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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第十章 事件の謎を解き明かす
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5

「やっとわかったよ。この事件の犯人が!」


 まるで快刀乱麻を断つが如く、謎を解決する小説の中の名探偵のように、彼は厨房内によく通る声でそう言った。


「え?」


 しかし俺の方はというと、これまでの話で犯人を特定できる要素があっただろうかと逆に首を捻る。

 英介はそんな様子の俺を見て、遂に俺よりも上の立場になったのだ、と腰に手を当てご高説を始めた。


「犯人にとっては、第二の殺人で死ぬのは誰でもよかった。そもそも、死ぬか生きるかもどうでもよかった。だから適当に、カップの一つに毒を塗った、だよな?」


「ああ」


「だったら、犯人はもう、一人しかいないじゃないか」


 そこまで聞いて、何となく彼の言いたいことがわかったような気がした。どうやら彼はとんでもない早とちりをしているのではなかろうか。

 慌てて彼の迷推理を止めに入る。


「ちょっと待ってくれ。お前が言いたいのって、もしかして――」


「片郷さんだよ」


 ああ、やっぱり。

 俺は頭を抱えた。しかし英介はそれを、先を越されて悔しがっているものだと捉えたようで、さらに天狗になって自説を唱えていく。


「一緒にコーヒーを飲んでいた俺たちには、そんなトリックやれるはずがない。だって、下手したら自分にその毒のカップが回ってくるかもしれないんだからね。そのことを考えたら、犯人はあの時コーヒーを飲まなかった人たちの中にいる。そして、その中で今も生き残っているのは……というと、彼女だけだ。どうだ、当たってるだろう?」


 自分の力で謎を解いたと思い、その達成感に目を輝かせている英介。それを見ていると、間違いを指摘するのが躊躇われる。が、いずれわかることだ。

 俺は溜息を一つ吐くと、意を決して否定を始めた。


「あ~、いや、そうじゃないんだよ」


「えっ、違うのか?」


 てっきり賞賛を受けるものだと思っていたのか、予想外の俺の反応に、彼の表情は固まった。


「別に、コーヒーを飲んでいるいないは関係ないんだ。自分に毒のカップが回ってきたところで、全く問題なくコーヒーを飲み干す方法があるんだよ」


「そんな方法あるわけないだろ」


 頭ごなしに俺の話を認めようとしない。

 俺はめげずに、戸棚に収まっていたコーヒーカップの一つを取り出し、英介に向けて差し出した。


「このカップをよく見てみてくれ。お前が犯人だったら、どこに毒を仕込みたい?」


 考えを促そうとしてみるが、彼は難色を示す。


「どこって言ったってなあ……。普通に内側に塗っておくだけだろ。コーヒー飲んで毒は飲まずに済むなんて、無理だろう」


 伸びていた鼻をへし折られ、英介の気分もだだ下がりのようだ。そこには推理へのやる気が微塵も感じられない。


「いいか、ある箇所に毒を仕込めば、毒を仕掛けた場所を知る犯人だけは、それを避けて飲むことができる場所があるんだ。わかるだろ?」


 俺がカップの縁をなぞると、英介もようやっとわかったようだった。


「そっ、そうか……! カップの縁の半分だけに毒を塗っておけば、右手で持つか左手で持つかで毒を飲まずに済むってわけだな」


 俺が暗に正解を示していたわけだが、彼はさも自分でそこに気付いたと思ったらしい。すっかり機嫌を取り戻して、カップを物珍しい宝石でも見るように、まじまじと見詰めている。


「そういう事。犯人は常に毒を塗った側とは反対側に口をつけて飲んでいれば、仮に毒のカップが自分に回ってきても毒まで流し込まずに済む。犯人がテトロドトキシンを使った理由はここにもあるんだ。カップの縁に毒を塗るって言っても、そこに仕込める量なんてたかが知れてる。でも、ほんの微量でも症状を引き起こし、死に繋がる可能性さえあるこの猛毒なら、それでも十分に効力を発揮してくれるってわけだ」


「でも、そんなの、例えば犯人以外の他の誰かに毒のカップが回ってきたとして、その人が偶々毒の付いていない方の縁で飲んだら、どうするつもりだったんだ? 第二の事件は確実に不発になっちまうぞ。コーヒーの件は遺書にも書かれているし、不発に終わったら困るんじゃないのか?」


 そんなことはそれこそ、犯人にとっては些細な問題だろう。


「だから犯人は、何度もこのロシアンルーレットを仕掛けていたわけだ。この館に来てから、コーヒーや紅茶を飲む集まりが何度かあっただろう。その全てで、犯人は事前にカップの一つに毒を仕込んでいたんだよ。一度だけだと失敗したら後がないけど、何度もやればその分他の誰かが口にする確率は高まる。夜熊さんが中ってしまうまでは、犯人に回ったか、他の人間がたまたま何も知らずに毒と反対側の縁を使っていただけだろうな。まあ、仮に誰の口にも毒が入らなくとも、ちょっとは不自然になるかもしれないが、遺書のコーヒーの件だけは塗り潰して消してしまえばいいしな」


「しかし下手したら、俺たちも夜熊さんのように死んでいたかもしれないってわけか……。ったく、とんでもない犯人だ」


 英介は自分の喉を押さえ、気分悪そうにしている。運が悪かった時の自分を想像して、それを生と死の狭間でもがき苦しんでいた夜熊の姿と重ねてしまったのだろう。

 俺だってそれには同意する。


「ああ、全くそうだな。でもこれでわかったろ。第一の殺人も、第二の殺人も、別に黒峰さんや自頭さんだけしか実行できなかったわけじゃない。俺たち全員が可能だったってことがさ」


「それはわかったけど……」


 英介は渋々ながら、俺の推理を受け入れたようだった。が、二言目には、


「で、結局犯人は誰なんだよ」


 とその質問である。

 再三再四忠告しているのに、まだ訊いてくるか。

 俺はうんざりしながらも、同じように答えた。


「だから、それはまだ言えないって言ってるだろう。それに正直言えば、その人が犯人だという物理的な証拠があるわけでもないんだ。だから、これから犯人を罠に嵌める必要がある」


「さっきも言ってたけど、その罠に嵌めるって、どういう?」


 俺は口元を僅かに緩めた。


「明日にはもう跳ね橋が下りてきて、俺たちはこの館から逃げ出せることができる。だから恐らく今夜、犯人は必ず動くはずだよ。そこを狙う。後で、今言った推理を他の人にも話して犯人を取り押さえるのに協力してもらうつもりだ。お前もその説得を手伝ってくれ」


 死人が出ているのに不謹慎ではあるだろうが、こういう企みは、まさしく小説の中に入り込んだようで、ついついわくわくしてしまう。


「ああ、そりゃ、犯人を捕まえるためなら、そのくらいはやってやるよ」


 英介は力強く頷き、どんと胸を叩いた。

 しかし問題はこれからだ。犯人に気付かれることなく、他の全員と接触し、彼らを説き伏せ仲間につける必要がある。

 それに不安がないわけではなかった。

 いくら何度か事件に遭遇し、事件の謎を解いてきたとは言え、俺だって人の子である。

 推理を披露する前の、この堪らない不安感は拭い去ることができない。

 夜までまだ時間はある。

 俺は時間まで、今一度自分の推理を振り返り、確固たるものに仕上げようと試みた。

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