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「もう一つは、最初から誰もいなかったパターンだ。
そして今回の消失は、この後者に当たる」
俺がそう言い放つと、英介の顔が見る間に仰天のそれに変貌していく。少しの間、言葉を失ってしまったように、口を開いたまま呆けていたが、
「ま、まさか!」
とようやくそんな感嘆が口をついて出ると、そこからは驚きで堰き止められていた単語が、興奮のあまり唾とともに次から次へと飛び出してきた。
「お前だって、いや、お前だけじゃない。あの場にいた全員が見てただろうが! 黒峰さんが、確かに雉音さんの部屋から出てきて、俺たちに気付いて廊下の奥に向かって走り、倉庫の中に入っていくのを!」
「そうだ。でもあの部屋は、いくら調べても抜け出せるような仕掛けは何もなかっただろう。隠し扉みたいなギミックがあれば、何かしら普通とは異なる点が必ずあるはずだ。でも天井も壁も床も、荷物の陰まで全部確かめたけど、何も見つからなかった。唯一の窓は小さすぎて、人間はとても出入りできない。完全な密室だった。あそこから消え去る方法なんてないんだよ。
それに、あの時――黒峰さんが倉庫の中に入った時と、俺たちがその後で倉庫に入っていく時で、ある違いがあったんだ」
「そう言えば、さっきそんなようなこと言ってたな。……それが何か、やっとわかったのか!」
英介が合点がいったとばかりに指を打ち鳴らす。
その通りだった。
先程英介が倉庫の扉を開けて中に入ろうとした時、その行動を客観的に見ていた俺は、ようやっとその違いに気付いたのだ。
「ああ、そうさ。鍵は光にあったんだ」
「光?」
困惑に包まれた英介は、片眉を釣り上げ、なんのことやらと口にはしないまでも、その疑問が顔中に溢れ出ている。
「黒峰さんが倉庫に入ろうとした時、扉を開けると、部屋の中からの光に照らされて、廊下の壁に黒峰さんの影が出来てた」
俺はその時の光景を頭の中で再生しながら続けた。
「だけど、俺たちが部屋に入ってみると、倉庫の中は薄暗く、当然そんな光を浴びることもなかった。それもそのはず。あの部屋には照明の類が一切なかったんだからな。そんな状況で、どうして黒峰さんが入った時だけは、倉庫から光が差し込んでいたのか?」
「そんなの……朝日かなにかじゃないのか? たまたま俺たちが入った時に、太陽が雲の影に入って、暗くなったとか」
英介が腕を組んで答えを導こうとするが、それは間違っている。
「いや、それはあり得ない。あの倉庫の窓は西向きなんだ。対して、俺たちが黒峰さんを見たのは朝。つまり太陽は東側にあるはず。そんな状況で、窓から陽の光が直接差し込むなんてことは絶対にありえない」
それを聞いて英介は唸った。
「じゃあなんだっていうんだよ」
こうなってしまうと、もう彼は自分の力でどうこうしようとしなくなってしまうので、俺は素直に結論を答えた。
「恐らく、スポットライトの明かりだろうな」
「スポットライトって、あの、館をライトアップしてるやつか」
そうだ。
館を囲む堀の周りに、殆ど等間隔に設置されている照明。夜になると室内よりも明るい光で館を照らし出す代物だ。
「でもあれは、暗くならないと作動しないって、自頭さんが言ってたじゃないか」
「そうなんだ。だから俺は、光の違いに気が付いた時、一つの推測に思い至った。あの時――黒峰さんが倉庫に入ろうとした時、鏡の向こう側とラウンジにいた俺たちとの間で、時間のずれがあったんじゃないかってね」




