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お庭の木から元の世界へ帰れると判明してから、私たち三人の間には微妙な空気が漂っていた。
おじょうさまはすっかり体の調子は良くなったようだが、どこか浮かない顔をしているように見える。
その日の夕食は、いつもより豪華な気がした。
後片付けを終え、ゴエモンが切り出した。
「家に帰らせてもらう」
えっ、離婚の危機……!? なんて冗談を言える雰囲気ではなかった……。
「そう……寂しくなるわね」
「ゴーちん……」
私もおじょうさまも何となく予想していた事だった。
「弟たちや妹が気がかりなんだ。ここでの生活、それなりに楽しかったぜ」
その夜、ゴエモンは帰っていった。
「コレ……餞別の品です」
別れ際、私はゴエモン用に作ったネズミエプロンをしずしずと差し出した。
ゴエモンは片眉をピクッと上げたが、受け取ってくれた。
大丈夫、フリルは付けてないから……。付いてても似合うと思うけど。
彼は木の枝の上から、「じゃあな」と私とおじょうさまの頭をポンポンと撫でて、あっさりいなくなってしまった。
あまりに呆気ないお別れだ、とぼんやり隣のおじょうさまを見やる。
その目が潤んでいるように見えて、しばらく二人でその場に留まっていた。
もしかしたら、またすぐに会えるかも、と思ったけど、ゴエモンを呼び出す事はできなかった。
「わたしは魔法は使えるんだけど、どうやってるのか、自分でもよく分からないの」
おじょうさまは申し訳なさそうにそう言った。
眠る前に、自室のベッドの中で、私はゴエモンとの会話を思い返していた。
彼が帰る前、おじょうさまのいない時に交わした言葉だ。
「お前が元の世界に帰りたいって考えにならないのは、お嬢の魔法の影響だと思うぞ」
「何でゴーちんはいつもそんなに冷静なの……大人の余裕ってやつ?」
「俺はまあ……耐性があるから?」
ゴエモンの世界にも魔法があるのか……。あっ、もしかしてその姿! そうかなるほど。いや、そこは掘り下げないぞ。長くなりそうだし。
「それに、妹が面倒くさくて、しばらく離れられてホッとしたくらいだったしな」
「でもやっぱり会いたくなっちゃったんだ? ふーん、へえー、そーなんだー」
ガブリ。痛い。
何だよー、だって「面倒くさい」って感じじゃないよ、妹さんの話する時。そりゃニヤニヤしちゃうよ。
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そんな日々を繰り返すうち、私は両親や絵美利、学校の事……元いた世界の事を考える時間が次第に長くなり、ここに来て初めてホームシックというやつにかかった。
魔法がとけてきたのだろうか。
でも、帰りたくない。おじょうさまと離れたくない。でも……。でも。
そしてある夜、私は決心し、おじょうさまのお部屋にやって来た。
彼女はベッドに座って大きな窓の外をぼんやり眺めていた。
言わなくては。早まる鼓動を感じながら、深呼吸し、手と足にグッと力を入れた。
「おじょうさま、お別れを言いに来ました」