2
目を覚まして起き上がると、またしてももう一人の自分と目が合った。
流石に二度目だったので、すぐに鏡だと認識できたものの、まだ半分夢の中の寝ぼけた頭では、どうしても不意を突かれて一瞬びっくりしてしまう。
時計を見ると、八時数分前だ。まだ眠り足りないようで、止めどなく欠伸が繰り返される。
しかし、早く行かないと、またしても自頭に呼ばれる羽目になるか、そうでなくとも夜熊や英介あたりに揶揄われるのがオチだ。
慌てて着替えて髪を直すと、部屋を飛び出てラウンジに向かった。
どうやら俺が最後だったようで、既に全員揃っていた。
雨がまだ降っているようで、ラウンジの窓には水滴が昨晩と変わらぬ勢いで流れている。
それにしても、もうすぐ八時だというのに、食事の準備が未だに揃っていない。ワゴンの上に銀に光るクロッシュが被せられたまま。テーブルの上には花瓶だけだ。
「今朝は全員無事のようだな」
夜熊が冗談めいた台詞を吐いたが、その口調は真剣そのものだった。
第二の殺人がいつ起こってもおかしくない。
昨日言っていたように、やはりこれが連続殺人に発展することを危惧しているのだ。
確かに今朝は全員の生存が確認されたが、なぜか新時の様子がおかしかった。昨日の夜にはある程度落ち着いていたように見えたのだが、今朝また怯えがぶり返したように、自分の身を抱くようにしてぶるぶる震えている。
そもそも他の面々も、彼を取り巻くようにして立っている。
「ところで、どうかしたのか、新時さん」
寝ているはずなのに、彼の顔色は昨日よりも一層酷くなっていた。
それで英介に小声で訊いてみたのだが、
「さあ……、俺もさっきここに来たばっかだから。よくわかんないんだ」
と当惑を隠せない表情だ。
目を泳がせて肩を震わせながら、ぐるぐると小さく円を描くように歩き回る新時。やはりその姿は尋常ではない。だが、全員が無事であることから、何か新しく事件が起こったというわけでもないだろう。
俺は近くにいた夜熊に尋ねてみた。すると夜熊はハンチングの上から頭をぼりぼりと掻いた。
「彼か。なんでも昨日の夜、黒峰先生の姿を見たというんだが……」
「本当ですか? どこで?」
黒峰は殺人が起こって以降、杳として行方知れずとなってしまった。この、完全に外界から隔離された館にもかかわらず。
少なからず彼は事件に関与しているはずだ。だからこそ、彼と接触して事情を聞くことができれば、それが最も手っ取り早く事態の進展を得られる方法だろう。
それで俺も、半身を乗り出して尋ねたのだ。
しかし、夜熊は首を振った。困惑したような表情を浮かべている。
「それはまだだ。何ぶん、かなり怯えているようだから、説明がわかりにくくてな。信じてもいいものかどうか……」
夜熊がそう口にした瞬間、新時は弾かれたように食ってかかった。
「間違いないですよ。僕は本当に見たんです。図書室で、黒峰さんを!」
ラウンジがざわついた。まだ夜熊以外は殆どが事情を知らなかったようで、お互いに目を見合わせている。結や晶は顔を寄せ合ってひそひそと何か話し合っていた。
黒峰の姿を図書室で見たって?
もしそうなら、何かしら事件に関することかもしれない。
「そ、それは本当でございましょうか、新時様」
自頭が確認しようとするが、それを新時は疑われていると勘違いしたらしい。今度は彼を睨み付けて、詰め寄った。
「信じてくれないんですか。僕の言う事は信用ならないって言うんですか!」
彼の目は血走っていて、ぎょろぎょろとしている。目の下の隈も酷い。寝たはずだと思ったがどうやらこの様子では、一睡もできなかったのではないだろうか。
その鬼気迫る表情に、自頭も思わずたじろぐ。
「まあまあ、落ち着いてください。誰も、何もそこまで言ってはいませんよ。まずは順を追って、ゆっくり説明してください」
俺が身体を張って必死に宥めると、彼は幾分か冷静さを取り戻したようだった。
「あ、あれは……確か、そう、深夜二時頃でした。雉音さんが殺され、しかもその、惨い死体を見てしまったせいで、正直不安で不安で、全然眠れなかったんです……」
徐々に深夜の体験を打ち明け始めた。




