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おじょうさまのお庭は、イングリッシュガーデンのような雰囲気だ。たぶん。
庭の周りを囲む茂みの中に、様々な色のバラのような花が咲いている。
芝生の広場には私が落ちてきた大きな木が一本と、その下に白くて丸いレース編みのような模様の可愛らしいガーデンテーブル、とお揃いのチェアが二脚。
おじょうさまはいつもそこにいるか、部屋で眠っていることが多い。
お家は、赤い屋根が可愛らしく、私が子供の頃に欲しかったお人形用のお家みたいだ。
そんなに広くはない、と思う。いや、もちろん私の家と比べたらとっても立派なお屋敷だけどね?
そこに、おじょうさまが一人で暮らしている。
ここは別荘みたいなものなのかもしれない。いいなぁ、お金持ちっぽいな、それ……。
私が落ちてくる少し前までは、ばあやさんと二人暮らしだったそうだ。
体を悪くしたので故郷に帰ったのだと言う。
おじょうさまは庭の手入れとかしてないみたいだから、きっとばあやさんがやっていたんだろうな。
異世界、と言っても、海外旅行かホームステイ気分だ。
ほとんど元の世界と同じだし、たまにちょっと不思議な光景に驚かされるくらい。
何故か言葉も通じるし。文字は読めないんだけど。
いちばん異世界感があるのは空の色だ。
カラフルで、時間が経つにつれ色合いが変化する。
今はパステルイエローとセルリアンブルーがグラデーションのように混ざり合った感じ。向こうにはピンクやオレンジも見える。とってもメルヘン。
朝とか夜もあるし、太陽なんだか月なんだか分からないけど、空から光も差している。どうなってるんだろ……?
さて、そんな異世界で私がどういう風に日々を過ごしているのかと言うと。
お家の中を掃除ついでに気ままにうろついて、買い物に行ったり、お庭の草むしりとかしてみたり、服を作ったり。おじょうさまのお世話は言わずもがな。
必要なら、とお金も渡されているので、何不自由なく過ごさせてもらっている。
お金持ちって凄い……。こんないきなり木から降ってきた怪しい人間を受け入れたうえ、放し飼いにするなんて。いや、考えるのはやめよう。ここは異世界、ファンタジーだ。
お仕事とかしていないみたいだけど、このお金はどこから……? ……ファンタジー、ファンタジー。
ちなみに何故メイドの真似事を進んでやっているのかと言えば、惚れた弱みと言うしかない。照れる。
何より、こういうシチュエーション、漫画とかで良く見るやつーっ! とオタクの血が騒ぐのだ。
さながらロールプレイングゲームの主人公。おままごと感覚だ。
おじょうさまは基本的に自分では何もなさらない方なので(そこがまた可愛いのだけども)、「おじょうさま」なのである。
初めての買い物はおじょうさまも案内役として一緒に付いて来てくれた。内心、デートだ! とはしゃいでしまった。
彼女はあまり外に出たがらないので、その一回きりだったけど。残念。
お家を出てから割とすぐのところに石畳の広場があり、そこでマルシェが催されている。
テントのような屋根がひしめき合い、色とりどりの食材だけでなく、衣料品や雑貨なんかも並んでいる。
買い物はここで全部済ませられるので、私はおじょうさまのお家とこの広場にしか来た事はない。
外には変わった生き物がいる。足元で魚みたいなのがヒレで泳ぐように浮遊している。
マルシェの店員も、動物のような見た目の人もいれば、私たちと同じような人間もいる。
しかしどういうわけか、おじょうさま以外とは言葉が通じない。愛の力かな? 照れる。
なので、いつも私はジェスチャーで買い物をする。今ならパントマイムとか上手くできそう。
異世界で得たスキル:「パントマイム」……うーん? うーん。今のナシで。何でもないです。
のほほんと現代日本で両親に甘やかされて育ってきた私は、料理が全くできない。
私に課せられたミッションは、パンのようなものや、果物らしきものを買って帰るのみだ。
ある日、杏のような果実を見かけたので、アプリコットおじょうさまを思い浮かべ、つい購入してしまった。
「そうだ! コレでジャムでも作ってみようかしら。 ジャムくらいなら私でも……やろうと思えば……できるはず……」
ジャムの作り方……と、私は必死に母親が鍋に向かっているところを思い浮かべる。
やはり母は偉大なのだ。今更ながら痛感する。ママ、いつも美味しいご飯作ってくれてありがとう。
帰って、さっそく勝手に台所を使わせてもらう。
鍋にざっくりカットした杏(のようなもの)、その半分くらいの量の砂糖(であろうもの)を入れ、グルグルかき混ぜながら煮詰める。実際にジャムを作ったことはなかったけど、果たしてそれらしいものが出来上がった。
味はキンカンに似ていた。どういうことなの。
名付けて、杏のようなものだけど味はキンカンジャム。長い。
紅茶の付け合わせに出してみたところ、大層喜んでいただけたので、今ではそれがおじょうさまのお決まりになった。
ジャムを舐めながらお茶を飲むってやつ、前にテレビで見てからやってみたかったんだ。
またある日、私の着ている服は自分で作ったのだという事をおじょうさまに話すと、
「わたしにも作って!」
とお願いされてしまった。
……しっかし。私って何にも知らないんだな……、と思い知らされる事となった。
型紙をネットでダウンロードする事もできないし、困ったときの瞬間接着剤もないし。
ミシンは、脚踏みのがあった。ばあやさんが使っていたものかな?
前におばあちゃん家でちょっとだけ触らせてもらった事があったので、何とかそれを使うことができた。
おじょうさまのリクエストが「動きやすいシンプルな服」で助かった。
試行錯誤の末に完成させた、ネイビーのAラインワンピース。
白い丸襟に髪の毛と同じオレンジ色の細いリボンタイ。足元はくるぶし丈の白いフリフリ靴下に、マルシェでたまたま見かけて買ったネイビーのエナメル靴。
肩より少し長い巻き毛は、私の趣味で三つ編みおさげにさせていただいている。
「どう? マリ、あなたの作ってくれた服、似合う?」
「あぁーっ、とーっても似合っていて可愛らしいですよぉ、おじょうさまー!」
スカートの裾をつまんで微笑む天使。
あまりの萌えに鼻の奥がツンとして目が潤んだくらいだ。
ついでに私の着ているドレスは袖や裾を動きやすいように少し短くリメイクし、長い髪も邪魔なのでドレスとお揃いの色の大きなフリフリリボンを作ってまとめている。こういう髪型もしてみたかったんだ。
けっこう少女趣味なんだな、私。自分のことながら、初めて知った。
元いた世界の事を考える。不思議と寂しくはなかった。
進路とか何にも決めていなかったなぁ…。
何となく、ただ何となく、大学に進学しようかな、その間に将来を考えれば良いかな、なんて……。
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そうそう、つい思い出に浸ってしまったけど、現在の私とおじょうさまにはのっぴきならない問題がある。
話はこの物語の冒頭に戻る。
そう、「呑気な事を言っている場合ではない」問題とは。食事である。
そろそろパンとジャムと果実だけ、というわけにもいかなくなってきた。
調理されたもの、が、食べたい! のである。
しかし、二人とも料理はできない、のである。
おじょうさまはあの大きな木に向かって声をかけた。
「だれかー、お料理の上手なひとー、現れないかしらー?」
「もうっ、そんな都合の良いことあるわけ……」
……どさどさっ。
「ぎゃん!」
木の裏側から何かが落ちる音と、人の声。
えぇっ。そんなばかな。タイミング良すぎるでしょ? さすが私のおじょうさま!
でもここは異世界。何が起きても不思議ではないのだ。
と思えちゃうくらいには、私はこの世界に馴染んでいた。