1-9
……朝か。光が眩しくて、窓のほうを見やる、と、おじょうさまの寝顔が目に入って、心臓止まるかと思った。
手、つないで寝ちゃった……。
あぁー、幸せってこういうことかぁ……あああ、何この感じ!
ゴロゴロ、ジタバタ。
ゴロゴロ……ハッ。
「おはよう、マリ」
「あ……おはようございます、おじょうさま……」
み、見られた、恥ずかしい。……それにしても。
朝の光を浴びて微笑むおじょうさまは本当に天使のようだ。
天からお迎えが来たのかな……なんて考えて、急に頭の中がスッとした。
そうだ、私は帰るのだ、私のいた世界に。
そして。いよいよ、その時。
木の下で、二人向かい合うと、初めて会った時の事が思い出された。
ので、今回は私からおじょうさまに抱き着いた。
おでこをくっつけて、目を閉じる。おじょうさまの匂い。忘れないぞ。
持ってきておいた踏み台に乗り、木の枝によいしょ、と登る。
最後にもう一度、振り返る、と同時に、おじょうさまが、
「わたし、魔法の事、たくさん勉強して、ぜったい、マリを、また呼ぶからね!」
と大きな声で言った。
思わず涙が出そうになって、精一杯こらえて笑顔をつくってみせた。
そのまま、後ろに飛び上がるイメージをして。
ヒュン。
暗転。
……ここはベッドの上だ。私の。元いた世界の。
何もかも、夢だったのか?
体を起こすと、着ているドレスの袖が目に入り、向こうの世界で短くしたのが現実であると思わせてくれた。
じんわりと目頭が熱くなってきたのを、ギュッと目をつぶり、やり過ごす。
泣いてなんかいられない。
二階から降り、リビングに入ると両親がいた。随分と久しぶりに会った気がする。何だか懐かしいなぁ。
キッチンで冷蔵庫の中を覗いていたママが、私の格好を見て声をかけてきた。
「あら可愛いわね~、とっても似合ってるわよ! まるで売り物みたいね、よくできてる!」
ムズムズするけど、素直に嬉しいと思えた。認めてもらえてるんだ。
パパは新聞を読んでいるフリをしてチラチラとこちらを見ている。のがバレバレである。イラッとしたので無視する。
新聞の日付は、あの日のままだ。こっちの時間はそれほど進んでいないのか。
食卓に座り、切り出す。
「服飾関係の学校に行きたいの」
「大学には行かないの?」
「調べてあるのか」
「それはこれからだけど……」
「やりたい事があるなら、トコトンやりなさい。ママたちは応援するわよ、ねえパパ?」
「よく調べるんだぞ。後悔しないようにな」
だからそのチラチラ見るのうざったいなぁー!
……ありがとう、パパ、ママ。
ピンポーン。
「あら、お客さん」
「私が出るよ……あっ、絵美利! いま開けるね」
インターホンのモニターを見て、玄関に向かう。
「久しぶりー!」
「……? 先週も鞠んち来たばかりじゃん」
「……えぇっと、だって、ホラ、いま夏休みだしぃ……」
「それより、今日は鞠に見せたいものあるんだー……ていうか何そのカッコ? めっちゃカワイーじゃん!」
「えへへ……そう? とりあえず上がって上がって」
部屋に着くなり、絵美利はバサバサッと持ってきたものを広げた。
「何これ? 同人誌? 何かイベントあったの?」
「ちっがぁーう! パンフ、学校の!」
「学校の……って?」
よく見てみると、確かに「学校案内」の文字。しかもたくさんある。
「服飾関係の、大学とか、専門とか。いろいろ集めたから、一緒に見ようと思って」
「えっ…………! 絵美利ってエスパーか何か?」
「はぁ? 何で?」
「だってタイミング良すぎ……ていうか服飾関係志望って何で知ってるの」
「……そうだと思ってたんだけど……違った?」
「違わないけど……」
そっか。自分より、周りのほうが私の事分かってたんだな。ヘンなの。おかしくなって、笑いが込み上げてきた。
「何笑ってんの? ねぇ、ここなんかイイと思うんだよね」
「へぇ、どれどれ?」
受け取ったパンフレットをパラパラとめくると、ふと見覚えのある景色があった気がして、手を止める。
あれ、この木。まるであの庭みたい……
どすんっ!
逆さまの視界。
……いやいや、早くない? いくら何でも。もうちょっとこう、何かさ……思いを馳せる時間あっても良かったんじゃないかな?
急展開についていけない……ぼーっと目線を彷徨わせる、と。
白い立て看板が目に入った。
相変わらず字は読めないけれど、何て書いてあるのか今の私には分かる。
視界が涙でにじんでいく。
そこへ、とびきり甘くて優しい声。
「おかえり、マリ」
かがみこんだおじょうさまが眩しい。瞳がキラキラしている。
そして看板を見て私がウルウルしているのに気づいたのか、愛しい人はいたずらっぽく笑って言った。
「わたしのお庭へようこそ、あなたを歓迎します!」
第一章、完結です。
後日、エピローグを投稿します。