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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 周囲に同化した館
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5

「いっ、一億!!」


 頓狂な声を出したのは湯木だった。その興奮を表すかのように、声が裏返っている。しかし彼女以外も一億と聞いて、途端に目の色が変わった。

 場が色めき立つ。目を見張りながら、お互いの顔を見合わせた。その中で、雉音だけが相変わらず不機嫌そうにしている。

 それはともかく、俺も驚愕した。危うく手から荷物を滑り落としてしまいそうになるのを必死に堪えて、隣の英介に、白黒している目を向ける。

 それはそうだ。

 実家が裕福な英介ならいざ知らず、貧乏で日々の食費も削ってばかりの俺は、一億などという大金、見たことすらない。どのくらいの札束の量なのかも推定がつかない。現実味がないほどの高額。それを手に入れるチャンスに、図らずも恵まれたのだから。

 それにしても、こんな余興のゲームに一億も出すなんて、一体どれだけ太っ腹なのか。天下の黒峰鏡一ともなると、それだけ金を持て余しているということか。


「これで俄然やる気が出るでしょう。まあ、明日を楽しみにしていてください。それじゃあ自頭くん、皆さんをお部屋に案内して差し上げて」


 自頭に後を任せると、黒峰は再びソファに腰を下ろした。


「ではこれから、皆様を客室にご案内させていただきます。パーティーは午後五時からの予定ですので、それまではご自由におくつろぎください。それから翌日以降につきましては、朝食が午前八時にラウンジにて、昼食は正午、夕食は午後七時から、こちらの食堂にて予定しております」


 自頭はラウンジ右側の扉のうち、玄関寄りの方を指し示した。これが食堂の扉ということだろう。

 それから双子の姉妹たちと目配せする。鍵の幾つかを彼女たちに手渡していた。


「女性の皆さんは、結様、晶様について行ってください」


 女性陣は黒峰の娘たちに従い、エレベーターへと連れて行かれているようだった。それを見送って、自頭は残された男性陣を、ラウンジ右側から伸びている廊下の奥へと通した。

 一見したところ、てっきり廊下は一直線に伸びているものだと思っていた俺は、またしても驚く羽目になった。


「あれっ、この廊下、真っすぐ続いているわけじゃなかったのかあ」


 気付いた轟も、吃驚の声を上げた。

 実際には廊下は客室の前で左に折れていたのである。

 これもまた、鏡のなせる業だった。

 折れ曲がった廊下の角に、アンティーク調の枠に嵌った大鏡が取り付けられていたのだ。曲がった先の光景が鏡に映り込み、恰も廊下が直線であるかのように見せるために、斜めに置かれている。


「この鏡は、旦那様のちょっとした遊び心でございます」


 自頭が、大鏡を繁々と眺めている轟や夜熊に言った。

 鏡はかなり古いもののようで、木枠の塗装はところどころ剥げてしまっているし、欠けてしまっているところもある。鏡面自体も若干黒くくすみ、擦ったような傷もついていた。


「こんな仕掛けが他にも色々あるんですか?」


 英介の問いには、自頭は首を振って、


「いいえ、建物の構造上、このような仕掛けはここだけにございます。ただ、地下の方には旦那様がお集めになられた、鏡のコレクションが飾られている部屋もございます」


 ほう、と今度はそのコレクションの方に興味をそそられている様子の夜熊や挟丘。

 しかし雉音にとっては、そんな鏡のことなどどうでもよさそうで、早く部屋に連れて行けと横柄な態度で催促した。

 俺たちはその角を曲がり、自頭の案内によって、それぞれの客室に通された。鍵もその時に手渡された。

 鍵自体はいたって普通。部屋番号を記したタグが付いているのだが、両面鏡仕立てになっており、そこに数字が彫り込まれている。細かいところまで、どこまでも鏡尽くしな館だ。

 俺の部屋は106号室。英介の部屋はその右隣の107号室だ。ドアにプレートが直接貼り付けられてあるから、間違える心配はないだろう。

 少し館内を探索したかったが、各々部屋の中に入っていくので、一旦はそれに倣って俺も部屋に引き上げることにした。

 室内は、木材そのものを基調とした落ち着いた色合いの家具と純白の壁紙が調和して、さながら高級ホテルの一室のような雰囲気だ。


「部屋は意外と普通だな」


 思わず安堵の息が漏れる。

 外観が鏡張りな上に、館のそこかしこに鏡の意匠が凝らされているものだから、もしや部屋の中が全面鏡張りにでもなってやいないかと危惧していたが、それは幸いにも杞憂に終わった。思えば、ラウンジも廊下も意外とデザイン自体は普通だったのだから、流石に考えすぎだった。

 胸を撫で下ろしながら、入ってすぐ右側に並んだ三つのドアを確認する。

 手前二つはトイレ・バスの扉だ。ちゃんと別々になっている。最奥の扉を開けると、クローゼットも設えられていた。

 さらに奥へと進むと、すぐそこがベッドルームになっている。シングルベッドだが、二、三人は並んで寝そべることができそうな、大きなベッド。その脇には、小さなシェードランプが乗ったベッドサイドテーブル。

 書き物用の椅子や丸テーブルも別にあり、隅の棚の上には、果たしてこんな所にまで電波が来るのか知らないがテレビも置かれている。生活するのに必要なものは一通り揃っているようだった。

 壁には一枚の鏡と丸時計が掛けられ、それが午後四時十五分を告げていた。

 窓は天井付近にまで伸びた大きなものが一枚。はめ殺しになっていて、開けることはできない。

 その窓の傍にはスイッチがあった。何かと思って押してみると、突然機械音とともに窓の上方から、スクリーンのように厚手の幕が下りてきた。


「おお、凄い」


 成程、自動でカーテンを開閉するスイッチなのだ。たったそれだけの機能だが、こんな装置とは無縁な都内の安アパートに住んでいる俺には、物珍しく映った。

 まだ陽も出ているので、とりあえずカーテンは開けた状態に戻しておく。

 荷物をその辺に置くと、長旅の疲れがどっと出てきて、身体に誰かがのしかかっているような重さを感じた。怠さに何もやる気が出てこず、ふかふかのベッドに吸い込まれる。

 柔らかい布団の魔力には、とても抗うことができない。

 倒れこむなり、視界がぼやっと霞み始めて、深い微睡みの中に誘われていった。

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