと捨てずに持ち歩いていた。そして結局、夜の森の静けさに等々堪え切れなくなった俺はその傷んだ薬草を渋々バレないようにと祈りながらこっそりと商品の中に忍びこませていた。

 それをこの店主は簡単に看破してみせた。

 それによって俺はこの店主の事を心のどこかで舐めていたのだと思い知らされる一方、自身が取り返しのつかない事をしてしまった事に気づかされた。


 俺は恥ずかしさの余り今すぐにでもこの場を逃げ出したい衝動に駆られた。


「おまけにまだ小せえし、第一仕入れ元がどこの誰だかわかんねえあんたで取引量もこんだけって……商売舐めてんのか? えぇ?」

「す、すみません……」


 しかし、そんな俺の内心など関係無く店主の責めは続く。

 それに俺はただただ謝る事しかできなかった。


 しかしそれが店主の逆鱗に触れた。


「ガキの使いじゃねぇんだわッ! てめぇに商売人が務まるかッ!」

「__ッ」


 そうして俺の前に投げ捨てられた薬草の一束。

 しかしそれは大した音を立てることもなく地面に落ちた。


 だが、そんな些細な事が俺にとってはどんな店主の責めよりも重たく心に圧し掛かった。

 それによって俺の心は乱れ始めた。


 投げ捨てられた傷んだ薬草。

 確かにこの薬草は商品にならないのかもしれない。

 だが、それでもこんな扱いを受けていいようなものじゃなかった筈だ。


 薄暗くなり続ける森の中をあるかどうかもわからない草を探して彷徨い続けた長い時間。

 疲労も溜まって腹も空かせて、それでも生きてく為に粘った。

 そんな中で初めてそれっぽいものを見つけた時、俺がどれだけその小さな草一本に歓喜した事か。

 そしてそれと似たような草を見つけた時、俺がどれだけ悩んだ事か。

 真っ暗になってもまだ数が揃わなくて、それでもまだ纏まった数を揃えられない焦りにいったい俺がどれだけ心が折られそうになった事か。

 ビビりな俺がどれだけの恐怖に抗いながら探し続けた事か。

 こんな夜更けに非常識だと知りつつ、いったい俺がどれだけの覚悟でこの裏口を叩いた事か。


 この店主は何も知らない。

 知っているはずがない。

 だが、それでもはいそうですかと引き下がれるような軽い覚悟で挑んだ訳じゃない。

 

 謝らせたい。

 同情されたい。

 共感されたい。

 称賛されたい。


 俺の心の中にそんな思いが次々浮かび、

 そして俺が出した言葉は__




「……すみ……ません。」


 そんな謝罪の言葉しか言えなかった。


 結局この人は何も悪くない。

 この人に俺の気持ちなんてのは関係ない。


 そういう結論に俺は達した。


「わかったんならとっとと帰んな」


 そうして店主は無情に扉に手を掛けた。

 それを見ながらふと思う。


 __あぁ、やっぱりこんなもんか。


 俺は自身がこれまでにも何度も味わった期待を裏切られた感覚に打ちひしがれた。

 そうして俺はまた思う。


 だから俺は__




 __頑張ることが嫌いなんだ。


 そうして俺は閉められていく扉を見つめながら、乾いた笑いを浮かべて見せた。






 だがその扉が閉められるよりも早く、俺の腹が今日一番の唸りを上げた。

 それによって時間が止まったかのように二人の動きが止められた。


「……兄さん、おめぇ__」


 扉をいつまでも閉めようとしない店主が呟く。

 それを聞いて俺は動いた。


「すみません。何でもないんで帰りま__」

「ちょっと待て」


 慌てて地面に並べてあった雑草を雑に拾い上げて逃げようとする。

 しかしそれを店主に止められる。


 そう、俺は止められてしまった。

 俺はその事にひどく動揺してしまった。


「……兄さん、本当に金がねえのか?」


 店主が優しくそんな言葉を吐いてくる。

 その言葉を聞いてしまい、俺は堪らず下を向いた。


 もうやめてくれ。

 限界なんだ。


 俺は今にも潰れてしまいそうな意地を奮い立たせた。


「……無いですけど大丈夫です……なんとかしますんで」

「なんとかってお前ぇ__」


 だが、そんな余裕の無い頭で出した言葉は俺の意志とは真逆の効果を生んでしまう。

 それによって顔を覗き込んできた店主に__


「……何男が泣いてやがんだよ、情けねぇ」


 俺は情けない泣き顔を見られてしまった。


「ずみッ……まぜんッ……ッ」


 店主の言葉は優しかった。

 無言のままに俯く俺の頭の上に乗せられる掌の感触は固く、熱く、大きく、そしてガサツだった。


 俺はそこで等々唯一張り続けていた意地までも失ってしまった。

 そうなってはもうどうしようもない。

 あとはただ、子供のように泣く事しかできなかった。

 そう、大の大人が子供のようにだ。


 本当に情けない。

 散々に意地を張り続けていながら、結局こんな風に優しくされただけで折れてしまうなんて。

 俺はその自身のどうしよもない弱さに恥ずかしさと悔しさを噛み締めた。

 だが悔しいのはそれだけじゃなかった。

 俺は自身の醜さにも悔しさを覚えていた。


 俺は自身が他人に同情を求める行為をずっと忌み嫌って避けていた。

 何故なら俺は周りの事など顧みずに普段からずっと自分の好きなように生きてきたからだ。

 それなのに今更になって反省もしてないくせに自分は可哀想な人間だから助けて下さいなどとはおこがまし過ぎて言う気にもなれない。

 しかも相手の優しさに付け込んでなどは論外だ。

 だから他人は良くても自分はしない。

 それが半ばポリシーのようなものになっていた。

 だがそれを今回不本意ではあるがやってしまい、挙句の果てに呼び止められただけでその場から逃げる事すらやめてしまったのだ。

 それは多分、俺が自分の体力の限界やこれからの幸先の悪さを知ったうえで無意識にその店主の優しさに期待してしまったからなのだろう。

 それを他人の優しさを利用する行為と言わずしてなんと言うのか。

 俺はその自身が絶対に欲しくなかった醜さが、既に性根のレベルで焼き付いてしまっていた事が堪らなく悔しかった。


「ずみッ……まぜッ……んッ……ッ」

「……はぁ……たくよぉ。兄さん、着いてきな」


 だが、それでも俺は肩に乗せられたその優しくでかい手を拒むことができなかった。











~Next~

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