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慌てて木の裏側に回ってみると、小さな男の子があの時の私みたいに逆さまになって転がっていた。
……天使のような美少年だ!
細く柔らかそうな黒髪がサラサラと風に揺れている。滑らかな肌。鼻筋はスッと通って、上品な形の唇。長い睫毛が震え、ゆっくりとまぶたが持ち上げられて……
「いってぇーっ……」
意外に深く落ち着いた声。くりくりとしたアンバーの瞳は……凶悪な目つきで台無しだよ、ボク……。
眉は吊り上がり、眉間に皺が寄ってしまっている。
「キミ、だいじょうぶ?」
眉間を人差し指でちょんちょんと突きながら言うと、
「あ?」
あっ、やめてやめて、指が埋まっちゃう! ってくらい更にその溝を深くした。
おじょうさまも私の後ろからお顔をのぞかせて声をかける。
「あなたのお名前は?」
「……ゴエモン」
えっ、お侍さんかな? そういえば甚平みたいなの着てるし、足元は……何それ草鞋?
「……ここどこだ?」
……ほっ、「ここはどこでござる! 拙者は何ゆえこのような場所に?」とか言わないんだ、良かったー。
もしかして私と同じ現代日本から来たのかな……?
「ボク、いくつ?」
「は? 三十五だけど」
「おいおい、さすがにそれは無理があるだろぉ、少年」
頭を軽く小突く。
「あにすんだよ!」
きゃーやめてやめて、噛まないでぇ。
……現代日本からなわけがなかった。どこの異空間から来たの!? どう見ても天使のショタ……の中身おっさ……お兄さんなの!? これが父ちゃん坊やってやつ? たぶん違うよね。
後々聞いたところによると、私たちと比べて五分の一くらいのスピードで成長するらしい。
何やら訳アリっぽいが、あんまり深くは首突っ込まないようにしよう。だってここは異世界だから。
「こんにちは、ゴエモン。ここはわたしのお庭よ。さっそくだけど、あなたはお料理できる?」
「料理? できるけど……?」
まあ、そうなんじゃないかなって思ってはいたけど、ゴエモンは料理が上手い。
まるで本当に私たちにご飯を作ってくれる為にやって来たような人材だった。
「いつも弟たちにメシ作ったりしてるからな」
元の世界では家族で小料理屋を営んでいるとの事で、手際も良く、あっという間に料理が並ぶ。
せっかくなので歓迎会も兼ねてお庭でパーティーだ。
「こんなおいしいお料理が食べられるなんて、ねえマリ?」
「いやーホントですね!」
久しぶりの温かい食事だ。和食のような味付けも素晴らしい。勝手が分からない異世界に来て間もないのに、よくこれだけの腕を振るえるなぁ。
美味しい美味しいと夢中で食べる私たちをゴエモンは腕組みして満足そうに見ている。
「この世界の食材はこれから研究しなきゃだな」
凄い。もうこのお家のコックとしての責任感が備わっている。私も負けてられないな!
お腹いっぱいゴエモンの料理を平らげて、後片付けをしていると、おじょうさまが何やら白い看板を持って歩いている。
何だか小人さんのようで大層メルヘンチックな光景だ。
「わぁ可愛い! おじょうさま可愛い!」
「うるさいぞ」
木の傍に看板を立てるおじょうさま。
「これからやって来るお客さまのためにね」
「おじょうさまぁー!」
「うるさいぞ」
この世界の文字で書かれているので、看板の文章は読めない。
「何て書いてあるんです?」
「私のお庭へようこそ、あなたを歓迎します、って」
へへっとおじょうさまが楽しそうに微笑んだので、
「……っ、おじょうさまあぁーっ」
盛大に身悶える私をゴエモンは無視した。