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一連の新時の話が終わると、一同呆気にとられていた。
「ふうむ……。なるほど、確かに……それは驚きだが……」
夜熊も唖然としているものの、それを真に受けるべきかどうか、気に病んでいるようだ。
無理もないだろう。
新時のこの怯えようでは、幻覚を見たと考えても不思議ではない。
彼は怪奇幻想小説家だ。ホラーめいたストーリーを脳が勝手に補完してしまうことだって、あり得るかもしれない。現に悪魔だの魔物だの、現実離れしたことを言っていたではないか。
元々誰も図書室にはいなかったが、新時が幻聴を聞いただけだったとか。そういう捉え方をする方が自然だ。
他のメンバーも流石に懐疑的な表情である。彼の証言だけでは信憑性に欠けるのだ。
「本当に誰かいたのかなあ? 幻聴とかじゃないんすか」
轟が率直に疑問を呈する。こう言う時、相手に失礼なことでも臆さず単刀直入に質問できる存在がいるのは有難い。
新時は不愉快そうな顔になったが、それでもちゃんと答えた。
「確かに聞きました。物音だけじゃない。声もちゃんと聞いたんです。それは間違いありません。信じてください」
「どうかなあ。黒峰先生を見たって言ってた割に、さっきの話じゃあ、姿は見ていないみたいだったし」
「それは……」
痛いところを突かれて新時も言い淀んだが、それで話の全てが嘘だと思われては困るようで、慌てて弁解をし始める。
「姿を見たっていうのは、確かにちょっと誇張しすぎましたが……。誰かいたのは間違いありませんし、ともかく、あれは黒峰先生に決まってます。夜な夜なこそこそ隠れて図書室で何かする必要のある人なんて、先生以外考えられないでしょう」
彼の顔も声も真剣そのものだ。あまりの迫力に双子や轟は少し引いている。
まあまあと夜熊が彼の興奮を抑えると、今度は挟丘が尋ねた。
「う~ん、そもそも、その人物は本当に消えたんでしょうか。どこかに隠れていただけでは? 図書室に、隠れられそうな場所はありましたか? 例えば、机の下とか、棚の中とか」
「つ、机の下は確認しました。もちろんそこには誰もいませんでしたし、棚だって本がぎゅうぎゅう詰めで、ひ、人が入れるほどのスペースなんてあったら、気付いたはずですよ」
馬鹿にするなとばかりに新時。もちろん、挟丘はそんなつもりではなく、単純に確かめたかっただけだろうが。
実際、新時の剣幕など見向きもしないで、一心に顎に手を当てて何か考え込んでいる。
「だったら、音が録音されたものだったというのは考えられませんか? ミステリーとかだと、そういうのってよくあるじゃないですか」
そう訊いたのは片郷だ。しかし新時は、呆れたように返す。
「録音って……。あの部屋には、そんなものを再生する機材はないんですよ。それに、あれは絶対に録音なんかじゃありません。扉越しに音が動いていました。流石に録音だったら、そこまでは再現できないでしょう」
「ううむ、そうなると、確かに消えたと考えるしかあるまいな。まあ、隠し部屋でもあるのなら話は別だが」
ひとしきり熟考していた夜熊の隠し部屋という言葉に、湯木も同調する。
「そうですね、一度図書室をよく調べた方がいいかもしれませんね。何しろここは、黒峰さんのお屋敷ですからね」
参加者たちは、図書室を調査する方向で話を進めていこうとし始めたのだが、そんな必要は微塵もない。
今までの新時の話を聞けば、扉の向こうにいた人間が――それが誰かまではともかくとして、少なくともどこに隠れていたのか、そのくらいは察しがつくはずなのだ。
彼の話にはおかしな点があった。そこから考えれば、すぐに見当がつく。隠し部屋も隠し通路も何も関係ない。もっと単純なトリックで、犯人は身を隠したのだ。
誰も気付かなかったのだろうか。
「どうしたんだ?」
不謹慎な笑いを噛み殺しているのを英介に見抜かれた。
隠しておく意味もない。
せっかくなので、俺はここで、自分の考えを披露することに決めた。
「いや、だって、今の話でどこに隠れていたかわかると思ってさ」
「ええっ、そんな馬鹿な! どこに隠れたって言うんだ?」
英介の驚きに、みんな釣られて俺の方を見る。
「わかったのかね、君」
「ほう、是非聞かせてもらいたいものですね」
夜熊や挟丘も興味津々だ。ただ、挟丘の方は半信半疑と言った風で、怪訝そうな目つきでもある。
自分にわからないのに、こんな三流大学生にわかるはずがあるか、という自分への自信の表れだろうか。
だが、推理には学歴は関係ない。重要なのは、普段とのちょっとした差異に気付けるかどうか。そして、物事を結びつける屁理屈と閃きだ。
少なくとも俺はそう思う。
しかし、英介はまだ信じられないといった様子である。
「お前も図書室を見に行ったじゃないか。あの部屋は本棚と机しかなくて、隠れられそうな場所は限られてるし、新時さんはそこをちゃんと確認してから、誰もいなかったって言ってるんだから。もうあとは、隠し部屋くらいしか思いつかないだろう」
「それは違う。あるトリックを使って、図書室の中に隠れていたんだよ」
「あるトリックだって?」
見当もつかないのか、轟が首を捻る。
俺は頷きを返した。
「ええ。ただ、トリックと言っても、非常に簡単な子供騙しのようなものですよ。新時さんが深夜に図書室にやってきたのは、ほんの偶然だったわけですからね。凝ったトリックで身を隠す時間などなかったんでしょう」
「それでそのトリックとは、どんなものだって言うんです?」
挟丘に先を急かされたが、この場で口だけで説明するのは難儀だ。
「わかりました。それなら、実際に図書室に行ってみましょう。その方がやりやすそうですから」
そう言って、俺は皆を引き連れて、三階の図書室に向かった。




