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・第一話 「どうしてこうなった」

「主の願い、叶えてやろう」


 それは唐突だった。


「主の願い……そうじゃな。まずは異世界とやらに行ってもらおうか」


 突然目の前に現れた仰々しい物言いをする巫女さんを他所に、俺は一人自身のこれまでの経緯を思い返していた。


「何々、悪さを働く魔物達と戦いながら__」


 俺はいつも通り夜飯を済ませて行きつけの神社に来ていた。

 そしていつも通り、お賽銭を入れて__


「可愛い女子達と共に悩ましい毎日を過ごして__」


 そしていつも通り、鈴を鳴らして。


「そして世界を救う、それが異世界だと」


 何も変わらない。

 これといって特に今日に限って何かしたという覚えもない。

 しいて思い当たる事といえば、深夜1時を回っているこの時間に人気のない神社にお参りに来ている事くらいなものだが、それも今日が初めてというわけでもない。

 つまりは普通。

 いつも通りの事だ。


 変わらない日常。

 変わらないはずの風景。




「何ともつまらん世界よのう」


 それがどうしてこうなった。






=====第一話 「どうしてこうなった」=====






「まぁよい、我も神の末席を担うもの。どのような凡俗の願いなれど、一度叶えると口にした手前叶えぬわけにもいかぬゆえ、主の願い叶えてやろう」


 目の前に突然現れた巫女さんは得意げにそう語る。

 それを見つめながら俺はただぼーっと突っ立っている事しかできなかった。


 訳が分からない。

 というか突然の事過ぎてまったく話を聞いていなかった。

 だが、最後の方を聞く限りだとどうやらこの巫女さんは俺の願い事を叶えてくださるそうだ。

 そしてこの方は神様だそうだ。


 うん。

 わからん。


「……あの」

「あーよいよい。礼などいらぬぞ」

「あ、いや、礼とかそういうんじゃなくて……」

「何? 主があれ程会いたがっていたこの我直々に主の願いを叶えてやろうと言うのに礼もないのか? ……何故顔を逸らすのじゃ」


 俺は一人顔を反らしながら悶えた。


 くそ、今のは反則だろ。

 なんなのこの人、かまってちゃんなの?


 府抜けたニヤけ顔を彼女に晒しそうになったところを寸での所で顔を逸らして回避する。だが、それが彼女の心象的によろしくなかったのか彼女は眉の端を釣り上げてこちらを訝しむ。その様子からも彼女が少し苛立ち始めてるのが見て取れる。

 しかし、その彼女の一挙一動が俺の真面目に話したい気持ちを霧散させてニヤけさせていることに彼女はまったく気づいていない。


 唐突ではあるが俺は変人である。

 そしてその変人である俺は生きていくうえでどうしても没個性になりがちなこの現代社会において彼女のようなエッジの効いた女性の幻想を現実に求めながら二十余年を生きてきた。

 しかし幻想はどこまでいっても幻想のままだった。

 そんな生きづらい尖りなんてものを後生大事に抱え続けて生きていく物好きなんてのは現実にいるわけもなく、いたとしてもそういう奴らは大概の場合が腹に何かを抱えた奴らか脛に傷を負った人間、もしくは俺の様な世捨人気分に自己陶酔しているような似非ニヒリストモドキくらいなものだ。

 つまり純正なんてものはいやしない。

 結局の所そうやって俺は幻想は幻想のままだと心のどこかで諦めをつけていた。

 そんな中での不意打ちだ。

 堪えようがない。


 つまり何が言いたいかというとこの巫女さんは俺にとってとても好みな存在なのだ。

 見た目が美人さんなのも相まって相当にくるものがある。


 だが、このままずっと悶えている訳にもいかないのでとりあえず先程聞きたかった事を聞いてみることにする。


「えっと、ちょっと聞きたいんだけど」

「何ニヤけておるのじゃ」


 おっと、少し早かったか。

 失敬失敬。


「ごめんごめん。えっと、それでなんだけど一つ聞いていい?」

「はぁ……まぁよい。主の不敬にはこの際目を瞑ってやる。なんじゃ、申してみよ」

「ありがたき幸せ」

「主は我を愚弄しておるのか? おい、顔を逸らすな」


 よし、話を進めよう。

 このままでは埒があかない。


「あのーさっき君が言ってたことなんだけど」

「主よ、その君というのはやめよ。我の事は神様と畏怖の念を持ってそう呼ぶがよい。いつもそうやっておるじゃろう」

「……そうそうその事なんだけど。えっと、あなたって本当に神様なの?」


 そう聞くと彼女はこれでもかと言わんばかりの不快感を露わにして顔を歪める。それを見る限り、やはり本物の神様だったようだ。

 まぁその反応を見る以前に急に何もないところからパッと現れたところや彼女の周りだけが薄っすらとした青い光に包まれている事。そういった点からもこの女性が神様である事は予想はできていたことなのだが、それでもやはり本物の神様なのかどうかを直接確認してみない事にはこの人以上に人らしい反応を返してくれる女性の事を神様などと呼ぼうとは思えなかった。

 ましてやそんな彼女に彼女の言う畏怖の念など抱き様もない。

 まだ頭お花畑の残念美人さんの可能性も捨てきれないが、とにかく今は彼女の言葉を信じて残念な神様だという線で決め打つことに決めた。

 これで本当は頭お花畑の残念美人さんだったのならそれはそれで面白いのだが。


「主よ。まさかこの期に及んでまだ我の事を疑っておるのか」

「いや、この期に及んでも何もまだ出会って数分の次元でしょ」

「じゃが、我が主の前に現れた時の事を思えばそれが常人の所業でないことくらい誰でも察しがつきそうなものじゃがのう」

「うん。突然何もないところから急にこんな夜中に人が現れたら誰だってちびりそうになるよね」

「ちびっ、なんと?」

「いや、こっちの話」

「……はぁ、まぁよい。では、主に我が神だと認めさせるにはそれ相応の力を示さねばならぬという事かのう」

「まぁだいたい察しはついたけど見せてもらえるんなら素直に見てみたい気もしますね」

「……本当に肝が据わった小僧じゃ。神を前にその存在を疑うどころか、その威信を示させようとしてその戯言。真偽の程を目の当たりにした時が見ものじゃな」

「あ、何か壊すとか爆音とかそういう近所迷惑になりそうなことはNGで」

「……本当に、何故我がこんな阿呆に付き合ってやらねばならんのかのう」


 そう言うと彼女は徐にその豊満な胸の前で組んでいた腕を解いて片方の腕をこちらへ向けてきた。


「あ、俺に危害を加えるのもNGで」

「黙っておれ」

「あ、はい」


 彼女は再び何を思ったのかため息をついてもう一度こちらに向き直る。

 そして時を置かずして彼女が纏っていた光はその微かな光を強め、赤みがかった瞳が青く光る。

 それに思わず身構える。

 何か来る。

 そう思った時だった。


「主の名は東馬輝彦」

「え、読心術?」

「黙っておれ」

「あ、はい」


 まさかの読心術だった。

 もっと派手なのを期待していた分、肩透かしを食らったようで気分が萎える。


「……貴様が言ったのじゃろうが」

「あ、ごめん。聞こえちゃった?」

「……もうよい」


 そう言って彼女はこちらに向けていた手を降ろして視線を落とす。

 あれ、何かまずったか?


「主に付き合った我が阿呆みたいではないか……」

「ご、ごめんごめん! 悪気はなかったんだよ!」


 しかしそんな取り繕いが今更間に合うわけもなく、目の前の神様が急にそれまでの態度をガラッと変えてしおらしくなる。


 いかんいかん。

 これでは折角の神様とのご対面を不意にしてしまう。

 人を励ますなんてかれこれ5年……いや、下手をしたら10年はしてこなかったがそれでもやるしかないだろう。

 がらじゃないし、慣れないことはしない方がいいとは思うけど……

 よし、腹をくくれ、俺。


 そうして俺は覚悟を決めた。


「す、すごいよ神様、読心術なんて! へ、へぇーたまげたなー読心術! 読心術かー! 読心……術……」

「……」

「……」

「……」

「読心術か……」

「おい」


 しかし結果は安定の大失敗。

 まさかのものの数秒で自分が人を励ますことに挫けてしまうとは思ってもみなかった。

 やっぱり思ってもいないことを口にするのは難しい。慣れないことはするもんじゃないな。

 そう思っている俺を他所に彼女は大きなため息をついた。


「まぁよい。それで?」

「ん?」


 突然の切り返しに思わず出遅れる。

 そんな俺の反応に神様は皺を寄せた。


「ん? ではない。他に聞きたい事がなければさっさと主を異世界とやらに飛ばしたいのだが」

「ちょっと待って」


 急に予想だにしていないしていない事を言われて思わず声が出る。


 え?

 何?

 異世界?


「異世界って、え?」

「我もよくわからんが安心せい。その異世界とやらは主が想像する世界を元に作ってやる。多分悪いようにならんじゃろう」

「ちょちょちょ待ってよ! え!? 俺異世界に飛ばされんの!?」

「だから最初からそう言っておるじゃろうが」

「いつ!?」


 その言葉に神様が落胆の色を見せた。

 それにより俺は気付く。


 あ、多分この人が突然現れたタイミングかな。

 ごめん。

 全然聞いてませんでした。


 俺は自身の集中力の無さに嘆いた。


「……主よ、聞いておらんかったのか」

「ごめん。突然の事だったもんでつい……あ、今心読んでた?」

「そうそう人の心なんぞ読んでおらんわ、戯け」

「あ、そうでしたか……」

「何故そこで落ち込む……」

「……いや、なんとなく」


 俺の七面相に困惑する神様を他所に、不意に聞くことになってしまった神様事情に俺は小さなショックを受けていた。

 人によってはどうでもいいことかもしれないが、神様はいつも自分たちの事を神界から見ていてくれていると心のどこかで思っていた人間からしてみればこれには少しくるものがある。

 ましてや俺の場合だとお参りの際に願い事をするタイミングですら”神様はいつも見てくれているから願い事なんてしなくても手を合わせればきっと通じる”と思っていた痛い人であったことからもダメージがでかい。

 これでは今までお参りしてきた色々な神様方から何と思われてきたかを想像するだけでごはん一杯平らげられそうだ。

 二週間かけて。


 そんなナイーブな気持ちになりながらも目の前の神様から言われて気づいた事を処理しなければいけないと思うと気がめいる。

 だが、確かめなければいけない。

 それはどうしても聞き捨てならない事だったからだ。


「それより神様」

「なんじゃ。まだ何か聞きたいのか」

「はい。えーっと、神様って俺の願いを叶えようとしてくれてるんですよね?」

「そうじゃ。主の再三、いや、それ以上の呼びかけに答え、我直々に主の願いを叶えてやろうというのじゃ。ありがたく思え」


 その言葉に今度は俺が落胆してみせる。


「そっかー……俺異世界でヒーローになりたがってたのかー」

「む? なんじゃ? 不満か?」

「……いや、別に」


 予想はしていたが、やはりそれが当たってしまうとくるものがあった。

 それによって自然と視線が下に落ちる。


 不満ではない。

 寧ろ現世で刺激に飢えていた俺にとっては異世界なんて所に行けるのは願ったり叶ったりな事だった。

 ただ、そこに問題があるとすればそれは自分自身が散々心の奥底で馬鹿にしてきた事を今更になってまで俺自身が望んでいた事だった。


 そんな上手い話がある訳が無い。

 こんな幸せなんてある訳が無い。

 英雄願望なんて一凡人が抱くだけ惨めなだけだ。


 つまりは僻みだ。

 そんなものを俺は自称達観しました人として誇らしげに掲げ続けてきた。

 そしてそんな俺への診断結果がこれである。

 滑稽を通り越して殺意が湧いてくる。

 俺はその溢れ出さんばかりの不愉快さに吐き気を催して堪えた。


「アホくさ」

「貴様、今の言葉もう一度申してみよ」


 だが、催した鬱憤は吐き捨てるような言葉として口から洩れ出した。

 そんな思わず口から洩れてしまった言葉にそれまでは温和な態度を貫いてきた神様が等々怒りを露わにする。


「違いますよ神様。今のは俺自身に吐いたんです」


 そんな豹変した神様に対して俺は怖気づく事もせずに事実を述べた。

 いや、そんな怒りにすら気付けない程に俺は自身の醜さに打ちひしがれていた。


 そんな俺の自己嫌悪を察してか目の前の神はその静かに体中から漂わせていた怒気を収めていく。

 そしてまた一つ、大きなため息をついた。


「まったく、難儀よのう」


 そうして何を思ったのか、そんな言葉を漏らして目の前の神は再びその温和な表情を取り戻した。


「まぁよい。では、主にはこれから異世界とやらに飛んでもらうわけだが」

「あ、その前に」

「なんじゃまだあるのか……」


 怒りを収めた末に話の末尾を締めくくろうとする神様にまたも空気も読まずに俺は質問を投げかけた。それにより神様は大げさに肩を落として頭を抱えるような仕草をする。

 それは大げさでも何でもなく、本当に早く話を切り上げたがっているようだった。

 だが、俺の方もこのまま話を締め括られる訳にもいかない。

 先程までの俺ならばその困りながらも辛抱強く付き合ってくれる神様の優しさに何かしらの感傷を抱いていたのだろうが、今となってはそれもない。

 俺は目の前のどうだっていい人間にでも辛抱強く温情をかけ続けてくれている神様の器の大きさに胡坐をかいて聞き直す。


「いや、その願いの事なんですが」

「貴様、我の思慮に不満があるならはっきり申せ」

「……なら遠回しに」


 先程のやり取りからこの件に関して怒りを包み隠さなくなってきた神様の怒気に気圧される。

 そこから察するにこの神が絶対に俺の事を異世界とやらに飛ばそうとしている事が見てとれる。


 なんで?

 この世界から俺の事そんなに消したいの?


 そんな冗談を心の中で叩いてみる。

 しかし、やはりその程度じゃ俺の心は穏やかにはなってくれない。

 それもその筈、もしここで俺が退いてしまうような事があれば俺は晴れて異世界ファンタジーかはどうかは知らない世界で数あるラノベ世界の主人公よろしく世界を救う英雄様になってしまう。

 もしくは恋愛ラブコメストーリーの主役様か。

 どちらにしろそんな末路は死んでも御免だ。

 伊達にこれまで捻くれ続けた訳じゃない。

 俺は神の脅しに内心ビクつきながらも退かない心を決めて挑んだ。


「あのー、この世界から異物が取り除かれることは俺としても世界としても願ったりかなったりなことだとは思うんですけど、俺の願いっていうなら他にも色々あったと思うんですけど?」

「ほう? 例えば?」

「例えば……そうですね。俺、神様と会いたがってたじゃないですか」

「だから願いが叶ったと申すのであれば、貴様のその短慮には反吐が出るな」

「……まぁ、呼び出しといて会って満足って事だったらそうでしょうね」

「我はこの日の本八百万の一角、神であるぞ?その我が浅はかだったとはいえ民草の前に姿を晒しておいて、そしておめおめと愚鈍で無礼な小僧一人であったとしてもその願い一つも叶えずに帰ったとなれば格を疑われれる。貴様は我を呼び出したという事がどういう事なのかを今一度その緩慢なお頭を働かせて考え直すべきじゃな」

「……さいですか」


 つまり話しを纏めるとこの神は俺の願いを嫌でも叶えない事には神界に帰れないといったところか。


 んなもん知るかよ。

 てめぇの目の付けどころが悪いだけだろうが。


 俺は心の中で相当に自分勝手な悪態をついてみせた。


 だが、この神の言葉を借りればなんともまぁ難儀な事だ。

 神様がどうやって願いを叶える人間の選別してるのかは知らないが、それがくじ引きだったとしたらこの神はとんでもないハズレくじを引かされたことになる。

 なんたって、その願いを叶える事になった相手がこの俺だったのだから。大ハズレもいいところだ。


 まぁそんな神様のくじ運の無さにも同情したいところではあるが、それよりも今し方消え失せた現世に残る方法とはまた別の言い訳を考えないといけない。

 こんな事ならもっと普段からこうなった時の事を考えて神社参りをするべきだった。


 無理か。


「まぁ神様に会いたかったってのは本当なんですけどね? だけど、それって多分本当の願いはまた別のところにあったと思うんですよ」

「ほう……む? どうした。続きを申してみよ」


 俺が適当にこじつける言葉に目の前の神が予想以上に食いついてくる。それによって一瞬どもる。

 しかしそんな俺の心情を知ってか知らずか目の前の神様は面白そうに眉を吊り上げながら耳を傾けてくる。


 そこから察するにどうやらこの返答次第ではこの神様も納得して帰る事ができるのではないだろうか。もしそうであるならばこれは願っても無いチャンスだ。

 しかし、それは裏を返せばピンチでもある。

 もしここで俺がこの返答を踏み外してしまうような事があれば、俺はきっとこの神にこれ以上真面目に取り合ってもらえなくなるだろう。

 そうなれば一貫の終わり。

 明日から晴れて平和で治安のいい日本を離れて川端さんもびっくりな魔族うじゃうじゃランドへご招待だ。トンネルを抜けるとそこはとか笑えねえよ。


 話はそれたが、とにかく俺はこのチャンスを意地でもものにしなければいけない。

 でなければ俺は自身の帰りを今でも健気に待ち続けてくれている愛おしい自宅のおふとぅんちゃんに今生の別れも告げられぬままにこの世を去らなければいけない事になる。

 しかしかと言って無い頭をひねってもいい思いをしてこなかった経験を生かして先程思いついた事を話してみることにする。

 俺は神風特攻隊も真っ青な程の紙装甲で魔王サタンへと戦いを挑んだ。


「神様が俺の彼女になってくださいよ」

「論外」


 はいめでたく撃沈。

 ボン〇ラス星永住コース確定とともに意中の女の人に振られるというダブルスコアを叩きだした俺はこれから来るであろう異世界ファンタジー世界での自身の身の振り方について真剣に考える事にした。


「はぁ……主に期待した我が阿呆であったわ」

「そんな事言うなら答え教えてくださいよー神様のいけずー」

「黙れ凡夫。そもそもなんじゃ。我が貴様と恋仲じゃと? 笑わせるな」

「そこに慈悲はないんですか?」

「神にも好みというのがあってじゃな」

「あ、それ以上はいいです。僕、強く生きますんで」

「そうか。まぁ思ってもいない事で我を欺こうとした罰じゃな。存分に悔いるがよい」


 そう言って満足そうに微笑む彼女は多分俺の言葉にまんざらでもないと思ってくれていたわけじゃなく、ただ単純にこれで話を切り上げれると思ったから微笑んでいるのだろう。

 現に目の前の神様はこれで一仕事終えたと言わんばかりに自身の肩を労い始めている。

 その光景に安堵している自分もまた、多分こうなることが心のどこかでわかっていたのだろう。

 お互いにつきものが落ちたような表情で一呼吸を入れる。


「まぁ、俺としては本気で神様みたいな美人さんが彼女だったら幸せだろうなとは思ったんですけどね」

「それこそ、その想いとはまた別のところに主の願望があったんじゃろうて」

「はい?」


 だが、そんな気楽になった気分で軽口を叩いたつもりが思わぬ返答をよんだ。それに俺は反射で聞き返す。

 しかしそれを無視するかのように神様は俺に背を向けて呟いた。


「それに気づいてくれれば楽なんじゃがな」

「……それってどういう」

「まぁあれじゃ。仮に主のその願いを叶えたとして、それでは主が満足せんという事じゃ」


 後ろを向いたままの神様はその両腕を上へと掲げて背伸びをしている。

 そんな神様の後姿を見ながら俺は唖然とした。

 意味が分からなかったからだ。

 確かに俺は先程言い訳として神様に彼女になってくれと言ったが、それは何も全く勝算が無かったわけではない。勝算といっても、それは別に俺が自身の容姿と性格とステータスに自信があったからというわけではない。それが今まで何度も神社に行っては願ってきた事だったからだ。

 不謹慎ではあるが、俺は色々な神様に求愛行動をしてきたことになる。恥ずかしくて誰にも言えない事だが。

 しかし、どの神様でもいいのかといった道徳観を抜きにして考えれば、それは間違いなく俺の願望の一つだった筈だ。

 それをこの人の内心を覗き見できる神様に本当の願望ではないと言い切られる。

 それによって俺は堪らなくその自身の願いの在りどころが気になってしまった。


「あのっ__」

「それを聞くのは野暮というもんじゃ」


 だが、それを聞こうとした矢先後ろを向いたままの神様によって止められる。


「我もそれが言えたらこんな面倒な事、さっさと済ませて終わらせたいわ」

「……心、読んだのか?」

「読むまでもないわ。我はその主も気づかぬ願望を叶えさせるためにここにおるのじゃ」

「え、でもそれって異世界で英雄になりたいっていう俺の願望は__」

「ここで終いじゃ」


 そこで有無を言わさず話を切られる。

 そして神は背中ごしに勝手に話を進める。


「主を異世界に飛ばす、これは決定事項じゃ。これ以上の言及は無用、いや、我が許さぬ」


 その言葉には絶対の意志が宿っていた。


「そして主はその異世界で自身の願いを叶えよ」


 そうして神は他人事のようにそんな事を述べてくる。

 それによって俺は何とも言えないモヤモヤを自身の中に抱え込む事になる。


「……俺も知らない願いの為に何をしろっていうんだよ」

「そこまでは面倒見きれん。勝手にすればいい」


 どこまでも勝手な言い分。

 ならば、俺は俺の好きなようにやらせてもらおう。


「……わかったよ。勝手にすればいいんだろ」

「そうじゃ」

「じゃあ何したって文句言うなよ?」

「ものによるな」

「……ホント、勝手だな」


 傍若無人な目先の神様。

 そんな事はわかっているのに、俺は何故だか言葉を吐いた。

 そんな俺に神は振り向き__




「知らなんだか? 神はいつだって勝手なのじゃぞ?そしてそれが世の全てじゃ」


 悪戯っぽく笑って”くれた”。

 それを突然見せられた俺はと言えば__




「……あっそ」


 そんな照れ隠しの一言しか呟けなかった。




 些細なやり取り。

 些細な仕草。


 だが何故だかそんな小さな事に俺は救われたような気がした。


 ホントに何故だか、そんな気がした。




「まぁ手持無沙汰でもなんじゃ。主が異世界に行くにあたって何か好きなものを与えてやろう」


 唐突に神様がそんな事を言い出した。

 何ともまぁありきたりなスタートなことか。

 俺は軽くなった肩を解して口を開いた。


「またべたべたな」

「まぁそう言うな。主が異世界でそのまま勝手に野垂れ死にしてくれてもそれはそれで構わぬが、せっかくなら願望成就で終えてくれた方が他への示しもつきやすい」

「何か薄々思ってたけど、最初に比べて神様俺に対して辛辣じゃない?」

「人は他人の事を映し鏡に例えるそうじゃな」

「あ、俺のせいか」

「不満か?」

「……嫌いじゃない」

「何故そうなる……」


 目の前の神様は再び大げさに肩を落として頭を抱える仕草をする。

 その様子を俺は和やかな気持ちで見守っていた。






「では改めて主に問う」


 目の前の神が声を上げる。


「主をこれから異世界に飛ばす」


 彼女の言葉に迷いは無い。


「そして主には一つだけ望みのものをくれてやろう」


 そうして彼女は手を伸ばす。


「主が欲するモノを申せ」


 俺は迷わずこう答えた。






「金槌を下さい」











~Next~

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