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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 周囲に同化した館
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1

 東京駅から、上越新幹線で高崎駅まで。そこからJR上越線に乗り換えて水上経由で湯檜曽へ。これだけでも二時間半弱はかかっているが、さらにそこからバスに揺られること三十分。

 やっとのことで目的のバス停に到着した。

 どうやら付近はダム湖畔の集落のようで、歩道の柵から向こうは湖が広がっており、一車線の道路を挟んで反対側には民宿やホテルも幾つか立ち並んでいる。山奥ながら、それほど寂れた印象はない。むしろ観光客の数は多く賑やかであった。

 この近くに鏡館があるのだろうか。

 辺りをぐるりと見回して、まだ見ぬその館を探そうとした。しかし、周りは見渡す限りの山に遮られ、遠くまで見通すことはできない。

 俺たち以外にバスから降りた十人ほどが、未だにバス停に佇んだまま、同様にきょろきょろと頭を動かしている。どこかへ行こうという気配は見せない。

 恐らくは、彼らも俺たちと同じく、黒峰鏡一の招待客なのだろう。迎えの車を待っているというわけだ。

 頻りに時計を気にするマスク女。荷物に腰掛け、スマートフォンの画面に夢中な若者。一服し始めるハンチング帽。それを煙たがる厚化粧。

 老若男女様々で、一見したところ、共通点などなさそうだ。その上、これだけの人数がいるというのに、誰一人会話を交わそうとしないところを見ると、顔見知りはいないようである。

 澄み渡った秋空のもと、どことなく気まずい空気が漂う。

 しかしそれも、有難いことに長くは続かなかった。

 ようやく駅とは逆方向――さらに山の奥の方から、一台のマイクロバスがやってきて、俺たちの前に停まったのである。


「皆様、遠いところ、ようこそおいでくださいました。わたくし、黒峰鏡一様の執事、自頭明助じとうあきすけと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 車の運転席から降りてきたのは、黒衣を身に纏った白髪の老紳士だった。黒の蝶ネクタイに、薄い黒のシャツ、そしてその上にまたも黒のスーツ。全身黒ずくめである。顔中に湛えられた多くの皺から見ても、かなり年を食っているようであるが、姿勢はぴしっとしている。髪が後退していることもあるが、痩せて頬が少しこけているからか、面長に感じる顔立ちだ。瞼が開いているのか閉じているのかはっきりしない程の細い目。鼻の下にはこちらも髪と同様真っ白の髭が蓄えられている。


「さて、早速ですが、皆様の招待状の確認をさせていただきます」


 低い物腰で、丁寧な喋り方だ。いい具合に嗄れた低音の声は、不安な心をどことなく落ち着かせてくれる。


轟隼人とどろきはやと様」


 名前を呼ばれた男は手を挙げる。自頭に一歩近寄り、懐から取り出した招待状を見せつけた。

 年齢は若く、俺や英介と同年代に見える。茶色がかった髪をワックスではねさせ、耳にはピアス、服装はポロシャツにジーパンと、どこにでもいるような今風の若者といった出で立ち。しかしながら彫りも浅く鼻も低いという平坦な顔。それに加えて目尻が垂れているので、見た目で無理矢理気取っている感が否めない。はっきり言ってしまうと、似合っていない。

 自頭は招待状を確認すると、轟を車の中へと促した。

 続いてリストを確認して、名前を呼ぶ。


湯木波夏ゆぎなみか様」


 次に自頭に歩み寄ったのは、化粧の濃い若い女だ。

 鎖骨のあたりまで伸ばし、毛先をカールさせた明るい茶髪。横長の目をさらに強調させるようなメイクに、けばけばしい長い睫毛。赤のリップグロスで艶やかに装飾した、潤いのある唇。そして胸元の開いた露出度の高い挑発的な服装と、それに見合う出るところの出ているグラマーな体型。すらりと伸びた細い腕や脚は、そのスタイルの良さを際立たせる。山にはまるで似つかわしくないハイヒールまで履いていた。可愛らしいというよりは、妖艶という言葉がしっくりくる。自然の溢れるこの田舎町では、どう見ても浮いている格好だが、それが逆に彼女の魅力をいくらか増長させているようにも感じる。

 確認が取れて車の中に乗り込む彼女。


挟丘拓真はざおかたくま様」


 次いで呼ばれたのは、短い無精髭で口元を覆った男。もみ上げにまで繋がってるその髭をさすりながら、ポケットを弄って招待状を取り出した。

 天然パーマの頭だが、無造作に伸ばしているせいで、かなりぼさぼさして不潔な印象を受ける。おまけに酷い猫背で、本来の身長よりも頭半分ほどは小さく見えた。先程からずっと気難しそうに眉を顰め、眉間に深い皺を刻ませている。

 白のワイシャツに黒のタイトなズボン。字面だけだと格好はまともに見えるが、実際には上下ともよれよれで、シャツの袖口などは黒ずんでいる。靴も履き潰されていて、酷く汚れていた。お洒落には無頓着な、着たきり雀といったところだろう。

 彼の姿もバスの中へと消えた。


新時告にいどきつぐる様」


 次は紺のスーツに身を纏った、いかにもサラリーマンといった風体の男だった。

 七三に分けた髪の毛。太い眉毛に小さな目。ただでさえ細面な顔立ちだというのに、がりがりに痩せているために、余計に細長く見える。頬がこけて随分とげっそりしているみたいだ。目の下には隈まである。

 小柄で小動物のようにきょろきょろと辺りを見回して挙動不審。目は泳いでいる上に、自頭に示した招待状を持つ手が小刻みに震えていた。顔色も血の気が失せて真っ白である。極度の緊張しいなのか、はたまたクスリでもやっているのか。


「体調がお悪そうですが」


 自頭が心配したものの、彼は無視して車に乗り込んだ。


西之葉桜にしのはさくら様」


 眼鏡をかけた長い黒髪の女性が前に出る。先程の湯木とは対照的に、落ち着いた清楚な格好。女っ気が微塵も感じられない地味な格好、と言った方が適した表現だろう。

 底の薄いスニーカーに、色合いの地味な黒っぽい長袖のシャツと長ズボン。徹底的に露出を抑え、少し大きなシャツで体型も誤魔化している。おまけにマスクまでしているから、髪が長くなければまず一見して女だとは思われないだろう。

 一応自頭にはマスクを外して、顔を確認してもらっていたが、その顔も化粧は控えめで、どことなく野暮ったさを感じる。丸顔で小鼻、唇は薄くて口も小さい。醜女というほどではないのだから、ちゃんと化粧をすれば、少しは綺麗になるはずだと思った。

 その彼女は、自頭が荷物をバスのトランクに入れようとした時、慌ててそれを制していた。


「ああ、それ! 自分でやりますから、大丈夫です」


 神経質そうな棘のある声。

 急に大声を出されてびくりと停止した自頭の隙を突いて、手が荷に触れられてしまう前に、ひったくるようにして動かし、自らトランクに載せた。

 もしかしたら、潔癖性なのかもしれない。

 これには流石に自頭も面食らっていたが、すぐに平静を取り戻した。

 

夜熊保やくまたもつ様」


 呼ばれた男は煙草を吹かしていた。

 チェック柄のハンチング帽を被り、色の薄いサングラスをしている。日本人離れした彫りの深い顔。サングラスから透けて見える目は鋭く、大きな鷲鼻が特徴的だ。もう秋だというのに、半袖のアロハシャツに半ズボンでサンダルという出で立ち。袖から伸びた腕や脚はこんがりと焼けていて、がっしりと筋肉もついている。横にも大きい身体だが、これを見るとどうやら脂肪や贅肉ではなく、鍛えられている身体なのだろう。

 彼の名前を聞いて、英介が反応した。


「夜熊保って、あの夜熊保か?」


「なんだ英介、知ってるのか?」


 そう訊いてみると、英介は目を丸くした。


「いや、逆になんで知らないんだよ。ここ最近じゃあかなり有名な映画監督だぞ。ニュースでもよく出てくるだろう。何とか賞にノミネートされたとかで。ホラーやアクションを得意としてて、その独自の演出方法は”ヤクマ・マジック”って呼ばれて、海外でも高く評価されているんだよ」


「へえ」


 初めて聞いた。

 俺は映画はあまり見ない――知っているのはせいぜい洋画の有名所くらいだ――し、ニュースはもっと見ないのだ。

 残り三人となったところで、自頭が訝しい表情を俺たちに向け始めた。


雉音定春きじねさだはる様」


 名前を呼ばれた男が自頭に一歩近寄り、懐から取り出した招待状を見せつけた。

 こちらの男もかなり年上に見えるが、自頭ほど老けては見えない。彼とは対照的に恰幅が良く、その上髪もまだ黒くふさふさしている故の印象だろう。恐らくは還暦ぐらいの年齢か。

 額の中央に大きな黒子があるせいで、まるで大仏である。しかし大仏とは違って、既にそれなりに酒を飲んでいるらしく、赤ら顔の目はとろんとしており、こちらまで息が臭ってくる。

 自頭は招待状を確認すると、危うい足取りの雉音を車の中へと促した。


「槻源蔵様」


 そこで英介が、おずおずと前に一歩進んで、小さく手を挙げた。


「あの……、槻源蔵は諸事情で来れませんので、孫の僕――槻英介が代わりに来たんです」


「諸事情ですか」


 自頭の細い目が開かれる。鋭い視線に英介はたじたじになった。


「あ、えっと、その……実を言うと祖父は半年ほど前に亡くなりまして。生前、黒峰先生とはそれなりに付き合いがあったと聞いていましたから、手紙で返事を出すだけというのも、あっさりし過ぎていて申し訳ない気がしたので、僕が代理で……。ダメでしょうか?」


 額から冷や汗が吹き出ている。やましいところなどないのに、これではそう思われても仕方がない。

 しかし自頭は少し考えていたが、結局は納得したようだ。


「そういうことでしたら、問題はないと思いますが。……ところで、そちらの方は?」


 あくまで物腰は丁寧だが、不審者を見るような目で、今度は俺を見据え、掌で指し示した。


「あ、彼は末田光輝(こうき)と言いまして、僕の友人なんです。僕一人ではどうも心配だったので、ついてきてもらったんです」


 英介のことはまあ認められる範疇だとしても、俺のことは一人では判断できかねるのだろう。難しい顔になって、暫し沈思黙考していたが、


「何を揉めてるのか知りませんけど、向こうに着いてからにしてもらえませんか。ここまででも長旅でもう疲れちゃって」


 と、バスの中から催促する若い声。

 それに急かされる形になって、一旦この場は自頭が折れた。すっきりしないままだが、取り敢えず俺も同乗させてもらって、ようやく鏡館へと向かうことになった。

 どうにか先に進むことができたが、まさか館に着いてから追い返されたりしないよな……。

 不安は未だに拭いきれず、気が気ではなかった。バスの中でも、俺はそわそわしたままだった。

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