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鏡館殺人事件  作者: 東堂柳
第三章 自らの血の海に溺れた
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2

「なんですか、これ」


 なんのことやらさっぱりなので、首を傾げて夜熊を見返したのだが、その彼も不可思議そうな顔だ。中指でサングラスの番をくいと上げると、


「さあなあ、私にもよくわからんが……。少なくとも社交室というのは、このラウンジのことだろう。つまり廊下の大鏡ってのは、あの鏡だろうな」


 ラウンジから見える、廊下の曲がり角の鏡を示した。


「ただ、それ以外のことはなんとも――」


「昨日、黒峰さんが言ってたでしょう、例の推理ゲームの問題を明日公表するって。これがそれに関係してくるんじゃないかと思うんですよ。それでこうして何が起こるのか、見張っていたってわけです」


 挟丘が夜熊の先を奪った。得意げに口元を綻ばせている。恐らく見張りを提案したのは彼自身なのだろう。

 自分の推理力を誇示したくて仕方がないのか、うずうずとしている。


「それで、何かあったんですか?」


 そう尋ねてみたのだが、夜熊は首を振った。


「いや、今のところ特筆すべきことはなにもなしだ」


 そこへ、下りのエレベーターから結と晶が姿を現した。

 彼女たちはすぐに俺たちに近寄ってくるとお辞儀をした。例によって、寸分違わず同時に。


「皆さん、おはようございます」


「昨晩はよく眠れましたか?」


 そして、相変わらずのタイミングの良さで、代わる代わる喋る。

 昨日既に何度かこうした会話を見ているのだが、それでもなんだか慣れない。まだ驚いている自分がいる。

 それでも爽やかに笑って返した。


「ええ、お陰さまでぐっすりと」


「誰かさんは寝過ぎだよ」


 英介が突っかかってきた。

 まったく、いちいち小姑みたいにうるさいやつだ。


「おい、しつこいぞ」


 英介の脇腹を小突いた。英介は脇腹が弱いので、電気でも走ったかの如く過剰に反応して、痙攣のように身体が跳ねる。


「やったな、こいつ」


 英介がさっと反撃に出ようとする。俺は首筋に敏感なので、咄嗟に手でそこを覆い隠した。

 しかし、いざ英介が手を伸ばした時、


「ふふっ、お二人は、とても仲がいいんですね。私とお姉様みたい」


 結と晶が自然な笑みを零した。

 それで、俺たちもくだらない争いを止めて、照れくさそうに自嘲気味に笑いあった。

 これが彼女たちが俺たちと出会って初めて見せた、純粋に感情から生まれた笑みだったように思う。

 そして、初めて二人が、同時に違った表現を見せた瞬間でもあった。

 失礼ながら、俺はまだ彼女たちを見た目で判別することができなかったが、先ほど私とお姉様みたいと言っていた方が晶なのだろう。

 結は上品に口元を手で押さえているが、笑いを抑えきれずに肩を上下させた。

 晶は小さく歯を見せて、可愛らしいえくぼを見せている。

 二人は何から何まで、鏡に映された姿のようにそっくりだ。しかし、彼女たちは鏡の中の虚像とは違って、俺の眼の前に確かな質量を持って存在する実像の人間。各々に別々の感情もあるし、当然の如くその表現も異なるのだ。

 そのことを思い知らされて、俺はなんだか安心した。昨日の彼女たちは、まさに鏡合わせの絡繰人形のようで、まるで人間味を感じられなかったからだ。

 どことなく、昨日よりも他の皆との距離が縮まったような気がする。これなら親睦を深めるという目的は、案外うまくいきそうだった。

 二人は笑いが収まると、急に心配そうな顔になって、再びいつもの調子で発声し始めた。


「ところで、お父様の姿が見えられないのですが」


「どなたかご存知ではないでしょうか?」


 しかし、誰も心当たりがないようで、互いにきょとんと顔を見合わせるばかり。

 代表して夜熊がそれに答える。


「黒峰先生? ふむ、知らないなあ。ここには朝の六時半からいるが、見てないね」


 俺も含めた周りの面々が、それに同意して首肯する。


「探しに行った方がいいでしょうか?」


 英介がそう申し出たが、夜熊がそれを制した。


「いや、こんな紙を用意するくらいなんだから、大方推理ゲームの仕掛けをしているんだろうな。邪魔しない方がいいんじゃないか」


「なるほど、それもそうですね」


「これは、いよいよ面白くなってきたな」


 挟丘が喜々として独り言つ。その感情の昂りを表すように、顎を強くさすっている。

 新時はと言うと、俺たちの輪から一歩離れたところで、ただ黙って静観していた。一億もの賞金が懸かっているというのに、推理ゲームの方にはあまり興味もないようで、どこか遠くを眺めるような、ぼうっとした目でいる。それは湯木にしても同じようだ。彼女は一応俺たちの傍にいるものの、夜熊や挟丘のように楽しみにしているようでも、考えているようでもない。


「結さんや晶さんは、推理ゲームについて何か聞いていませんか? この紙とか、何のことだかわかりますか?」


 俺は夜熊の持っている紙を指差して尋ねてみたのだが、彼女らはそれを一瞥して首を振った。


「いいえ、それについては」


「お父様がお一人でやっていることなので」


 その時、食堂の扉が開いて、自頭と片郷が大量の食事を台車に載せて運んできた。


「皆様、朝食の準備ができました。……おや、まだ雉音様と轟様がいらっしゃってませんね」


「それから西之葉さんもみたいですね」


 彼らの言う通り、その三人はラウンジに姿を見せていない。相当飲んでいたと思しき雉音はともかく、時間ばかり気にしていた西之葉までが寝坊とは意外だ。


「では、私が呼びに向かいますので、片郷くんは食事を並べて。それが済みましたら、皆様は先にお食事を始めてください」


 自頭はてきぱきと手際よく指示すると、足早にラウンジのバーカウンターの隅に置いてある内線電話に向かった。

 ――と、その時だった。


「おや、誰か部屋から出てきたみたいですよ」


 怪文書に倣って、廊下の奥に気を配っていた夜熊が声を上げた。

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