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群馬の山奥にひっそりと建てられた別荘。鏡館の名に恥じぬ通りに、壁面が鏡に覆われている。その館の一室に、一つの影が佇んでいた。
手には原稿が握られている。
黒峰鏡一の新作とされる、鏡館殺人事件の原稿だ。
そしてもう一方の手には、研ぎ澄まされた殺意を代弁するかのように、暗闇の中で光沢を放つ包丁。刃渡り二十センチはありそうな三徳包丁だ。
今、その影は部屋の隅のテーブルに原稿を置いた。
第一の殺人シーンが克明に描かれた原稿を。
影は、何も知らず、能天気に高いびきをかいているその人物に忍び寄った。慎重に慎重を重ねるため、足音を立てないようにしていたが、恐らく多少大きな物音が鳴ったところで目覚めることはないだろう。それ程にその人物は寝入っていた。
――ようやく、この時が来た――
影は包丁を持つ手に力を込めた。掌の肉に食い込み、痛みが走る。それでも、さらに柄を握り締めた。
影とベッドに横たわる人物との差は、もはや数センチとない。それでもまだ、部屋の主は侵入に気付かず眠りこけている。影はその人物を見下ろした。瞳には侮蔑の色が臨める。
――殺されるとも知らず、呑気なものだ――
影は遂に、刺し損じることのないように、両手でしっかりと包丁を握り、それを頭上に振りかぶった。
――これが、我が復讐の第一歩だ――
振り下ろした勢いに、全体重を加えて一閃を描く刃。それが見えなくなるほどに包丁は体内を深く貫き、ベッドのシーツにまで到達した。




