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鏡館の二階に、影が佇んでいた。
影の前には一枚の扉。影はやんわりとその扉を叩いた。
部屋の中にいるであろうその人物に向かって、優しく声をかける。
「はい、ちょっと待ってください」
扉越しに返事が聞こえてきた。
影は右手に持ったロープに力を込める。左手に携えた原稿を今一度一瞥した。
影の書き上げた原稿。鏡館殺人事件、第三の殺人である。
――夜熊も死んだ。ここからが正念場だ――
扉の向こうでぱたぱたと急ぐ足音が聞こえ、それから鍵の開く小気味の良い音。
影は後ろ手にロープと原稿を隠した。殺意もまた、その笑顔の仮面の下に巧妙に隠す。
「すみません、お待たせしてしました。どうぞお入りください」
彼女に促されて、影は室内に足を踏み入れる。
彼女の背後に続いて奥へと進む影。笑顔はすうと剥がれ落ち、その表情はどんどんと険しくなる。さながら鬼の形相だ。
――殺す、殺す、殺す――
影は彼女に気付かれない様に、ゆっくりとロープを首に回し込んだ。




