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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第九章 館の当主の死を以って
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 そうか……。そうだったんだ。

 これは黒峰の残したダイイングメッセージだったんだ。

 やはりこれは自殺なんかじゃない。


「……おい」


 となれば、この一連の事件も、黒峰や自頭の仕組んだものでもない。他に真犯人がいるんだ。

 そしてその人物は――。


「おい、聞いてるのか? 一人で納得するなよ。抽斗がどうしたんだ?」


 唐突に眼前に英介の顔が現れたものだから、俺は飛び上がりそうな思いだった。

 どうやら目の前の手掛かりに夢中で、すっかり自分の世界に入り浸っていたらしい。

 何度も呼びかけたのに無視されたのが癪に障ったのか、口を尖らせて不貞腐れたような表情の英介だが、今の俺はこの謎を解いた喜びで、対称的に自然と顔が綻んでしまう。それを嘲笑に捉えたのか、さらにむっとして強い口調で詰問してくる。


「おい、答えろよ」


 しかし彼の疑問に答える前に、挟丘が手をぽんと叩いて、俺たちの注意を惹きつけた。


「さて、そろそろ引き上げましょうか。まあ、何ともすっきりしない形になってしまいましたが、一応事件は解決したわけですから。後はあの跳ね橋が下りるまで待つだけですね」


「こう言っちゃうとまた不謹慎だと思われそうだけど、安心したら何だか急にお腹が空いてきちゃって……」


 と腹をさする轟。

 しかし別にそれを責める風でもなく、挟丘も同調した。


「そうですね。もう犯人もいなくなったことですから、落ち着いて食事でもしましょうか。片郷さん、準備してもらってもいいですか?」


 安堵の表情を見せる二人とは裏腹に、片郷は未だ気持ちを切り替えることができないらしい。とはいえ、彼女は使用人という自分の立場を自覚し、眉を顰めながらも仕方なく了承していた。雇い主は死亡したが、殊勝にも最後まで自らの務めを果たそうとしているらしい。


「ぼ、僕は何だか眠くなってきたから、部屋で休ませてもらうよ」


 殺人が起きてからというもの、ずっと神経を張り詰めていた新時は、ようやく人心地ついたという感じで、肩の力を抜いている。

 行動は皆それぞれだが、その中に共通しているのは、やはり悪夢が終わったのだという歓喜と安心。それに尽きていた。

 そのまま、挟丘の言う通りに、一旦俺たちはラウンジに戻ってきた。

 そこから早速片郷が食事の支度のためにそそくさと厨房に向かい、挟丘と湯木と轟はソファに座って談笑を始め、少し離れた椅子に西之葉が陣取った。

 英介もその会話の輪の中に入ろうとしたが、それを俺が制した。


「すみません、俺たちもちょっと疲れたので部屋で休憩してきますよ」


 勝手に自分の行動を決められ、むすっとした顔の英介。抵抗しようと口を開きかけたが、挟丘たちがそれよりも先にどうぞゆっくり休んでください、と促したため、居場所がなくなり結局俺についてくる羽目になった。

 一足先に廊下を歩いていく新時の後ろについて、俺たちもラウンジを辞す。

 ラウンジに残った三人の会話が段々と遠ざかっていき、廊下の角を曲がった頃には、すっかり何も聞こえなくなった。そのタイミングを計ってか、英介が俺の横腹を肘で小突いた。


「で、抽斗のことは結局なんだったんだよ。俺をわざわざ道連れにしてくれたんだから、そのくらい訊いてもいいだろう」


「それはまた後で話すよ。今は第一の事件と第二の事件を調べ直したいんだ。

 確かあの時は、血塗れのコートを着た黒峰さんが雉音さんの部屋から出てきたのを、ラウンジから鏡越しに見ていたんだよな」


 自分の部屋を通り過ぎ、一直線にその問題の倉庫へと足を進める。


「黒峰さんはそのまま廊下の一番奥の倉庫に入って、そのまま出てこなかった。不審に思った俺たちが倉庫の中に入ってみると、もうそこに黒峰さんの姿はなかった。中を入念に調べても、何も見つからずじまい。見つかったのは黒峰さんの指輪だけだ」


「やっぱり単純に、あの遺書に書かれていた通り、倉庫にも何かしらの仕掛けがしてあっただけなんじゃないのか? 俺たちには気づかないような、そんな仕掛けがさ」


 英介はまだ黒峰が他殺だということには半信半疑なようで、あの遺書の内容を信じているらしい。


「そうかもしれないけど……。なんかずっと引っかかってるんだよ。あの時俺たちが鏡越しに見た光景と、俺たちが部屋に入った時とで、何かこう違う感じがしたなあって」


「違う感じって?」


「それがわかれば苦労してないっての」


 第一の事件が起こってから、ずっとそう思っていたことだった。だがそれが何なのか、未だに掴めていない。もう喉のすぐそこまでせり上がってきているような気がするのに、手を伸ばせば届きそうな距離に答えがあるような気がするのに、掴もうとすると幻影のごとくするりと指の間を通り抜けて行ってしまう。

 その歯痒さが気持ち悪くて仕方がない。

 その悩みを抱えたまま、俺たちは廊下の突き当り左側――倉庫の扉の前へとやってきた。

 ここに来れば何かわかるかもしれない。そんな根拠もない一つの希望を抱いて。

 扉を前にまだ色々と考えている俺を尻目に、英介が扉に手をかけた。照明の一つもない薄暗い倉庫の中が見える。

 英介がその中に入り込もうとした時、俺の頭の中には、あの時黒峰が倉庫に入っていく瞬間の光景がフラッシュバックした。扉から射した光を浴びて、黒峰が倉庫に入っていくシーンが。


「そうか……。そうか、あの時……。確かにそうだ、そうだった」


 違う。やはりあの時と今とで、違うことがあったのだ。

 引っかかっていたものはこれだったんだ。

 しかし……それが一体何を意味しているというのか。


「何をぶつぶつ言ってるんだ? 入らないのか?」


 怪訝そうな眼差しで英介が俺を振り返る。

 だが俺はもうそれどころではなかった。ようやっと掴んだきっかけを逃すまいと、あれやこれやと考えを広げていく。


「待てよ。ってことは、もしかして……もしかして」


 思いついたいくつもの真相たりえる可能性のうちの一つが、検問に引っかかる。その可能性をさらに深く吟味し、細部との辻褄を鑑みていく。

 そうしてその解が真相かもしれないと踏んだ俺は、それ以上考えることもなく、走り出していた。


「おい、どこ行くんだよ!」


 俺は英介の制止も振り切り、一目散に廊下の角にある大鏡へと向かう。

 古めかしい装飾の枠に収まった鏡。黒味を帯びた表面。所々についた傷。

 その鏡の中に、ラウンジの光景が映り込んでいた。

 画角の問題で挟丘と西之葉は見えないが、轟と湯木の姿が垣間見える。緊張が解けた轟はまたしてもこれでもかと話しまくっているものの、湯木は一向に見向きもしない。それでも気分を害する様子もなく、それどころか轟は爛々と目を輝かせながら純真無垢に喋りを楽しんでいる。不安や緊張の種が消えたこともあり、いつも以上に饒舌を振るっていた。仮に湯木が空蝉の術で丸太に化けたとしても、気付かずにそのまま丸太を喋り倒してしまいそうな勢いだ。つまらなさそうにしていた湯木は、とうとううんざりした様子で溜息を吐くと、ポケットからスマートフォンを取り出して画面を鏡代わりに髪をいじり始めた。

 そこで俺はまたしても天啓を得た。

 稲妻が身体を突き抜けていくような感覚。


「これだ。これだったんだ、第一の事件の鍵は!」


 これで第一の殺人を実行したのは、あの場にいた誰でもよかったことが示せる。

 ……ちょっと待てよ。誰でもよかった?

 ……まさか、まさか、そういう事だったのか?

 俺の頭に浮かんだ一つの考えは、さらに膨張していき、脳内を支配していく。

 俺のこの考え通りならば、全ての説明がつく。第二の殺人のトリックにも。事件現場に置かれた原稿の意味にも。そして、なぜ犯人がテトロドトキシンという致死率の低い毒を使用したのかについてもだ。

 これまで抱えていた謎が、まさしく一遍に解けていく。

 全ての謎が、今、ひとつながりの真相となって、俺の中に現れた。

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