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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第十章 事件の謎を解き明かす
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 全てのヒントを出し終えた。後は英介が考えるだけだ。

 彼に全てを委ね、俺は暖かく見守る。

 最初のうち、英介は暫くああでもない、こうでもないと四苦八苦を繰り返していた。しかしそれもものの五分ほどだ。と言っても、別に謎が解けたわけではない。

 組んでいた腕を解き、顔の皺が薄れ、そのうち視点を宙に彷徨わせ始めたのだ。

 集中力が完全に切れた証拠である。

 彼はとっかかりが掴めて、もしかすれば何とかなりそうな問題は解こうと必死になるのだが、難題に直面すると、考えるのをすっかり放棄してしまう癖がある。


「あ~わっかんねえよ。抽斗のダイイングメッセージとか、さっぱりわかんないし。見たままを意味してるって、どういうことだよ」


 解けない苛々を抑えきれず、だんまりの空間にも気まずさを覚えたのか、結局は諦めて投降してきた。

 やはり彼の本気では、この謎は少々難しすぎたのだろうか。

 このままでは埒が明かないので、俺も彼に解かせようとするのは諦め、自分の推理を話すことにした。


「よし、わかった。じゃあ、順序立てて説明するよ。

 まずは第一の殺人からだ。雉音さんの死体には、ところどころに水膨れとか火傷の痣みたいなのがあったのを覚えてるか?」


 確かめるようにそう尋ねてみたのだが、英介は顔を顰めた。

 どうやらあの時の光景を思い出して気分が悪くなったらしい。


「そこまでちゃんと見てないよ。てか、それがどうしたんだ? そんなの、元々ついてたやつじゃないのか?」


「あの痣や水膨れは、ついてからそれ程時間が経っていないように見えた。それにこの館には、火の気はあんまりない。暖炉やストーブは使ってないし、料理は自頭さんや片郷さんがやってくれるからね。火傷する場がないんだよ」


「じゃあ、犯人がやったんだろう。雉音さんは酷く滅多刺しにされていたし、相当の恨みがあったんじゃないのか。それなら、犯人が生前に拷問まがいのことをしていてもおかしくない」


「そんなことしたら、叫ばれたり騒がれたりして、すぐにばれるだろう。静かな夜中の事だから、物音が耳につくし」


「じゃあ……なんなんだよ」


 英介の言うこと全てに反論していたら、遂には言うことがなくなったようだ。天を仰いで、彼はどこか投げやりな口調でそう言った。


「あれは、火による火傷じゃないんだ」


 俺はそう断言した。火傷のような傷ができるのは、何も熱いものだけによるとは限らないのだ。


「火による火傷じゃないって……」


 すっかり先入観という足枷に囚われ、困惑の色を隠せない英介をよそに、俺は続けて結論を述べた。


「あれは、ドライアイスによる火傷だったんだ」


「ドライアイス! ってことは、もしかして、死亡推定時刻をずらすため……か?」


 流石に犯人の目的は自力で察したらしい。実を言えば、夏休みに長野で起きた事件でもこれと似たトリックが使われていたのだから、彼でもこのくらいは思い出せたはずだ。

 俺は満足気に頷き、説明した。


「そうだ。犯人は夜になると、地下に行って合鍵を取り、雉音さんの部屋に侵入した。そして彼を滅多刺しにした後、ドライアイスを周囲に撒いて、死体を冷却したんだ。ドライアイスは厨房にたっぷりあった。そこからちょっとばかり拝借してきたんだろう。こうすることで死後硬直が遅れるから、俺と夜熊さんが判定した死亡推定時刻が誤りだったことがわかる。それにドライアイスなら、溶けても昇華してしまうから、液体にはならず、証拠も残らないしな」


「じゃあ、あの懐中時計は……」


 英介の言っているのは、雉音のズボンのポケットに収まっていた、壊れた懐中時計の事だ。時刻は七時五分を指し示していた。それと死体の死後硬直の具合を考慮して、俺たちは雉音が七時頃に殺されたと推定したのである。

 だがこれは――、


「勿論、犯人が仕組んだものだ。わざと時間を七時に設定して破壊することで、さも彼が殺された時にそれが壊れた様に演出したわけだ。とは言え、ミステリーとかじゃよくあるトリックだから、あの時計だけだと簡単に細工が見破られるかもしれない。そこで犯人はドライアイスのトリックを入れることで、二重に予防線を張ったってことだな。おそらく、雉音さんが殺されたのは、俺たちが予測していた、七時前後よりももっとずっと前。多分、皆の目が覚める前、未明から明け方頃だろう」


「ちょっと待ってくれ」


 英介が右手を前に出して、暫し考える素振りを見せたので、俺は口を閉ざした。

 そうして英介が一つの結論を出した。


「……ってことは、別に黒峰さんじゃなくても、あの場で黒峰さんの姿を見ていた俺たちの全員が、雉音さんを殺すことは可能だったってことか? でも、それなら、雉音さんの部屋から出てきた黒峰さんはどうなるんだよ。犯人に連れてこられたのか? それならどうして血塗れのコートを着たまま部屋から出たんだ? それに、どうやって密室の倉庫から消えたんだ?」


 一つ結論が出ると、そこからさらにいくつもの疑問が浮かび上がってくる。謎を解く最初の段階と言うのは、常にそういうものだ。

 俺は英介の繰り出してきた矢継ぎ早の質問を華麗にスルーして、あくまでも自分のペースで説明を続ける。


「うん、その謎を解くにはまず、密室からの脱出の謎を考察する必要があるな」


「密室からの脱出を考察……?」


「前に、密室殺人には大きく分けて四つのタイプがあるって言ったろ?」


 これもまた夏休みの事件で俺が言った言葉だ。

 色々と衝撃のあった事件だったから、英介もよく覚えていたようだ。


「ああ、確か、物理トリックと心理トリックと遠隔殺人と犯人がずっと部屋の中にいたっていう、四つだったっけか」


 一つも漏れなく正確にそう答えた。


「そうそう。でもこれは、密室殺人の場合だ。密室からの消失に関していえば、大きく二つに分けられる。一つは、何らかの方法で密室内から外へと出たパターン」


 しかしそこで、英介はきょとんとした顔になった。


「……? いや、それだけじゃないのか。他に何かあるか?」


「もう一つは、最初からそこには誰もいなかったパターンだ」

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