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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第十一章 そして朝が訪れた
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2

 一瞬、場に静寂が流れ込んだ。

 口をぱくぱくさせて唖然とする英介。驚きのあまり、何も言葉が出てこないらしい。他の面々も、取り残されたようにぽかんとしている。

 そんな中で、制圧されたゴーストだけが、唇を噛んで口惜しそうな感情を露呈させている。

 それを見て、俺は確信を得た。


「は? な、何言ってるんだよ、お前」


 ようやく金縛りから解かれた英介が、反駁を始める。


「俺たちは確かに、一階上の窓で殺人が起きていたのを見たじゃないか」


「正確に言えば、一階上じゃなくて、一つ上の窓だ」


 俺の即座の訂正も、彼には意味がわからないらしい。


「それ……一緒だろ?」


 理解しがたいものを目の前にして、怪訝な表情を消し去ることができないでいる。

 俺はもっと直接的な表現で言い直した。


「いや、違う。あの窓は一階上ではなく、実は二階上の窓――三階の窓だったからだ」


 またしても一瞬の間。

 そして、どよめき。


「ええっ?」


「はあ?」


 これには英介のみならず、周りの参加者たちも口々に驚きの声を漏らしていた。


「いやいやいや、それはいくらなんでも無理があるだろう。あれが三階の窓だっていうんなら、二階の窓は? 一体どこにいっちまったんだ?」


 身振り手振りを大きくさせて説明しているのを見ると、かなりの衝撃だったらしい。

 英介の問いに、俺は簡潔に答えた。


「見えなかったんだよ」


 しかし英介は首を傾げて、腑に落ちない表情だ。


「……確かにあの時は夜で、辺りは暗くはなっていたけど、外の照明のおかげで館は照らされていたし、二階の窓が見えなかったっていうのは、流石に無理があるだろうが」


「暗くて見えなかったわけじゃない。ちゃんとそこにあって、しかも俺たちはそれを目にしていた。ただ、俺たちには、それが窓だと認識できていなかったんだ」


「は?」


 またしても霧の中に迷い込んでしまったように、英介は当惑してしまっている。

 俺は、その霧中から抜け出すための指標を与えた。


「この館の壁面ってどうなってたっけか」


「いきなり何を……? 鏡館っていうだけあって、壁面は窓以外、全部鏡になっているじゃないか。お前も来た時に見てただろう」


 あれだけインパクトの大きかったことを忘れたのか、と言いたげな顔の英介だが、勿論忘れたわけではない。


「ああ、そうだ。壁面は全部鏡になっている」


 それこそ、このトリックの肝であり、この館の秘密でもあるのだ。


「……まさか、まさか。でも、そんなのって……」


 どうやら、英介よりも先にその答えに到達したのは、西之葉だったようだ。


「そういう事なの?」


 彼女はしかし、その結論が信じられないとばかりに、俺に確かめるように尋ねてきた。具体的に何かを訊いてきたわけではないが、それは彼女のショックの大きさを示唆しているようなものだ。

 俺は大きく頷きを返した。


「ええ、そういう事ですよ。一方から見れば鏡、もう一方から見ればただのガラス。そんな風に見える、丁度良いものがあるじゃないか」


 最後は英介に向けての誘導だった。

 これでやっと彼も気付いたようだ。


「マジックミラー!」


 霧から脱出した彼は、その抜け出た先にあった答えを見つけ、頓狂な声を張り上げていた。


「ああ、そうだ。二階の窓は全部マジックミラーで、室内から見ればただの窓にしか見えないが、外側から見れば鏡になる。そういう風になっていたんだよ。そもそも鏡館の壁面が全面鏡になっていたのは、それをカムフラージュするため。そうなんだろう?」


 俺はゴーストに確認しようとしたが、何も喋ろうとはしない。ただ、俺から顔を背けるだけだ。しかしその反応こそ、俺の推理の正しさを物語っているようなもの。

 自信がついてきた俺は、それに背中を押されて、さらに補足を加えた。


「館の窓がどれもこれも嵌め殺しになっていたのは、窓から顔を出して壁面を見られてしまうのを防ぐためです。そんな事をされたら、二階の窓がないことがばれてしまいますからね」


「でも……確か、マジックミラーって、鏡に見える方向とガラスに見える方向は、常に同じじゃなくて、光の当たり具合で変わるような気がしたんですけど……」


 そう疑問を口にしたのは、新時である。

 流石に物書きとあってか、彼もそういう事には詳しいらしい。的を射た質問だ。


「その通り。マジックミラーは明るい方向から見ると鏡に見えて、暗い方向から見るとガラスに見えるんです。何の細工もせずにそのまま設置していたら、夜になると鏡とガラスの向きが完全に逆になってしまう」


 俺は手首を回転させて、ひっくり返るのを表した。


「それではまずいので、暗くなったら館を外から強烈な光でライトアップすることで、マジックミラーが逆転しないようにしていたんですよ」


「あのライトは、最初からそのためにあったのか!」


 驚嘆の声を上げたのは轟だ。

 彼はゴーストの手から零れ落ちたライターをものの見事にキャッチし、館を火の海から救い出してみせた救世主である。

 そのライターをカチカチとやかましく開け閉めさせながら、


「つまり犯人は、槻くんたちに犯行現場が二階だと思わせるために、わざわざ殺人を目撃させたってことか……」


 その言葉を受けて、英介の頭には再び疑問符が浮かんできたようだ。


「でもそうなると、死体はどうやって移動させたんだ? 俺たちが結さんの部屋に行ったら、ちゃんとそこには結さんの遺体があったじゃないか」


 死体移動――。確かに、このトリックを使ったのなら、三階から二階へと結の死体を移動させなければならない。だが、下りのエレベーターは俺たちが犯行を目撃した直後から、二階に来て死体を見つけるまでの間、三階から動いてはいない。ならば結の身体は、三階に置き去りにされたままのはずになる。

 しかしそれは、俺たちが見たのが、本当に結だったのなら、の話だ。


「別に移動なんかさせていないよ。最初からそこにあったんだ。犯人は結さんを事前に殺し、天井から吊るしておいた。その上で、三階の黒峰さんの部屋で、犯人は晶さんを殺したんだよ。俺たちが見ていたのは、実は結さんではなく、晶さんが殺されるシーンだったんだ」


 そう断言すると、一層ゴーストの顔に悔しさが滲み出る。


「そ、そんな……!」


 英介の声は吃驚で上擦っていた。


「で、でも、自頭さんは結さんだって言ってたじゃないか。見分け方を知ってる彼が間違えるなんて……。やっぱり、彼もグルだったんじゃ……」


「違うよ。首を絞められてあんなに暴れていた状態で、しかも鏡越しに、首元の黒子なんて確認できると思うか? 恐らく彼も単純に、あの部屋が二階の結さんの部屋だったから、殺されていたのが結さんだと思ってしまっただけだよ」


 俺は息を深く吸い込んで、更に続ける。


「あの時、結さんは紐で首を絞められていたけど、見つかった時には天井からロープで吊り下げられていた。普通、ロープで首を吊るしてやろうとしてたんなら、最初からロープで首を絞めるはずだろう? それなのに、いちいち犯人は道具を替えてる。それも妙な点だった。それに、こうだと考えれば、晶さんの頭部だけを俺たちに発見させた理由も考え付く。首についてしまった紐の跡を取り去り、絞殺されたことを隠すためにあったんだ。似通った双子の彼女たちが、同じ死因で死んでいるのが見つかれば、あの時殺されていたのが晶さんじゃないかと思われると思ったんだろうな」


「で、でも、その後色々調べたけど、晶さんの遺体は見つからなかったですよね」


 片郷がそう言った。


「それは黒峰さんが見つからなかったのと同じ理由です。犯人は隠し部屋に彼らを隠していたんです」


「やっぱりこの館には隠し部屋が……? でもいったいどこに? あれだけ調べて何も見つからなかったのに」


 轟の疑問ももっともなのだが、話にも順序というものがある。俺はそれを優先した。


「それは後で話しますよ。

 兎に角、犯人はずっと三階にいて、そこで晶さんを殺害したんです。鏡越しに俺たちには二階で結さんが殺されたように見せかけてね。そしてそんなことが出来たのは――」


「あの時三階にいた人間だけだ! ってことは――」


 挟丘も俺の言わんとしていることを悟ったらしい。

 全員の視線が下がった。

 英介と片郷にのしかかられている、その人物の顔に、一斉に目線が集中する。

 俺はその彼女の顔を見ながら、言い放った。


「そう。あの時唯一、三階の図書室にいたと言い、実際三階から降りてきた湯木波夏さん。貴女にしか、この犯行は無理なんですよ」

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