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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第四章 煙の如く消失した当主
21/63

3

 遅い朝食を済ませると、食堂の扉から自頭がコーヒーを運んできた。

 食の進まなかった新時たちも、コーヒーなら喉を通るようで、お代わりまでして飲んでいた。芳ばしい香りに、気分も落ち着くのだろう。

 人心地ついたところで、俺が一つ提案をしてみた。


「腹拵えも済んだところですし、俺たちでちょっと事件の整理をしませんか?」


「事件の整理?」


 訝しげに俺を見返す面々。


「このままぼうっとしていても仕方がないので、皆さんのお話を聞いて、少し事件の流れを纏めようかと」


 そう言うと、新時が突っかかってきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。どう見ても犯人は黒峰先生じゃないですか。そんな探偵まがいのことをする必要、全然ないでしょう」


 しかし、今回ばかりは彼に加勢する人も少なくないようで、轟や西之葉、湯木が不満そうな声を上げた。


「そうよ。あたしたちを疑おうっていうの? どこからどう見ても、黒峰さんの仕業としか思えないじゃない」


「話を聞いた限りじゃあ、私もそう思うけど。それともなに、君はあの状況で、他の誰かが雉音さんを殺したとでも言うわけ?」


 西之葉のその言葉に、辺りがどよめいた。抑揚のない口調だが、その分湯木にヒステリックに喚きたてられるよりよっぽと不気味だ。マスクに隠れた表情が読み取れず、何を考えているのかわからない。

 周りが睨みつけるような目つきで、俺を見てくる。視線が痛いほど突き刺さった。その上、救いを求めるように、結と晶が俺を見つめてきた。黒峰の無実を証明してくれると、期待を込めた視線だ。

 これでは板挟みである。

 居た堪れない気分ではあったが、意を決して俺は言った。


「結さん達には悪いんですけど、そこまでは僕も言うことは出来ません」


 彼女たちの目に瞬時に失望の色が現れる。


「ただ、万が一にも、真犯人が思いもよらないトリックを使って、黒峰さんを嵌めた可能性があるかもしれないので、それを検証するためにも整理をしたほうがいいかと」


 湯木たちの興奮を宥めながらそう説明すると、背後から賛成の声が聞こえてきた。


「そうだな。彼の言うことも一理ある」


 振り返ると、その声の主は夜熊だった。


「新時くんや湯木くんはまだ気が動転しているみたいだが、こういう時は一つの考えに捉われず、冷静に多角的に見ることも大事なことだよ。それに、あまり強く反対すると、逆に怪しまれるというものだろう」


 そう諭されると、彼らは口を尖らせつつも黙った。納得はしていないようだったが、ようやっと引き下がってくれた。


「他の皆さんも、協力してくれますか?」


 周りを見回して確認したが、これ以上反対の意見をぶつける者はいなかった。

 夜熊に促され、俺は一枚の紙を取り出した。


「ではまず、この紙を最初に発見したのはどなたですか?」


 大鏡を見て驚くという内容の一文が書かれた紙だ。それを見て、夜熊がすかさず手を挙げる。


「それは私だ。起きてラウンジに来たら、壁に貼り付けられていたんだよ」


「起きてきたのはいつ頃?」


「六時半だな。挟丘くんも殆ど同じくらいに起きてきてたよ。その時、はっきり時計を見たから覚えている」


 挟丘は強く首を縦に振って、彼の証言を後押しする。


「で、それからずっと、ラウンジから大鏡を見ていたわけですね」


「まあ、そうだな。注意深くってわけじゃないが、誰かが扉を開けたりしたらすぐわかるくらいには、ちゃんと見張っていた」


「で、夜熊監督と挟丘さんの次に起きてきたのは……?」


「それはあたし。確か、六時五十分くらい。ですよね?」


 名乗り出たのは湯木だった。夜熊に顔を向けると、彼は間違いないと頷いた。


「ああ、そのくらいのはずだ。彼女の方を見た瞬間、時計が目に入ってな。少なくとも七時前だったのは覚えている」


「その次は俺だ。七時過ぎくらいに来た」


 英介が自主的に名乗り、さらに先を促す。

 次に挙手したのは新時だった。


「か、彼の次が僕です。じ、時刻は七時十五分でした」


「その次が俺で、七時半ちょっと過ぎくらいか」


 朝の様子を脳裏に描きながら、そう呟いた。目が覚めてすぐに時計は見ている。その時七時半だったから、まず間違いはないだろう。


「あとは結さんと晶さんが七時四十五分くらいってところですかね」


 姉妹だけでなく、全員に確かめるように訊いてみたが、首肯しているところを見ると、これで合っているようだ。


「自頭さんは、いつ起きましたか?」


「私と片郷くんは、朝食の準備がありますので、午前六時には起きて厨房におりました。そのように旦那様から申し付けられておりましたから」


 自頭が片郷に同意を求めるように視線を送ると、彼女は間違いありませんと強く答えた。


「轟さんと西之葉さんは朝食には来ませんでしたけど」


 二人に話を振ると、轟は相も変わらず軽い調子で喋りだした。


「僕は完全に寝坊。昨日の君のこと笑えなくなっちゃったね、はは」


 彼は死体を直に見ることも、血塗れのコートを身に纏った黒峰の姿も見ていない。そのせいで実感が湧いていないのか、場違いな笑みを浮かべる。しかし流石にしらっとした目で見られていることに気付き、慌てて顔を引き締めた。


「でも、遅れたからって疑われるのは、流石に心外だよ」


 俺に気まずさの責任を転嫁するべく、腕を組んでしかつめらしい口調である。

 彼を無視して、西之葉が続いた。


「私は、基本朝ごはん食べないので、部屋でテレビを見てました。九時ぐらいになったら下りていけばいいと思って。ただ、階下が騒がしかったので、気になって降りて行きましたけど」


 彼女の口調は変わらず落ち着いている。と言うより、まるで言葉に感情が篭っていない。まるでロボットが話しているみたいだ。


「なるほど」


 俺は頷きながら、何か異議のある者がいないか、再び全員の顔を見回したが、反応はなかった。

 全員の納得と同意を得られたと考え、話を先に進める。


「それと、死体の硬直の様子や、ポケットに入っていた壊れた時計から推察するに、雉音さんが殺されたのは、今日の午前七時頃だと思われます」


 今一度ラウンジのメンバーの顔色を伺う。


「誰かその時間に、不審な物音を聞いたりした人はいませんか?」


 だが、誰も何も言わなかった。首を傾げるばかり。

 現場の状況から、雉音は眠っているところを殺害されたと考えられる。周りに気付かれるような物音がなくても不思議ではない。

 だが、俺には一つ疑問があった。


「しかし、どうも妙ですね」


「何が?」


 まるでわからないとばかりの英介。

 俺は頭の中で抱えていたその疑問を口にした。


「黒峰先生が雉音さんの部屋から姿を現したのは、雉音さんが死んでから一時間も経った後だよ? その間、中で一体何をしていたんだ?」


 しかし、英介はさも当然のように答えた。


「証拠の隠滅とかじゃないのか。あるいは、逃げようとしたけど、続々と客が起きてきたから、出るタイミングを失ってしまったとか。それなら、朝食の始まる八時過ぎに出てきたのも納得がいくし。食べるのに気を取られて、鏡の方には気がつかないかもしれないと考えたんだろう」


「いや、それだと、この紙が説明付けられないだろう」


 挟丘が俺の手元にある、例の一文だけ印字された紙を示した。


「見られたくなかったのなら、どうしてこんな紙を残したのか」


 全くもってその通りだ。この紙を用意したばっかりに、全員が大鏡に注目する羽目になったのだから。

 すると英介も腕を組んで、難しい顔つきになる。


「確かに。見つけて欲しいと言わんばかりだしなあ……」


「そうか、わかったぞ」


 夜熊が光明を見出したのか、ポンと手を打った。


「何がわかったんです?」


 俺も思わず、ずいと身を乗り出す。夜熊なら何かしら突飛なアイディアで、突破口を見出してくれるかもしれない。そんな期待を勝手に抱いていた。


「最初、黒峰先生の姿が雉音さんの部屋から出てきて、奥の部屋に消えたのを見て、私たちが追いかけた時のことだ。慌てていたものだから、鏡に映った像だということをすっかり失念して、反対側の部屋に入ろうとしたんだよ。まあ、寸前で君に気付かされたわけだけどもね」


「ああそういえば――」


 ふと何か思い出したのか、自頭が気恥ずかしそうに口を挟む。


「私もすっかり勘違いして、最初は反対の部屋に入ってしまいました。それを挟丘様にご指摘されて、慌てて雉音様の部屋に入り直しまして、そこで……」


 途端に口をまごつかせる自頭。あの部屋の中の光景を思い出したのか、さっと血の気が引いた。

 構わず夜熊が自論を展開させた。


「だから、黒峰先生はその勘違いを利用して、なにがしかのトリックを仕掛けようとしていたんじゃないか。ただ、結局は私たちが最後まで騙されなかったから、不発に終わってしまったというところだろう」


「流石は夜熊監督、それなら納得だ」


 轟が調子良く褒め称える。

 しかし、俺にはそれですっきり解決、というようには思えなかった。


「なるほど、確かにそれで紙の説明はつきますね」


 夜熊の言うことも一理ある。だが、鏡の像の反転を利用して消失を演出するようなトリックなのだとしたら、間違えることなく正しい部屋に入った俺たちは、倉庫の中で黒峰を見つけたはずだ。


「でも、黒峰先生は、本当にあの倉庫の中から忽然と姿を消してしまったじゃないですか」


 そう指摘すると、夜熊は急に勢いをなくした。


「それは……、確かに、そうだが」


 結局のところ、黒峰がどうやって忽然とその姿を消したのか。

 これが分からなければ、真相に辿り着くことはできないだろうと踏んだ。

 黒峰が犯人なのか、あるいは俺たちの中に犯人がいるのか。それもこれが解けない限り、わからないのではないか。

 もし俺たちの中に犯人がいるとして、アリバイだけ見れば、七時前にラウンジに姿を現した夜熊と挟丘と湯木、それから六時頃から厨房で食事の支度をしていた自頭と片郷を除いた全員に、犯行は可能となる。

 だがその場合、犯行後に犯人が雉音の部屋から出ることができない。俺たちが大鏡越しに、ずっと扉口を確認していた。しかし夜熊たちの証言から、六時半以降あの部屋から出入りしたのは、黒峰だけだ。客室の窓ははめ殺しで開かない。部屋の中に誰かが隠れていたわけでもない。部屋に何かギミックが仕掛けられているわけでもない。つまり完全な密室だったのだ。

 黒峰以外の人物を犯人と考えると、この密室空間からの脱出がどうしても問題になる。

 それに、もし黒峰が真犯人に呼び出されてあの部屋に行き、犯人に襲われ、犯行に使用したコートや帽子を着せられたのだとしても、普通ならそれらを脱いでから部屋を出るのではないか。誰かに見られたら、それこそ言い逃れができなくなるではないか。

 現場に原稿がそのまま残っていたのもおかしい。原稿を置きっぱなしにしておけば、自分に疑いが向くのは明白だ。彼が真犯人に嵌められたのだとしたら、原稿を持ち去るはずだろう。

 真犯人が何らかのトリックを使ってあの密室から逃げたのだとすれば、これは思い付きの殺人なんかではなく、計画的なものだろう。とすれば、この屋敷に来たばかりの俺たちには、犯行は難しいのではないか。お互いそれ程面識もないようだったし、動機も見えてこない。

 考えれば考えるほど、黒峰が犯人にしか思えなくなってくる。

 しかし、黒峰の倉庫からの消失も、まだ何もわかっていない。謎の真相はまるで雲を掴むようだった。

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