1
『ラウンジに来たまえ』
「えっ?」
『面白いものを見せてやろう』
「あ、貴方は……」
『黒峰鏡一だ』
一瞬我が耳を疑った。
館内から姿を消した黒峰が、今俺の部屋に電話をかけている。しかし、確かにこの声は、三日前に聞いた黒峰鏡一のその声だ。
何かしら事件に関わっているはずの――あるいは、犯人そのものである可能性の高い黒峰からは、是非とも話を聞きたかった。それが今、はからずも彼の方から連絡を取ってきたのだ。
ここぞとばかりに矢継ぎ早に問い質してみる。
「黒峰さん! 今どこにいるんですか、雉音さんも夜熊さんも、貴方が殺したんですか、もしそうなら、一体どんなトリックを使ったんですか、まだ誰かを殺すつもりなんですか、ラウンジで何を見せると言うんですか」
だが俺のその声は、虚しくももう彼の元には届いていなかった。一頻り言い終えた後に、既に電話は切れてしまっていたことに気付いた。
「くそっ」
重要な情報源との連絡が絶たれ、苛立ちが募る。受話器を投げるように元に戻した。
黒峰はラウンジで面白いものを見せると言っていた。一体俺に、何を見せるつもりなのか。
まさか、また……。
嫌な予感が頭の中を過ぎっていく。
もしそうなら、急いでラウンジに行かなければ。
結からの連絡を待つより、今はこっちのほうが切羽詰っている気がして、俺は考えなしに部屋を飛び出そうとした。
が、ドアノブに手をかけた瞬間、静電気に当たったように、はっとして指を離した。
罠かもしれない。
本当は次に俺を殺そうとしているのではないか。部屋から出てこない俺を、あんな電話でおびき出して。
ドアに這いつくばるように、覗き穴から廊下の様子を窺う。
画角が狭く、ドアの正面付近しか見ることができないが、誰かが潜んでいる感じはしない。
だからと言って、一人で出歩くのは危険だ。
俺は取り敢えず英介に連絡を入れて、彼とラウンジに向かうことに決めた。
テレビでも見ていたのか、眠りかけていたのか、何コールかしてからやっと英介の声が受話器から聞こえてきた。
「どうしたんだよ、こんな時間に」
気怠そうな声。この呑気な反応だと、どうやら彼の部屋には黒峰の電話は来ていないらしい。
「どうしたもこうしたもないって。俺のところに黒峰さんから電話が来たんだよ、今度はラウンジで何かあるみたいだ。ちょっと一緒に来てくれよ」
「それ、本当か……?」
「ホントだって、こんな時に嘘吐いてどうすんだよ」
「わかった、今から行く」
電話を切って部屋を出ると、ちょうど英介も部屋から出てきたところだった。
英介は俺の姿を認めると小走りで駆け寄ってきた。
「で、一体何が起こるっていうんだ?」
「そこまでは言ってなかったけど……」
「まさか! また、誰かが……」
一連の流れを汲んだ英介が行きついた答えも、恐らく俺と同じものだった。表情が強張る。
俺は深刻な表情のまま頷いた。
「その可能性が高いかもしれない」
「じゃあ急いだほうがいいだろ」
廊下を進もうと向き直ると突当りにある例の古い大鏡に、ラウンジの様子が映り込んでいた。
こんな時間だが、まだ煌々と明かりは点いている。
バーカウンターの側に自頭がいた。握り拳を頬に当てているが……。
どうやら誰かと電話をしているらしい。
しかし様子が変だ。食いつくように受話器を握りしめ、唾を浴びせかけるように激しく何かを喋っている。
角を曲がり、俺たちがラウンジに到着する頃には、当惑した状態の自頭が電話の傍で挙動不審に辺りを見回していた。
「どうかしたんですか?」
尋ねながらも、先程黒峰からかかってきた電話が頭の中に思い浮かぶ。
もしかしたら自頭にも……?
そしてその予想は的中していた。
「今しがた、だ、旦那様から連絡がございまして……。面白いものを見せるから、玄関右脇の窓から外を見ろと仰られて……。どこにいられるのか尋ねたのですが、それには何も答えていただけませんでした」
「玄関右脇の窓というと……」
英介がぐるりとラウンジを眺めまわし、やがてその視線が一点で止まった。
玄関右脇には確かに窓があった。他の壁面よりもスペースが限られているので、窓の横幅は細い。腰のあたりから天井付近まで縦長に伸びた窓。
「あれですね」
俺たちは三人かたまって、恐る恐る窓に歩み寄った。
しかし外を見ろと言われても、この位置から見えるのは、外にある巨大な鏡のモニュメントの姿だけだ。ここへ来た初日に見た、玄関脇に建っているワシントンの記念碑のような形をした鏡のモニュメントである。周りの景色はそれが邪魔で何も見えない。
スポットライトで照らし出されたそれの表面に、俺たちの姿が映る。鏡の中の窓に、三人で顔寄せあって神妙な面持ちでいる。
「一体こんなところから何を見せようって言うんだ」
館内の窓はその殆どがはめ殺しで開きはしない。この窓も御多分に漏れずそうだった。
その分、窓に張り付くようにして何が起こるのかと括目していると、視線を彷徨わせていた英介が、唐突に上方を指さした。
「あ、あれは……」




