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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第十章 事件の謎を解き明かす
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3

 俺の推測を受けて、英介は目をひん剥かんばかりに丸めて、大声を上げた。


「はあ? 時間のずれだあ? お前、遂におかしくなったんじゃないのか?」


 自分のこめかみを指先で軽く小突いて、俺の頭が狂ってしまったのではないかと主張している。


「鏡の向こうの世界と、こっち側の世界で時間がずれてるだなんて、そんなのオカルトもいいところじゃないか。いや、お前が嫌いなオカルトそのものだ」


 俺の言い回しが少々回りくどかったらしい。英介はすっかりオカルトだと言い張って聞かない。

 最後まで聞いてくれと宥めると、ようやく静かになって、俺の話に耳を傾けてくれた。


「これはオカルトなんかじゃなく、れっきとしたテクノロジーの問題なんだよ」


「テクノロジー? ……ま、まさか、この古い鏡になんか仕掛けがしてあるとか、そういうことか?」


 英介はすぐ傍の大鏡を示した。信じられないとばかりに、まじまじとそれを凝視し始める。


「そう。この鏡、古めかしい装飾の枠にはまっていて、ちょっと表面が黒っぽくて、傷もついてて、いかにもアンティークって感じの鏡だろう。だからこそ、俺たちもその見た目に騙されて、ただの古い鏡だと、すっかり思い込んでいたんだ」


 俺は薄汚れた鏡の表面をこつんと叩いて続けた。


「でも、本当はそうじゃない。この鏡は技術の塊だったんだよ。ミラーディスプレイっての、知ってるか?」


 そう聞いてみたが、どうやら彼にとっては馴染みのない言葉だったようだ。小首を傾げて脳内からそれに関する記憶を引き出そうとしていたが、最終的には首を振った。


「いや……聞いたことないな。でも名前を聞く限り、ディスプレイのついた鏡ってところか」


「そうなんだ。いや、正確に言えば、ディスプレイにもなる鏡って感じだな。最近では空港の広告塔だとか、美容院の鏡に使われていたりするらしい。まあ、俺が知ってたのは、たまたまバイトしてたホテルのロビーに、それがあったからなんだけどな。

 電源を入れるとディスプレイになって映像を流すことができるが、普段は鏡として使うこともできる特殊な液晶なんだよ。そうはいっても完全にただの鏡になるわけじゃなく、液晶の関係でどうしてもちょっと黒っぽくくすんだ感じの表面になってしまうんだ。

 犯人はそれを逆手に取って、うまいことアンティークものに見せようとカムフラージュしたってわけだ」


「ってことは、これがその、ミラーディスプレイ?」


 英介は食い入るように鏡に見入った。それこそ、鏡に取り憑かれたかのように。

 一見すればなんの変哲もない、ただのおんぼろの鏡だが、その見えない裏側には、人間の築き上げてきた技術が詰め込まれているのだ。

 そう考えると、なんとも感慨深い気持ちにさせられる。


「ああ、そうさ。さっきラウンジで湯木さんが鏡代わりにスマホの液晶使っていたのを見て思い出したんだよ。この鏡を使えば、事前に録画した映像を、この鏡面に映し出すことができる。つまり、あの時俺たちが見ていた黒峰さんの姿は――」


「全部映像だったってわけか! 雉音さんの部屋から出てきたのも、倉庫に入ったのも、全部!」


 ようやくすべての理解ができた英介は、弾かれたように振り返ると、俺の言葉の先を奪った。

 そして頭をぐしゃぐしゃと掻き回し、あまりに単純明快な謎に悔しさを剥き出しにする。


「ったく、それならいくら倉庫を調べたって抜け穴の一つも見つからないはずだよ。実際にはあの部屋から抜け出すどころか、入ることすらしていないんだからな。……ん?」


 そこで英介ははたと言葉に詰まった。

 何かに気付いたらしい。

 その疑問をちゃんとした形に整えてから、俺に問いかけてきた。


「ってことは、もしかして、結さんの事件も、俺たちは鏡のモニュメント越しに彼女が殺されるのを目撃しているわけだから、そのトリックを使ったんじゃないのか?」


「いや、それは違うよ。あの後、モニュメントが倒れて鏡が粉々になっただろう。ミラーディスプレイを使ったんなら、その時に配線やら基板やらが見えるはずだ。電源とかそういう機器がなけりゃ、映像を映すなんてとても無理だからな。でもあの時は夜とは言え、周りの照明の光でかなりはっきりと見えていたからね。そんな事はなく、ただの普通の何の仕掛けもない鏡だった。

 それに、あんな第一の殺人の時は、黒峰さんに血糊のついた服を着てもらって撮影すればいいけど、第三の殺人の時は、実際に結さんを殺す瞬間の映像を録らなきゃならない。あの結さんの殺され方が演技だったとは、とても思えないからね。でもラウンジにはずっと自頭さんがいたわけだし、窓際にいた二人をあの位置から撮影する時間なんてなかったはずだよ。

 つまり、第三の殺人の時には、残念ながらこのトリックは使えない」


「ううん、そうか。いいアイディアだと思ったんだけどなあ。

 ……あ、でもちょっと待ってくれよ。黒峰さんのあんな映像、どうやって事前に撮影したんだ? それに、こんなところにミラーディスプレイを仕掛けるのだってそうだ。それこそ、黒峰さんが犯人に協力してなきゃとても無理だろう」


 俺も最初にこのトリックに思い至った時、すぐにその疑念が頭を擡げてきた。だからそれに対する答えにも、既に考えは及んでいる。


「それは簡単なことさ。犯人は黒峰さんのゴーストライターなんだからね。きっと、新作の発表祝いを兼ねたパーティーをしよう。そこで推理ゲームをするのも一興ではないかとか、うまいこと彼を唆して利用したんだろう。その推理ゲームの内容を考えたのも、ゴーストライターだろうな。

 おそらく、今回の殺人で使われたトリックはすべて、その推理ゲームに使用するとして、事前に黒峰さんに伝えておいたものだ。そうして彼の協力を仰いだんだろう。映像やら自筆の遺書やらはゴーストライターが指示して、黒峰さんに用意してもらい、それを利用して殺人を行ったってわけだ」


 黒峰はこれまで利用してきたゴーストライターに、今度は逆にまんまと利用されたというわけだ。おまけに、何も気付かずに自分への復讐の準備を、自分でやらされていたなんて。

 なんとも皮肉な話である。


「成程なあ。ってことは、最初から全部、裏でゴーストライターが動いていたってわけか」


 英介は嘆息を零しながら、頻りに頷いていた。


「そういう事だな。倉庫に黒峰さんの指輪があったのは、黒峰さんがあそこに入ったように見せるためだったんだろう。あまりに倉庫に何もなさすぎると、そもそも誰もここには来ていないんじゃないか、と不審がられるのを恐れたのかもしれないな。

 そして、この鏡のトリックが使われていたと考えると、一つ納得のいくことがある」


「納得……って?」


「この館、鏡のコレクションがたっぷりあるのに、その中に一つも、特殊な仕掛けの施された鏡がないんだよ」


 英介は暫し沈黙し、頭の中でこれまでに見たものを思い起こし始めた。

 しかし、答えは決まっている。実際にそんなものはどこにもないのだから。


「言われてみれば……」


 ようやく英介もその結論に至ったようで、そう口にしたものの、それがどうしたと首を捻っている。

 俺は見兼ねて説明を付け加えた。


「ミラーディスプレイ以外にも、普通はただのガラスなのに、電気を通すと鏡になるような特殊な鏡もあったりするんだ。銅鏡だとか、『鏡地獄』の球体の鏡だとか、色々集めてあるけど、それらはあくまでも普通の鏡だ。他にもマジックミラーだとか、そういう特殊な鏡がどこにもないのはおかしいだろう。それは、そういう仕掛けを使ったトリックを、俺たちの頭の中から追い出すことにあったってわけさ。そして俺たちは、すっかりその先入観に囚われていたんだ」


「そうするように仕向けたのも、ゴーストライターの指示か」


 第一の殺人はこれが全てである。

 俺はまとめに入った。


「ああ、そうだ。

 つまり、第一の殺人における犯人の行動を整理すると、地下から合鍵を取ってきた犯人は、雉音さんの部屋に入り込み、彼を殺害。原稿を部屋に忍ばせ、厨房からくすねてきたドライアイスを撒き、時計に細工をして破壊した。後は鍵を元に戻し、ラウンジに例の鏡を見ろとの紙を置いておく。夜が明けて俺たちがラウンジに集まったら、タイミングを見計らって、ラウンジからリモコンでも使って大鏡のスイッチを入れ、事前に録っておいた黒峰さんの映像を再生させる。そうすれば後は俺たちが勝手に黒峰さんが何かをしでかしたと思い込んで、追いかけていき死体を発見する、というわけだ」

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