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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第四章 煙の如く消失した当主
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 結論から言うと、各々の泊まっている客室を全て調べ終えたのだが、やはりというか流石にというか、黒峰鏡一の姿は発見されなかった。そして隠し通路のような存在もまた然り。壁のみならず天井や床、怪しいところは虱潰しに全て探したものの、それらは至って普通のものだった。

 片郷は徒労に終わってしまったと嘆いていたが、これで少なくとも一つの可能性を潰せたのだ。それだけでも無駄足ではなかったと言える。そう慰めた。

 また、合鍵については自頭の言っていた通り、地下の発電機室に全客室分残っていた。雉音の部屋のキーだけが表裏反対になっていたので、おそらく犯人はこの鍵を使って部屋に忍び込み、その後でここへまた戻しに来た。しかし、鍵の向きが全て揃っているとは気付かず、何の気なしに反対にしてフックに掛けてしまったのだろうという結論に到った。

 犯人が合鍵を使った形跡がある以上、ここにこのまま放置しておくのはあまりにも不用心である。そこで、それぞれが自分の部屋の合鍵を保管することになった。

 さらに、現場保存のためにも雉音の部屋には鍵を掛けて、自頭がそれを預かることになった。

 ラウンジに再び戻って来た俺たちは、次いで残りの館内の大捜索を敢行すべく、チーム決めをすることにした。館はそれなりに大きい。全員で一纏まりになって回るより、分かれた方がよっぽど効率的だ。

 俺にとっては二、三階はまだ未踏の地なので、是非ともここでどのような雰囲気なのか、この目で見ておきたいところだった。早いうちに、この館の全貌を把握しておきたかったのだ。

 そして話し合いの結果、地下と一階を調べるのが、轟、夜熊、挟丘、晶、西之葉、片郷。目論見通り、二階と三階を調べるのが、俺、英介、自頭、新時、結、湯木となった。

 ラウンジで轟たちとは別れ、俺たちはエレベーターに乗り込み、二階へと向かう。

 やはり距離が短いので、あっという間に二階に到着した。鏡だらけのエレベーターは開放感がある。だが、ちょっとした視線や動きが何倍にも増幅されて目に映るため、どうしても意識がそちらに向いてしまう。そわそわして落ち着けないから、早く降りられるのがありがたい。

 扉が開いて、ぞろぞろとホールに降り立つと、しかし今度は異様な圧迫感を覚えた。こうして六人で固まっていると、まるで満員電車のような窮屈さと閉塞感だ。

 そのお陰で、殆ど同じ装飾にもかかわらず、一階や地下とは大分印象が異なる。

 圧迫感の正体は、すぐにわかった。

 天井の高さだ。中背の俺でも、手を伸ばせば届きそうなくらいである。


「二階は随分と天井が低いんですね」


「ええ、なんでも、買い取った時からこの状態だったようです。ホテルの建築士による設計ミスだと、旦那様は仰っておりました」


 自頭が淡々と説明した。気持ちを切り替えるのが早いようで、死体を見たときの狼狽えようは何処へやら。もう顔色も元に戻っていて、ハスキーな低音がこちらの気分も落ち着かせてくれる。


「こう言ってしまうのは失礼にあたりましょうが、このこともあって、比較的背の高くない女性の皆様に、二階にお泊りいただくことになったわけです」


「こんな人里離れたところに建てて、おまけに設計ミスか。前のオーナーは、商才もなければ人を見る目もなかったんだな」


 英介が毒づいた。

 辛辣だが的を射ている。そりゃあ潰れるわけだと、俺も心の中で呟いていた。

 エレベーター側から見ると、ホールから左側に一本、廊下が伸びている。

 その突き当たりを眺めながら、自頭がさらに説明した。


「この階は奥の一部屋が倉庫になっている以外、全て客室でございます」


 廊下の両側には扉が等間隔に建てつけてある。いずれも一階の客室と同じ、暗い茶色をベースにした木製の片開きドアだ。それが白い壁紙の明るさを、より一層際立たせている。そのおかげか、閉塞感や圧迫感も多少は和らぐ。


「六人で一部屋ずつ見て回るのも窮屈だから、何人かで手分けしよう」


 そう提案すると、すんなり皆受け入れてくれた。

 俺と英介と結、新時と自頭と湯木でチームを組んで、二手に分かれて空き部屋を調べ始めた。

 俺たちのチームはエレベーターから見て手前側から、自頭たちは奥側から調査する。

 201と202は結と晶の部屋なので、まずは203号室からだ。

 鍵はかかっておらず、ドアノブは抵抗することなく回った。

 部屋の中に入ってみると、日差しの入り方のせいもあって、俺の部屋とは少し印象が違うが、造りや家具の配置といったものは、全く同じように見受けられる。ただ空調が止まっている上に、完全に締め切られているおかげで、淀んだ空気が滞留しているのがわかった。掃除はしてあるようで、埃っぽくはないが、どことなく息が詰まるのだ。

 英介にバス・トイレ、クローゼットの方を任せて、俺はベッドルームへ進んだ。

 ベッドやサイドテーブル、隅のテーブルと椅子、それから壁の鏡と時計。どれもこれも、俺の部屋と全く同じだ。デザインもメーカーも色合いもサイズも、寸分違わず。


「結さん、各客室の造りは同じなんですか?」


 俺の後についてきて、ベッドの周りを見て回っている彼女に訊いてみると、


「はい、客室はどれも同じ内装です。私たちの部屋も、基本的な造りは変わりません。ただ、お父様のお部屋には、執筆用のパソコンと印刷機がありますけど」


 声だけが返ってきた。当然のことなのだが、いつも二人で交代に喋っているものだから、彼女が一人でも普通に喋れることに驚き、妙な安心感を覚えた。

 俺は相槌をしながら窓に近寄る。

 腰窓はこれも一階と同様に天井の近くまでの高さがある。大きな窓だが、鍵がない。開けるための取っ手も付いていなかった。


「窓ははめ殺しか。結さん、二階の窓は全部こうなんですか?」


「いいえ、二階のみならず、殆ど全ての窓がはめ殺しになっていますわ。換気用に開くようになっているのは、倉庫と厨房だけです。でも、全て人が通れる程には開きませんけどね」


 とまたも辺りを調べながら、返事だけする。

 英介がクローゼットの中も検めて戻ってきたが、収穫はなかったようで首を振った。

 この部屋も天井や壁、カーペットを捲ってその下の床まで丹念に調べたが、それが報われるような大発見とは到らなかった。


「この部屋には何もなさそうだな」


 潔く諦め、次の部屋へと向かう。

 隣の部屋――204号室とさらにその隣室――205号室は、それぞれ西之葉と片郷が使っている。廊下左側の一番手前、209号室は湯木の部屋だ。なので、その隣の210号室の中へと入った。

 しかし、ここも同じだった。まるで使われた形跡などない。

 それどころか、二階の全ての客室を調べ終えても、誰かが隠れている、あるいは隠れていた痕跡など見つからなかった。抜け穴のような仕掛けも、まるで見られなかった。どれもこれもいたって普通の部屋である。

 肩を落とした俺たちは、その足で三階へと向かう。

 三階の天井高は一階と同様、普通の高さだった。二階の高さに見た後だと、その開放感はやはり圧倒的だ。しかし床面積は階下と比べるとかなり狭く、部屋は黒峰の部屋と図書室しかない。

 先に黒峰の部屋に向かった。もしかしたら、ここに戻ってきている可能性もある。

 相手は何かしら殺人に関与している人間だ。こちらには六人もいるとはいえ、何をしでかすかわからない。

 と思っていたのだが、予想に反して扉に鍵はかかっていなかった。

 音を立てないように、慎重に扉を開けていく。隙間から室内を覗き込む。ドアノブを握る手が汗ばんだ。無意識に力も籠る。

 しかし、どうやら部屋の中にはいないようだ。

 ふっと一息吐いて、部屋に足を踏み入れた。間取りは他の客室と殆ど同じだ。

 窓にはカーテンがかかっていた。幕を捲って窓を覗いてみる。

 しかしこちらは窓が腰窓ではなく、床から俺の頭上、頭一つ上のあたりまで伸びていた。これもはめ殺しだ。

 三階ということもあって、さすがに見晴らしは良い。しかし、外に聳え立っていた例の鏡のオブジェが、その大半を占めてしまっている。

 森のほうに視点を移してみた。二階は完全に森に遮られていたが、ここは森を少しだけ見下ろす格好になっている。とは言え、見渡す限り森が広がっているので、景色に変わり映えはなく、視点が上がったところで面白みはなかった。

 ただベッドの方に振り返ると――、


「うわっ、これは酷いな」


 思わず声を漏らした。

 ベッドサイドテーブルの上にあったPCが破壊されていたのだ。画面はひび割れて、すっかり蜂の巣状態。モニターのフレームがひん曲がっている。キーボードのキーが何箇所か吹っ飛んでいた。その左隣に置かれているマウスは、ハンマーででも叩かれたのか、ぺちゃんこになっている。本体もべこべこに凹んでいて、配線は千切れていた。

 印刷機も酷い有様だった。元がどんな形だったのかわからないほどに、滅茶苦茶に潰されていた。インクが飛び出て辺りに散乱している。


「結さんがここに来た時には、まだ壊されていませんでしたか?」


 と尋ねてみた。今朝彼女たちは黒峰を探していたようだから、きっとここにも見に来ているだろう。そう確信していた。

 しかし結は首を振って、壊されたパソコンの残骸を、悲しげな目つきで見下ろした。


「いいえ、私たちは部屋の奥まで入って確かめませんでしたから。お父様、断りなしにお部屋に入られると、物凄く怒るんですもの」


「そんなに厳しいんですか。昨日見た限りは優しいお父さんって感じでしたけど」


「以前はもっとオープンだったんですよ。でも……、お母様が亡くなって、一年くらい経ってから、急にそうなってしまって……。作品が鳴かず飛ばずで神経質になっていましたから、無理もありませんわ」


「そうでしたか……。それで、今朝はどんな流れでここに?」


「今朝は、いつものように晶と一緒に朝の挨拶に向かいまして、外からノックや呼びかけをしたんですけど、返事がありませんでした。それでドアに手をかけてみると、鍵が開いていて……。中を覗いてまた呼びかけたんですけど、やっぱり返事がなかったので、もう下に降りているのかとラウンジに降りたんですが――」


「そこにもいなかったので、黒峰さんの行方を尋ねられたというわけですね」


 結の先を奪って俺がそう結論づけると、彼女は黙って頷いた。


「しかし、一体何故こんなことを……?」


 駆け寄った自頭が困惑していた。敢えて、誰がというのを疑問に入れなかったのは、やはり彼も黒峰を犯人だと思っているからだろうか。

 だが、誰もその問いには答えられない。

 その代わりに、俺が彼に尋ね返す。


「自頭さん、この館には、他にもパソコンや印刷機ってありますか?」


 しかし彼は即座に首を振った。


「いえ、これだけでございます」


 壊したのは、雉音を殺害した犯人だろう。だが、その理由がわからない。ネットに繋がっていないのだから、助けを呼ばせないために破壊したわけでもないだろう。

 ここであれこれ考えを働かせていても、無意味に時間を浪費するだけなので、とにかくまず部屋の捜索を行った。

 しかし、それ以外は特にめぼしい物はなく、俺たちは部屋を出て隣の図書室に向かった。

 図書室の扉は食堂の扉と同じもので、観音開きになっており、その左側の扉に『302』、右側に『図書室』と、丁度俺の目線の高さにプレートが掛けられていた。こちらも鍵は開いていて、ゆっくり扉を開けて、中の様子を確認してみる。


 闇。


 そこに広がっていたのは、完全な闇だった。一筋の光さえ存在しない。ホールから差し込む光も、このブラックホールに飲み込まれて、まるで頼りにならなかった。

 中に何かが潜むには、まさに打ってつけの場所だ。

 そう考え出すと、もう止まらなかった。

 黒峰がここに身を潜めて、俺たちを闇に引きずり込もうとしているのではないか。それともこの闇自体が意志を持っていて、俺たちを飲み込もうとしているのではないか。

 まただ。

 また余計なことばかり考えている。

 今朝の自己嫌悪を思い出して、勢い良く頭を振り、そんな馬鹿な考えを捨て去った。

 恐る恐る部屋の中に入り、手探りで電灯のスイッチを入れる。

 瞬間、眩いほどの光に包まれ、目に刺さった。闇は浄化され、部屋中に明かりが行き届く。

 すぐにその光にも慣れ、部屋の全容が明らかになる。

 そして俺たちはその圧巻の光景に、思わず舌を巻いたのであった。

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