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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第五章 図書室を這い回る影
28/63

5

 図書室に入ってみると、そこは既に整然と片付けられていた。

 机の上にも、本は一冊も置かれていない。昨日の昼に探索した時と同じように見受けられる。

 それに気付いた挟丘が、新時の顔を疑わしげに見る。


「机の上の本がありませんね」


 すべて彼の妄想だったのではないかと言わんばかりの眼差しだ。

 新時がすかさず弁解した。


「僕は、触ってない」


「新時さんが逃げた後、犯人が片付けたんでしょうね」


 言いながら俺は本棚を見回した。

 そう考えるのが妥当だった。全ては新時の妄想。俺たちにそう思わせられれば好都合だと、犯人は考えたのだろう。


「それで、一体どうやってこの部屋に隠れたというんだね。こう見せられると、やはりどこにも隠れられそうなところはないように思うんだが……」


 夜熊も周囲に目を配っている。

 四方の壁をすっかり本棚に埋め尽くされ、唯一ホールに通じるドアだけが、棚に阻害されずに剥き出しになっているだけだ。棚の中も本がぎっしりで、とても人が隠れるようなスペースなどないように思える。

 そして、中央には書き物机。いくらなんでも、この机の下では、新時に気付かれてしまっただろう。

 確かに、一見するとこの空間に潜められるような場所など、皆無なように思える。

 だが――、


「その前にまず、新時さんの話に、おかしな点が一つあることに気づきませんでしたか?」


 俺は全員に向き直って尋ねてみた。

 しかし、夜熊や轟は首を傾げるばかりだ。


「おかしな点? いや、特には……」


「もしかして、本の量……ですか?」


 そこに西之葉が唐突に入ってきた。

 それまでただただじっと静観していただけだったが、案外そうすることで、客観的に冷静に物事を見ているのかもしれない。

 実際、彼女の指摘は的を射ていた。


「そうです。西之葉さんは気付かれたようですが、こうして見てみると、本棚は隙間なくびっしりと書籍で埋められています」


 俺は今一度、この図書室の蔵書を見るように促した。

 するとそこで、今度は挟丘が声を上げた。


「あっ、そうか。新時さんの言うように、分厚い本が何冊も机の上に出ていたのなら、本棚にその分の空きがないとおかしいですね」


 その通りだ。

 俺は満足気に頷いた。


「そうですそうです。しかし新時さんは言ってましたね。本棚に隙間は殆どなかったと。つまり犯人は、本棚から本を抜くことによってできた、その分のスペースに隠れていたんですよ」


「そうだとしても、本に混じって人が棚に寝転がっていたら、いくらなんでも新時さんが気付くはずだろうに」


 英介がまだ不服そうに腕を組んでいる。

 そのまま隠れただけなら、当然見つかっていただろう。


「だからこうして――」


 俺は棚の一番下、分厚い学術書の並んだ部分から、本を引っ張り出した。身体がすっぽり入りそうなくらいに本を取り除くと、さらに別の場所から、薄めの本を何冊か持ってくる。

 床に這うようにして、棚の中に実際に身体を潜り込ませ、持ってきた本の表紙を外側に向けるようにして、身体に立てかけさせる。

 つまり、本棚に入った自分の身体を覆い隠すように、薄い本を並べて蓋をしたというわけだ。


「身体をカモフラージュしたってわけさ」


 ほうっと、嘆声が漏れ出た。


「なるほど、比較的薄い辞典を、表紙を見せて立てかけるようにして、身体を隠したんですね」


 納得した様子の挟丘の声が聞こえた。

 俺は本棚から這い出して、服に着いた埃を払う動作を無意識的にしたのだが、その実殆ど埃など付着してはいなかった。黒峰の几帳面さが窺い知れる。


「ええ、この辺りはもともと表紙か背表紙かの区別もつきにくいような、分厚い書籍が入っていたところですからね。辞典や学術書にはカバーもないし、デザインもシンプルだから、表紙と背表紙の区別がしにくい。ましてや、……こう言ってしまうのもなんですが、新時さんが怯えきってしっかり見ていなかったとすれば、なおさらですよ」


 遠慮するように新時を横目で見てからそう口にしたのだが、案の定彼に睨まれた。

 怯えていたのは事実だろうが、それを認めたくはないようだ。


「じゃあ、あの這いずるような音は何だって言うんだ?」


「それはまさしく、犯人が這って本棚に隠れようとしていた音でしょう。あるいは本を取り出した時の音かもしれません」


 新時の苦し紛れの反駁もにべもなく一蹴すると、俺は皆に向き直った。


「この方法なら、棚から本が出されていたにも関わらず、本棚に隙間がなかったことも説明付けられます」


「いやしかし、さすがですな。あの新時さんの話だけで、トリックを看破するとは」


「確かに」


 感心したような夜熊と挟丘だったが、挟丘の方は探偵役のお株を奪われて、あまり面白くないようだった。どこかぶすっとした、不貞腐れたような表情である。


「とすると、やっぱり昨晩、この部屋に犯人――つまりは黒峰先生がいたわけでしょう。で、先生は、一体何をしていたんだ?」


 轟の呈した疑問には、俺も首を振るしかなかった。


「それは……俺にもわかりません」


「なんだ」


 落胆を露わにする轟。

 期待外れだとでも言いたげな口調だ。

 その言い草が少し癪に障ったが、本当のことだから致し方ない。

 周りの面々も落胆を隠せない様子だ。湯木や西之葉も俺にひょっとしたら、という感情を抱いたようだが、肩を落としていた。

 ただ、結と晶だけは何やらひそひそと話し合いながら、俺の方をちらちらと見てきていた。

 その様子に、俺は首を捻る。俺の顔に何か付いているのだろうか。

 顔を撫でて掌を見てみるが、別に何の異変もない。寝癖も直したはずだし、何より俺を気にしているのは二人だけだ。

 妙に気恥ずかしく感じて、顔を赤らめつつ視線を逸らした。

 ともかく、今ある情報だけでは、俺にもとてもこの事件の全容を掴むことができない。第一の殺人のトリックだって、未だにとっかかりさえ掴めていないのだ。

 ただ、あの日の朝から何かこう、頭の隅に引っかかるものを感じている。しかし、その正体が何なのか、それがわからない。自分の不甲斐なさを悔やんだ。

 こうしている今も、犯人は淡々と次の獲物を狙っているに違いない。

 阻止したいのは山々だが、どう来るのかわからない現状では、何の手の打ちようもなかった。

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