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アリバイ調査が済んで、この場は一旦解散となった。
轟や新時、湯木がそそくさと部屋に引っ込んだが、それでも大半はラウンジに残っていた。
部屋に引き篭ったところでどうしようもない。それで助かる保証などどこにもないのだ。その上、一人で孤独に命を狙われる恐怖と戦わなければならないなんて御免だ。それならば、大勢で固まっていた方が狙われにくいはず。不安も少しは誤魔化せられるはずだと、この場に残ったメンバーはそう考えていた。
だが、残っていても今は特にこれ以上やるべきこともない。殺害現場も消失現場も、もうある程度調べたし、関係者の行動まで調べた。他に一体何ができるだろうか。
そんな風に一人黙考していたが、
「ちょっと気分転換に、遊戯室にでも行かないか?」
唐突に夜熊がそう切り出してきたから、俺たちも驚いた。
「こんな時に、と思うかもしれないが、少しでも気を紛らしたいんだよ」
彼の言い分ももっともだ。
何もせずにラウンジで黙って固まっていても、居心地が悪くなるだけだし、何より今の手持ち無沙汰が少しでも解消されるなら、願ったり叶ったりだ。
そういう訳で、俺はその話に乗った。
「そうですね。ここでしんみりしていてもどうなるわけでもありませんし」
すると、他の人たちも次々賛成しだしたので、結局全員で遊戯室に向かうことになった。
「じゃあ、私たちは飲み物をお持ちいたしましょうか?」
片郷が気を利かせてそう訊いてきたので、甘えることにする。
「ああ、片郷さん。お願いします」
自頭と片郷は厨房へと向かい、俺たちは遊戯室の扉を開けた。
遊戯室の中央にはビリヤード台が、壁際にはダーツ台が設置されている。その他にも、棚の方にはボードゲームやカードゲームが置かれていた。トランプやウノ、オセロやチェスのような馴染みの深いものから、ドミニオンやモノポリーといったコアな物まで用意されている。ただ俺はその辺になると殆ど遊び方を知らない。
結と晶と西之葉はトランプを始め、俺と英介に挟丘と夜熊でビリヤードをすることになった。
ナインボールなんて、ルールはなんとなく知っているが、やったことなど一度もない。しかし、ここであぶれてあの女性三人の輪の中に入っていけるほどの度胸を、俺は持ち合わせていなかった。
「まったく、まさかこんな事に巻き込まれるなんてな」
ブレイクショットを打った夜熊が、大層面倒そうな声で言った。凄まじい威力だったが、ボールはポケットに入らない。
一番ボールを狙いながら、挟丘も彼に同調する。
「ええ、ミステリーはそれなりに好きですけど、自分がその世界の中に入り込んでしまうなんて、夢にも思ってませんでしたよ」
――カッ、カッ。
小気味のいい音を立てて、白球が一番に当たり、一番はポケットのすぐ近くの六番にぶつかる。しかし、六番はエッジに嫌われ、あらぬ方向へと転がった。
挟丘が小さく舌打ちする。
「君たちも災難だな。飛び入りで参加したようなものなのに」
夜熊が俺と英介に話題を振った。
「いえ、こういうのは慣れっこですから」
咄嗟に俺は口を滑らせてしまった。
言った傍からあっと口を塞いだが、挟丘が目敏く見過ごしてくれない。
「慣れっこ?」
「あ……、いや、その……」
面倒事は御免だ。それに、事件のことはあまり思い出したくない。他人にひけらかすようなものでもない。
頭を掻きながら、どうしたものかと口籠っていると、丁度その時、遊戯室のドアが開いて、自頭と片郷が飲み物を運んできた。
渡りに船とはこのことだ。
「飲み物をお持ちいたしました」
「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれ」
この隙に、話を逸らしてしまおう。とそう思ったのだが、なんと英介が自分からその話題を再開してしまった。
「実は、以前にもこんな事件に巻き込まれたことがありまして」
「それって、昨日言ってた、新潟のお祖父さんの事件の事ですか?」
「あ、それだけじゃなくて、他にも何度か」
他の事件のことまで口にするつもりのようだ。せっかくの機会を台無しにしてくれた英介に睨みを利かせるが、彼は俺の心中には全く気付いていないようで、
「お陰で色々大変な目に遭ったよなあ?」
と同意を求めてきた。
「ほほう、まさに巻き込まれ体質ってわけか。ミステリーものの主人公みたいだな」
「どんな事件なんです?」
そのせいで、二人とも興味深そうに突っ込んでくる。英介の番だというのに、プレーを促そうともしないで、事件の内容を聞きたがっている。
それ以上話す必要もないだろうと、英介の肘を引っ張って諌めようとしたのだが、彼はまるで聞く耳を持たない。
自分も遭遇した長野と東京の事件を、仰々しい口振りで彼らに打ち明けていた。
暫しの間、ビリヤードの存在そっちのけで二人は耳を傾けていたが、英介の話が終わると、
「ああ、東京の大学での事件は聞いたことありますね。まさか構内で殺人だなんて、物騒な世の中だなと思ったものですよ。うちの大学じゃなくてよかったとも思ってましたけど、まさかあれに関わっていたとは」
「長野の事件もセンセーショナルに報道されていたから覚えているよ。地元の伝説になぞらえた殺人だなんて、まさに本格ミステリの世界だと不謹慎にもそんな印象があったなあ」
二人とも、それぞれ反応を示した。どちらの事件も直近の一ヶ月くらいに起こったものなので、まだ記憶に新しいのだろう。
それにしても、改めて考えてみれば、一ヶ月の間に三件も殺人事件に巻き込まれているのだから、自分でも驚きだ。これまで平穏に暮らしていたというのに。
オカルトは信じない質だが、こうなるとやはり憑き物でもあるのだろうか。東京に戻ったら、神社でお祓いでもしてもらおうかと、そんな考えが過ぎった。
勘のいい挟丘が、さらに余計な質問をしてくる。
「それで、もしかすると君たちは、その事件の解決に一役買ったとかそういうこと?」
「あ、いや、そんなたいそれたことじゃないんですけど……」
英介を放っておくと、またしても有る事無い事ぺらぺらと捲したてそうなので、俺が先手を打って否定したのだが、二人はそれを謙遜と受け取ってしまったようだ。
「いやいや、それは凄い。まさに蒲生鏡介ばりの名探偵だ。それじゃあ今回の事件も、さくっと解いてくれそうだね」
「もっと胸を張ってもいい事だと思いますよ。警察の捜査に貢献しているわけですから」
などと調子良く煽ててくる。
なんとかそれ以後の追及を躱し、ビリヤードの方を再開させた。
ど素人の俺のプレーは、それは酷いものだった。勢い余って盛大に打ち損じするわ、狙って突いたはずの手球が明後日の方向に飛んでいくわ、おまけにラシャを破くわ。目も当てられないセンスのなさだった。あまりの下手さに挟丘と夜熊も、表面上は慰めてくれていたが、その眼差しには哀れみが含まれ、若干退いてさえいた。
英介も初心者だとは言っていたが、俺とは月とすっぽんだ。何より、まともにボールを突いて、狙ったボールにしっかり当てている。
トランプチームの方は、いつの間にか片郷も加わって大富豪に興じていた。とは言っても、やはり結や晶は父親のことが気掛かりなのか、どこか上の空といった様子。西之葉もマスクのせいか、殆ど反応が見受けられないから、片郷が一人で盛り上がっているような状態である。どうやら彼女は戦略を立てるのが酷く苦手なようで、いいカードを手札にしていても、大貧民になってしまうらしい。
ビリヤードをやりながらでも、彼女の大声でそれがわかった。
自頭はそんな俺たちをただ傍観している。あまりにも微動だにしないので、細い目のせいもあって、立ちながら寝ているようにも見えた。
ゲームも終盤に差し掛かった頃、今度は挟丘が切り出してきた。
「ところで、今回の事件、どう見てますか?」
「気晴らしにビリヤードしてるのに、結局その話になるんですか」
少々うんざりしてそう言ったのだが、気分転換しようと主張していた夜熊は、言い出しっぺの癖に挟丘の肩を持った。
「だが、今日を含めて後三日、ここに缶詰にされるわけだからな。目を向けなければならないだろう」
「そうですよ。犯人は既に一人殺しています。しかし、まだ二日目の上に、現場には見立ての原稿があった。あまり言いたくはないですけど――」
挟丘はおいでおいでのジェスチャーで俺たちを寄せ集めると、周りを憚って声を潜めた。
「私の考えだと、これからまだ殺す気ですよ、犯人は」
「ええ!? どうして」
当たり前のことなのに、挟丘の発言に対して、まるで世紀の大発見でもしたかのように大仰に驚く英介。その大声に、トランプに興じていた女子グループもぎょっとした。
まったく、見ているこっちが恥ずかしくなる。
「ちょっと考えればわかるだろう。最初から一人だけのつもりなら、最終日に殺せばいいんだ。この閉鎖空間で、二日目に実行してしまうのは、自分の首を絞めるようなものだ。その上、犯人は黒峰さんの推理小説の原稿どおりに殺している。鏡館は長編と言っていたから、少なくとも複数人の死者は出るだろう。見立てなら、犯人はまだ殺す可能性が十分にあるってわけさ」
端的に説明すると、英介は感心したように頷いていた。
「それから、凶器のナイフは、犯人が持ち込んだものだとわかりましたよ」
挟丘が話題を転換した。俺が過去に殺人事件を解決したということもあって、意見を聞きたいのか、自分たちが調べたことを報告してくれる。
「実はさっき館内を調べた時に、厨房でナイフが盗まれていないか、皆で確かめたんです」
夜熊がその後を継ぐ。
「幸い、片郷さんがリストを持っていたから、調べるのはそれほど苦ではなかったよ。で、ナイフは全部揃っていた。つまり――」
そこまでくれば、俺にもわかる。
「雉音さんの胸に刺さっていたのは、犯人のものってわけですね」
「そういうことです」
少々不満げに挟丘が頷いた。自分でその論理を披露したかったらしい。
「――やはりこれは計画殺人ってことになるんでしょうね」
「その可能性が高いな。ナイフの件だけじゃなく、誰が犯人だと仮定しても、あの空間から脱出するのに何らかのトリックを使っていることになる。そんなものが、たった半日で思い浮かぶとも思えない」
挟丘も夜熊も、俺と同じような結論に至っていたようだ。
「ところで自頭さん、招待客が誰かを事前に知ることができた方はいますか?」
挟丘の唐突な質問にも、彼は即座に対応しようとした。
「はい、それは旦那様と……」
しかし、突然自頭は口を噤んだ。
執事として長年働いてきた癖か、本来は喋りたくないことまで、咄嗟に口をついて出てしまうらしい。
「自頭さん、長いこと仕えてきたご主人の不利になるようなことなど、執事としては口が裂けても言えないとは思います。しかし、事は人の命に関わることです。今後もまだ殺人が起こる可能性も高い。もう体裁を気にしていられる場合ではないんです。どうか、話してください」
挟丘が静かな物腰で自頭に頼み込む。しかし、重要な情報を得られるかもしれないだけに、逸る気持ちで少し早口になっていた。
暫くの間逡巡していた自頭だったが、小さく溜息を一つして、ようやく重い口を開いた。
「……私としたことが、こうした仕事に私情を挟んではならないのですが、まだまだ執事としては半人前ですね。わかりました。お話しいたします」
そう言うものの、まだ躊躇っていたのか少し間を置いたが、彼は観念して話し始めた。
「今回のパーティーの招待客については、旦那様と私で選んだのです。雉音様などは、むしろ私が提案した方です。この機に亡くなられた奥様についての誤解を解き、関係を修復できればと思いまして。
招待客が決まると、すぐに旦那様は私と共に招待状のデザインや文言を考えておりました。全員分の招待状が出来上がると、ほとんど間を置かずに郵便局へ出しに行き、その足で旦那様と私だけで鏡館へと向かったのです。下見も兼ねて、一週間ほど前から旦那様と私はこちらに滞在しております。皆様からのお返事を受け取りましたのが、三日ほど前です。ここまでは配達されませんので、私が一人で近くの郵便局まで受け取りに向かいました。ですから、招待客が誰かを事前に知ることができたのは、旦那様と私の二人だけ、ということになります。お嬢様と片郷くんは昨日の午前中に来たばかりです。私が招待客の説明をした時から三人共、ずっとこの館におりましたから、もう外部との連絡はできなかった状態になりますので」
なるほど、そうなると確かに、他の人間は知りようがない。
「例えば、ここへ来る道中に黒峰さんが、携帯やパソコンで誰かに教えたとかはないんですか?」
俺は議論を進めるため、可能性の一つを提示したが、自頭にあっさりと否定された。
「それはございません。旦那様はそうした電子機器を何一つこちらに持参してきていないのですから。もちろん、私も持ち込んでおりませんし、事前に他の方にお話ししたこともございません」
「となるとですよ。少なくとも、事前に他のメンバーを知ることができない私たち参加者、及び娘さんたちと片郷さんには犯行は不可能ということになる。自頭さんは犯行時刻にアリバイがあるから、俄然黒峰先生が犯人だという説が有力になりますね」
挟丘の理論は的を射ている。というよりも、否定するべき箇所が見つからない。
「そのようですね」
と賛同したのだが、いつの間にかやりとりを耳にしていた姉妹が、唐突に議論を止めに入った。




