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「さて、ゴーストライターさん。もうお終いにしましょう。復讐は終えたんでしょう? ならそれ以上、罪を増やすべきじゃない」
闇が広がる鏡館の三階。正確には、ホールの窓から外の照明の明かりが差し込み、それほどの暗さではないのだが、角度的に窓より下の方にまでは、その光が届いていない。
そのエレベーター前のホールで、俺たちは犯人――ゴーストライターを取り押さえた。
ゴーストの顔は闇の中にあり、明瞭にその目鼻立ちを見ることができない。
だが、俺にはこれが誰なのか、もうわかっている。
このゴーストの仕事の進み具合が、思いの外ゆっくりしていたので、俺たちは黒峰の部屋のトイレやらクローゼットやらに押し込まれた状態で、息を殺して長い間待機する羽目になった。まったく、いくら秋とは言っても、あんな狭い空間におしくらまんじゅうでは、熱い上に息が詰まって仕方がない。危うく二酸化炭素中毒にでもなりそうだったが、そこへやっとゴーストが現れたのだ。
そして俺たちは、ゴーストが三階にガソリンを撒いていく音を聞き、隙間からこっそりと様子を窺い、火を点けようとしているまさにその瞬間を捕えたのだ。
「きっと今夜、この館を灰塵に帰すために行動を始めるだろうと思って、ずっと隠れていたんですよ。この館は証拠の宝庫ですからね。このまま残しておくわけには行かないでしょう」
「末田さん、あなたが言っていた通り、この人がその自頭さんたちを殺した、ゴーストライターなんですか?」
片郷がゴーストにのしかかりながらそう尋ねてきた。
そのゴーストは、彼女と英介に押さえ付けられ、自由に身動きが取れないようだ。必死に身体をくねらせて、どうにかこうにか抜け出そうとしているものの、二人の重量には敵わない。それでも諦め悪く抵抗を続けている。
「そうですよ。この人が、この事件の犯人――ゴーストライターだったわけです」
俺がそう断言すると、暗闇から西之葉が姿を現した。一緒に犯人を取り押さえると確約を得たのに、こっそりずっと隠れていたらしい。
「でもどうしてそうだと言えるの? 貴方から聞いた第一の殺人と第二の殺人のトリックでは、確かに黒峰先生や自頭さんじゃなくても犯行が可能だったことを説明付けられるけれど、誰が犯人かの特定まではできないでしょう?」
「ええ、そうです。それだけではこの人が犯人だとは言い切れません。俺は図書室で黒峰さんの遺したダイイングメッセージを見たときに、この人しか犯人にはなり得ないとわかったんです」
「ダイイングメッセージって、あの抽斗の事でしょう。私もそれから考えてみたけれど、何の事だか全然わからなかったし、あれに一体何の意味があるの? この人の名前が示されていたわけ?」
西之葉にも、ダイイングメッセージの意味は分からなかったようだ。
「あのダイイングメッセージは、人の名前を示しているわけではないんです。あれが示していたのは、まさに見たまま。館の秘密を表していたんです。それに気付いたとき、俺は第三の殺人に使われたトリックがやっとわかりました。そしてそのトリックが使えたのは、この人だけなんです。一連の殺人が同一人物の単独犯であるのは間違いありません。このことから、俺はこの人こそこの事件の真犯人だという結論に行きついた、というわけです」
しかし、そう言ったところで、皆の頭の上に浮かんだはてなが消えることはない。
推理するにも段階を踏まなくてはならない。その第一段階として、まずは事件の概要を説明しておくとしよう。
「さて、まずは第三の殺人について、ひと通りざっと振り返ってみましょう。
俺が黒峰さんから電話を受けて、英介を呼び出しラウンジに向かったのが午後十二時少し前ぐらいです。ラウンジに行ってみると、まだ自頭さんがいて、丁度彼も黒峰さんから電話を貰っていました。そして黒峰さんは、俺たちにラウンジの窓から外を見てみろと指示しています。恐らく、この黒峰さんの声は、事前に録音したものを受話器から流しただけでしょう。俺たちは言われた通り、指定された窓から外を覗き込んでみました。そこから外の鏡のモニュメントが見え、それに反射して、俺たちがいる窓の一つ上の窓が鏡に映りこんでいたのが見えた。その窓の前に立ち、黒峰さんのコートを着た人物が、黒峰さんのお嬢さんの首を絞めているのが、見えたわけです」
「犯人は首を絞め終えると、カーテンを閉めたんだよな」
そこから先は英介が説明を続けた。
「それから俺たちは急いでエレベーターで二階に上がり、結さんの部屋に入って彼女の死体を確認した。全員の話を総合すると、俺たちが犯行を目撃していた最中、轟さんと新時さんが一階で寝ていて、挟丘さんが地下一階に、湯木さんが三階にいて、西之葉さんと片郷さんは二階にいた。でも、エレベーターの動きから考えて、俺たちが鏡越しに殺人を目撃してから、結さんの部屋に行くまでに、犯人が他の階に移動できたとは考えられない……って感じだったよな?」
「ああ、あの時はすっかり黒峰さんが犯人だと思っていたからな。状況から、あたかも彼が二階から消え失せてしまったみたいに思えた」
しかし、黒峰は殺人を行ってなどいない。英介たちの下敷きになってまだもがいている、この真犯人に利用されただけだ。
「……で、でも、黒峰さんが犯人じゃないとしたら、後はもう、その時二階にいた西之葉さんか片郷さんしかいないんじゃ……?」
そう疑問を発したのは新時だった。
自分もその容疑者のうちの一人なのに、それは棚に上げて、西之葉も彼の言うことに同調する。
「確かに……そうとしか思えないわね」
片郷を横目で睨んだ。
「私は違いますよ。ずっと寝ていただけです」
片郷は首を振るものの、新時が追い打ちをかける。
「寝ていたっていうのは、アリバイにはならないよ」
せっかく真犯人を捕まえたというのに、このままでは不毛な疑心暗鬼と犯人捜しが始まってしまう。
「まあ、落ち着いてください。彼女たちは何もしていませんよ」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
英介の問いには答えず、俺はあくまで自分のペースで、自分の推理を説明することにした。
「俺たちが鏡越しに見ていた殺人……。あれは、本当に二階で起きていたことなのでしょうか」




