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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第十一章 そして朝が訪れた
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3

「湯木波夏さん。貴女にしか、この犯行は無理なんですよ」


 俺は持っていた懐中電灯を彼女に向けて照らした。

 普段の彼女とは打って変わって、暗闇に潜む影のように、全身真っ黒の服を着込んでいる。艶やかな長髪も黒のパーカーの中に隠していた。けばけばしい化粧もしていない。西之葉のような薄めの化粧である。が、それでも彼女の一種妖艶とした美しさは衰えを知らない。

 しかし今、その顔は俺を視線で殺そうとでもするかのように、自分の邪魔をした怒りを湛えていた。


「ゆっ、湯木さんが……犯人」


「し、しかも、黒峰さんのゴーストライター!?」


 声高に仰天する面々。

 それはそうだ。ピアニストだと公言していた彼女に、作家業のイメージなど微塵も感じることが出来なかったのだから。

 初対面の時は、彼女の美貌に鼻の下を伸ばしていた轟も、今やまるで化け物でも見るかのような目線を送っている。


「貴女は図書室での幽霊騒ぎに乗じて、夜に外に出歩くのはやめたほうがいいと主張した。とても怯えているようにも見えました。でもよく考えれば妙ですよね。そんな風に言っていた貴女が、わざわざその図書室に本を読みに行くなんて。しかも本を“取りに行った”わけではなく、そこで“読んでいた”と言いましたよね。その時、ちょっと不自然だなとは思ったんですが……。あれは自分が晶さんを殺している時に、他の誰かが図書室に来てしまうことを牽制するためだったんですね。しかし、まさかこんなトリックが使われているとは、思いませんでしたよ」


 俺は唸るようにそう言って、さらに続けた。


「大胆不敵なトリックでしたが、策士策に溺れると言ったところでしょうか。自分が犯行不可能だったことを示すには、確かに三階から降りてきたことを見せつけなければならない。しかし、それは同時に、トリックがばれた時、自分以外に犯行ができた人物がいないことを証明することになってしまいましたね」


 湯木を見下ろし、彼女に語り掛けるようにそう言った。しかし、彼女は何も口にしようとはしない。何も耳にしたくも、目にしたくもないと、顔を伏せてしまっている。

 俺は再び周りを見回して、説明を続行した。


「貴女からこのトリックを聞かされた黒峰さんは、この穴に気付いた。それで、ダイイングメッセージとして、間接的に貴女が犯人であることを示そうとしたんです。

 抽斗のダイイングメッセージが示していたのは、このトリックの事だったんです」


「どういうことだ?」


 怪訝そうに眉を顰める英介。

 俺は彼に向き直った。


「底の浅い二つの抽斗が、底の深い抽斗一つが入っていたところに突っ込まれていた……。これはそのまま階層を表していたんだよ。浅い抽斗二つ――すなわち館の二階分が、実は深い抽斗一つ――、一階分に収まっている。という意味のね。

 つまり、外から見たときの二階部分は、実は中から見れば二階と三階の二フロア分に相当していたというわけです」


 全員の顔を見回しながら、俺はそうまとめた。

 感嘆の息を漏らして唸る挟丘。目を丸めて絶句する轟。片郷は首を振って、そんな馬鹿なという風で、普段完全に無表情な西之葉でさえも、僅かに目を見張って反応していた。


「……で、でも、最初にここに来たとき、確かに窓は三階分ありましたし、建物の高さも大体そのくらいでしたよ? そのトリックが使われていたんだとしたら、窓は二階分しか見えないのに、高さは三階分くらいという、不自然な形になってしまうんじゃ……」


 その中で、新時だけが一人、未だに納得がいっていなかった。彼のその疑問を耳にするや否や、まるで鬼の首を取ったように、挟丘や轟も反論を始める。


「確かにその通りだ。いくら外壁が鏡になっていて、概形がはっきりしないとは言っても、窓の数ははっきりとわかったよ。ちゃんと三階分あったのを、私も覚えている」


「そうだよ、俺だってちゃんとそうだったのを見ているぞ」


 こうなると、一体どっちが悪者なのか。

 一斉に彼らに責め立てられて、まるで俺が殺人犯みたいだ。想像の範疇を超える真実を提示した俺を、彼らは認めたくないのである。

 しかし俺は気を奮い立たせて、その答えを示し始めた。


「それが、何ともうまいことにちゃんと辻褄を合わせているんですよ。

 この建物、三階建てに見えていましたが、実は四階建てなんです。外から見た時に三階に見えていたのは、実はその、幻の四階部分だったんですよ。まあ、中はただのハリボテでしょうが。そしてさっきちょっと話題に上った隠し部屋の位置も、これで大体わかったでしょう」


「そうか。そのハリボテの四階か!」


 英介が指を鳴らして、合点がいったと大声を上げた。

 考え方は間違っていないのだが――、


「そう言いたいところだけど、ちょっと違うんだ」


 途端に今までの勢いを失い、英介はがくっと肩を落とした。


「三階も天井は全部調べて、上に逃げられないかを確かめたけど、そんなものはなかったし、エレベーターの天井裏に繋がる扉にも鍵がかかってた。とても三階からさらに上にいくことはできないよ」


「じゃあどこに……」


 途方に暮れた英介を尻目に、今度は挟丘が思いついたようだ。


「そうか。この階は本当はもっと広いんだな。三階が二階と同じだけの広さを持ってないと、外から見たときに、二階に見せかけることができないから……」


 彼は自分の顎を擦り、僅かに思考してから答えを導き出した。

 挟丘の視線が、引きずり込まれるように、ホール脇の扉へと向かう。


「ってことは、もしかして、あの図書室……」


 俺は我が意を得たりと大きく首肯した。


「そうなんです。あの図書室の奥に、本当はさらにスペースがあるんです。図書室の壁面だけは、本棚がびっしり埋め尽くしている上に、完全に壁に固定されていたから、俺たちもちゃんと調べようがなかった。そこに秘密の入口があったんですよ」


「黒峰さんと晶さんは、そこに隠されていたというわけか……」


「でもちょっと待ってくれよ。四階建てを三階に見せようだなんて、どうしても高さが余計に不自然になってしまう気がするんだけど」


 轟が口を挟む。勿論、そのための細かな仕組みが、この館にはあるのだ。


「そうならならいように、天井高を低くしたりして、整合性を保っていたんです」


「あの二階の天井か……。でも、目につくおかしな点って言ったら、それくらいだと思うけど」


 英介の主張に、他の面々も同調する。


「確かに、著しく天井が低いのは二階だけでした。それにしたって、せいぜいが2mくらいですよ?」


「そうね。それだけじゃあ、いくらなんでも三階建てに見せるなんて、無理があると思うわ」


「じゃあちょっと計算してみましょう。

 二階以外は一般的な天井の高さくらいあったから、2m40cm程度。二階を挟丘さんの言う通り2mとすると、一階から三階まで合わせるとこれだけで6m80cmですが……。この館、一階部分は少しだけ半地下のような状態で、埋まっていますよね。玄関入ってすぐに、ラウンジに行くのに階段を二段ばかり下りたでしょう?」


 俺がそう投げかけると、言われてみれば……。と参加者たちも自分の記憶と照らし合わせて、その正しさを確認した。

 これまであまりそれを意識していなかったのは、当然ながら館が堀に囲まれ、ぎりぎりのところに建っていたからだ。そのお陰で、俺たちは館の外に出ることはなかった。玄関を通る必要がないから、その前段階に足を踏み入れる階段の存在にも、あまり気に懸ける必要などなかったのだ。

 堀で囲んで館を孤立させたのには、もう一つ理由がある。外から二階――中から見れば三階だが――を覗かれてしまうと、そこが本当は三階であることがばれてしまうからだ。

 さて、館の高さに話を戻そう。


「あれのおかげで、天井の高さはそのままに、外から見ると少し高さを抑えることができる。階段二段分だとおよそ40cm。だから実際にはおよそ6m40cmになります。四階部分は誰も来ないので、それ程高くする必要はありませんから、大体1m80cmくらいだとすると、これで8m20cm。後は天井と床の厚さをできるだけ抑えれば……。まあここでは仮に、全体で1mくらいあるとすると、9m20cmです。一般的な三階建ての建築物の高さは、大体8mから9mくらい。となると、この館の高さも、せいぜいちょっと高いかな、くらいの範疇で済むんです」


 昼間のうちにちゃんと計算しておいたお陰で、それなりの説得力が生まれたはずだ。実際、


「な、成程……」


 とお喋りな轟でさえも、圧倒されたようにそれだけしか言えていない。


「この館にエレベーターしかなかったのは、俺たちの行動を制限するため。階段があると、かなり自由に上下の移動が出来てしまいますから。犯人が二階にいるって言えたのも、移動手段がエレベーターしかなかったお陰でした。それに加えて、階段では天井を破って上下階を繋げる必要があるから、どうしても天井の低さや天井自体の薄さが目についてしまうんです。それを意識させない様に、エレベーターだけにしたんでしょう。

 それと、挟丘さんが推理していたように、この館が元々ホテルだったっていうのも、勿論作り話だ」


「えっ……。まさか、そんな」


 自分の推理が犯人の計算の中にあったことに、挟丘はショックを隠し切れないようだ。


「元々ちゃんとした建物を改装したって言っておけば、まさかこんな館を使った大掛かりなトリックが使われているなんて、誰も思わないでしょう? 精々がちょっとした隠し通路か隠し部屋があると推測するくらいだ。それに、元がホテルだと言っておけば、二階の天井の低さも、設計ミスだと一応の説明がつけられますし」


「で、でも、どうしてそんなことまでわかるんです?」


 俺の間違いの指摘の穴を見つけてやろうと、必死になって訊き出そうとする挟丘。

 俺は冷静に根拠を述べた。


「まず第一に、階段が一つもなかったこと。建築基準法だかなんだかで、緊急時に避難するための通路を用意しておかなければならないのに、エレベーターしかないのはおかしいですからね。そして二つ目は、扉の向き。これは法律で定められているわけではないけれど、大抵の場合、緊急時に避難する時の邪魔になるから、扉は内向きに開くようになっているはずなんです。この館は通路も狭いし、元ホテルならそうするのが普通。でもここは殆どの扉が外向きです。いくら改装するといったって、扉の向きまで変える必要はありませんからね。妙だと思いました。そして最後は、あまりに元がホテルだったことを強調し過ぎなきがしたんですよ」


「と言うと?」


 挟丘が先を急がせた。どうやら先に言った二点にはぐうの音も出なかったらしい。


「わざわざフロントを利用してバーカウンターにしたり、そこの図書室の扉なんて、部屋番号が残ったままになっています。図書室に部屋番号なんていらないんだから、改装した時に普通は取り外すはずじゃないですか? そういうところが、どうにも引っかかったんですよ」


 結局、挟丘からは反論の声が出てこなかった。犯人の下準備に、自らが知らぬ間に片棒を担いでいたことに、愕然としてしまっている。


「どうです、当たってますか?」


 俺は、ただ黙って俺の話を聞いていた湯木に、確認を取った。

 ずっと俯いて、表情さえはっきりと見せようとしなかった彼女だったが、その時初めて俺の顔を見返した。そこには、諦念とも不敵とも取れるような微笑が浮かんでいた。

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