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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 周囲に同化した館
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4

 俺はその光景に、刹那息を呑んだ。俺だけでなく、英介も招待客の何人かも、同じような反応を示していた。

 入り口の両側に、同じ髪型、同じ顔、同じ身長、同じ体格、同じ格好と、何から何まで全く瓜二つの可憐な女性が並んでいたのだ。

 どちらも同じデザインの純白のドレスで着飾っており、155cmもないかというくらいの小柄で、日本人形のような髪型。大きな茶色い瞳。細い鼻筋におちょぼ口。これまた人形のように可愛らしい顔立ちである。恐らくは俺よりも年下であろう。

 その二人が、全く同じタイミングで、俺たちを歓迎すべく丁重に頭を下げた。

 まさに合わせ鏡のようだ。

 ――そうか。

 きっと手前から奥に向かって、巨大な鏡が置かれているのだろう。一方の女性は鏡像だ。鏡館と言うくらいだから、そんな仕掛けがあってもおかしくない。来客を驚かせるために、こんなことをしているのだ。

 しかし自頭の紹介で、それが大きな間違いであることに気づいた。


「こちら、旦那様のお嬢様でいらっしゃいます、長女のゆい様と――」


 自頭が向かって右側の女性を指す。続いて左側。


「次女のあき様でございます」


 彼女たちは鏡像などではなく、本当に瓜二つの双子と言うわけだ。

 顔を上げた二人は、


「皆様遠いところ、ようこそ」


「おいでくださいました」


 と代わる代わるに挨拶をするが、そこでまた俺は度肝を抜かされた。

 一人の女性が続けてその言葉を口にしたのだと錯覚するほど、声も口調もそっくりなのである。いや、そっくりなどではない。まさに同一だ。完全なるコピー。


片郷かたごうくんはどうしたのですか?」


 と自頭が二人に尋ねると、またしても代わる代わるに答えた。


「はい。先程、お料理の下拵えの時に」


「包丁で指を切ってしまったようで」


「手当をしてらっしゃいますわ」


 示し合わせたかのように、息がぴったりだ。右から左から、同じ声が交互に聞こえてくるから、まるで壊れたイヤホンでも嵌めているようで、居心地が悪い。

 自頭は俺たちに向き直り、


「片郷くんは、後ほど紹介することになるかと思いますが、新しく雇った使用人でして、その、少々そそっかしいところがありますので、私の方から先にお詫び申し上げておきます」


 馬鹿がつくほど丁寧に、深々とお辞儀をした。

 根っからの執事気質といった男なのだろう。

 頭を上げると、彼は再び姉妹に尋ねた。


「旦那様は?」


 自頭の質問に、二人は微笑のまま顔色一つ変えず、それどころか表情一つ動かすことなく答えた。


「はい。お父様はラウンジで首を長くして」


「皆様をお待ちしておりますわ」


 抑揚のない、ロボットのような声だ。

 館を目にしてからの驚きの連続に呆気にとられながらも、自頭や彼女たちに案内されて、中へと通された。

 玄関を入ってすぐに土間のような、ちょっとした空間がある。

 しかし、どうやら館内は土足のままでいいらしい。姉妹と自頭は外履きのままで、さらにその奥へと俺たちを先導した。

 このスペースはかなり天井が低かったが、そこから二段ほど階段を降りた先のラウンジについては、広々とした印象を受けた。

 燕脂とクリーム色の格子模様が描かれた絨毯が一面に敷かれ、壁と天井は清潔感のある白で統一されている。

 ラウンジの壁には大小様々な鏡が掛けられていた。正方形、長方形、丸や三角のみならず、ハート形や星形のような、特殊な形状のものまである。

 左奥には取っ手のない扉が二つ。すぐ傍に階数表示やボタンが設置されているから、これはエレベーターの自動ドアだろう。

 そしてラウンジ右側の壁には、玄関のものと殆ど同じくらい立派な両開きの扉が二枚。それらの丁度中間の辺りに、奥へと続く廊下が伸びている。

 ラウンジの隅には、グランドピアノや高級そうなテーブルと椅子のセットが幾つか設けられており、奥の方にはバーカウンターまで見える。まさに豪華絢爛といった言葉のふさわしい優雅な空間だ。


「うわあ、すっごい」


「さすがは黒峰先生、やることが違うなあ」


「いやはや、なかなかどうして素晴らしい」


 他の招待客も、その瀟洒なラウンジに見惚れつつ、口々に称賛の息を漏らす。

 と、そのラウンジの中央左側の辺りにある、ゆったりとした黒いソファに腰掛けていた老齢の男が、俺たちに気付いて立ち上がった。


「やあ、これはこれは皆さん、よく来てくださった」


 初対面だが、あれが黒峰鏡一だとすぐにわかった。本の裏表紙の紹介で目にする写真そのものだったからだ。

 白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた、四角張った顔。深い横皺を湛えた大きな額。凛々しい眉毛に鋭い吊り目。はっきりとした鼻筋に、虫に刺されて腫れたようなぶ厚い唇。

 とてもではないが、この一目見ただけで気圧されてしまいそうな威厳たっぷりの顔から、あの線の細い可憐な二人が産まれるとは思えなかった。

 黒峰が見慣れない客人に、不審な眼差しを向けたその時、


「旦那様、実はですね……」


 すかさず自頭が黒峰に忍び寄り、俺と英介を盗み見ながら、彼にひそひそと耳打ちした。招かれざる俺たちの経緯を話しているらしい。

 頷きながら神妙に聞いていた黒峰だったが、


「ほう、それはまた」


 と声を上げて少し驚いたかと思うと、英介を見た。それから俺。値踏みするように、上から下へと視線を移している。

 粗方説明し終えたのか、自頭が一歩引き下がると、


「なるほど、事情はわかったよ」


 黒峰は英介を見て、心底口惜しそうな顔になった。


「お祖父さんのことは本当に残念だ。私にとっては、歳の離れた兄のような存在だったからね。お粗末なパーティーかもしれないが、どうか楽しんで行ってくれ。それから――」


 次いで、俺の方に目を向ける。

 緊張で自然と筋肉が強張った。

 大御所推理作家と、こんな風に対面することなど、天地がひっくり返りでもしない限り、起こりえないと思っていたからだ。

 その作家が、今厳しい顔つきで俺を見据えている。

 追い払われるだろうか。どやされるだろうか。

 今更ながら、底抜けの不安が募り始めた。山道に疲弊しきった胃が痛んだ。酸い胃液の味が口の中に広がる。

 真っ向から彼を見返すと射竦められそうで、視線を宙に彷徨わせた。

 しかし、作家はすぐに破顔して――俺にはまるでこの間が一時間にも感じたが――、


「部屋はたくさんあるんだ。客人が一人増えたところで、困ることは何もない。せっかくだからゆっくりしていきなさい」


 そう言ってもらえて、俺はまさしく天にも昇る思いだった。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、黒峰が今度は雉音に向き直り、軽く会釈をした。


「お義兄さんも、よくいらしてくださいました」


 義理の兄とはいえ、大作家がここまで腰を低くしているのには驚きだ。

 しかし、雉音は横柄な態度で吐き捨てる。


「ふん、こんな辺鄙なところまではるばる来てやったんだ。ありがたく思え」


 とんでもなく上から目線の雉音を、一体何様のつもりだと睨めつけたのだが、当の黒峰は何も言い返さなかった。

 無言と静寂。ぴりっとした緊張感がラウンジに張り詰める。

 過去に二人の間に何かあったのだろうか。

 そんな風に考えを巡らせていると、気まずい空気を察してか、あるいは単純に痺れを切らしたのか、轟が話題を変えた。


「黒峰先生、それで、ここまでしてやるゲームというのは、一体何なんですか?」


「うむ、それについては、今説明しようと思っていたところだよ。

 実はね、皆さんと推理ゲームをしようと考えているんだ」


「推理ゲーム、ですか?」


「そう。まあ、問題は明日にでも公表するつもりだから、今日は皆さんゆっくりとパーティーを楽しんで、明日に向けてその頭脳を休めてください。

 それから、ただゲームをして終わりでは面白くない。そこで今回は、この推理ゲームの問題を一番に解き明かした方に、私から賞金を差し上げようと思う」


 賞金と聞いて、俄かに客たちはざわつき始めた。推理ゲームと聞かされた時は、道端の石ころでも見るような、心底どうでもいいような顔つきの者もちらほらといたが、金が絡むとなると、やはり違うらしい。

 俺の期待もぐんと上がった。

 大作家の主催するゲームだ。きっとそれなりの大金が貰えるに違いない。

 十万……。いや、百万もあり得る。

 黒峰は俺たちの注意を惹きつけるように溜めて、指を一本立てた。その仕草に、なんだ一万円かと、抱いた期待を崩される。

 しかし黒峰は俺の勝手な落胆など無視して、全員に向かって言い切った。


「一億円だ」

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