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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第一章
9/49

(8)前進と後退

 

 

 

 その日の夕方、俺はバズーナ姐さんに呼び出されていた。

 場所は宿屋の裏。

 夕食の準備はほぼできているのだろう。胃袋を直撃するいい匂いが漂ってきている。

 だから、俺は早く食堂に行きたい。まじで行きたい。さっきからお腹がきゅるきゅると悲鳴をあげている。

 ……なのに、姐さんに壁に追い詰められていて、逃げられない。


 おかしい。何でだ?

 姐さんは親方とラブラブでイチャイチャやってればいいのに、何で俺を壁ドンしてるの? しかもずっと無言で。

 迫力のある鋭い目で見つめないでください。美人すぎて怖いです!



「えっと……バズーナ姐さん?」

「……なあ、どうすればいいと思う?」

「は?」


 俺は首を傾げた。

 それに合わせ、長く伸びた青い髪もさらりと揺れて肩から滑り落ちていく。

 うわぁ、そう言えば俺の髪、こんなに伸びていたんだった。女の子になってたよ。


 俺が、というより周囲が思いっきりバタバタしているから、深く考える暇もなかったけど、実は今の俺って発狂してもおかしくない状況なんだよな。

 なのに全然落ち込む余裕がなくて、姐さんに呼び出されるまで「晩ご飯は何かな?」とか考えてたよ!


 これって、いいのか、悪いのか。

 でも中身は男の意識のままなのに、何やっても美少女っぽいって、実は俺って女子力高いの?

 とりあえず、ご飯の時はこの長くなった髪は束ねていた方がいいかもしれない。

 ……じゃなくて。



「あの、いったい何を悩んでるの?」

「……親方とどう接すればいいのか、わからない」

「どうって、え?」

「見苦しく取り乱してしまって、これからどんな顔をすればいいのかわからないんだ!」

「え、ええー……?」


 俺は耳を疑った。

 姐さんは追いつめられた顔をしている。余計なことを口走ったらまた胸倉掴まれてしまいそうだから、俺は必死で頭をひねりながら口を開いた。


「えーっと、でも、さっきまで親方が一緒にいてくれたんだろ?」

「私が落ち着くまで、頭を撫でてくれていた。ゴツゴツした大きな手だったが、優しかったな」

「うわ。あ、そう言えば親方に抱き寄せてもらってたよね?」

「う、うん。親方の胸はとても広くて、心地よくて……なんだか落ち着くいい匂いがしたな」

「……う、うわぁ……。それで姐さんが落ち着いた後、親方は何か言ってた?」

「もう大丈夫だなって。すごく優しく笑ってくれた」


 バズーナ姐さんは目をそらしたかと思うと、へにょりと笑った。

 いつもはきつく見える目尻がほんのり下がって、顔も赤くなって、俺より高い位置にある顔なのにものすごく可愛いらしい。



 うん、姐さん、めちゃくちゃ可愛いよ!

 可愛いけど……女子の恋バナ、怖い。

 いたたまれない。十六歳の多感な少年には辛すぎる。恋するお相手が四十三歳の男やもめな時点で聞きたくない。


 でも、バズーナ姐さんにはお世話になっているし、親方には恩があるんだ。投げやりにいい加減なことを言うのは申し訳ないと思ってしまう。

 俺、世渡りはそんなに下手な方ではないと思っていたけど、実は不幸の中に自ら突入していく体質だったのかもしれない。

 でも、この状況はなー、さすがにちょっと……だよなぁ……。

 うっとりと回想している姐さんから目をそらし、俺はため息をついた。


「……そこまで進んでるんなら、正面から好きって言えばいいのに」

「言えるわけないじゃないか! 片思い歴十年の女心がわからないのか!」

「いやいや、わかるわけないでしょ。俺、男だよ?」

「えっ、それはそうだが、でも今は……その、そんなにかわいい女の子になっているから、そう言う女心にも理解が広がったりは……?」

「中身は変わってないんで、無理だよ。でも思春期の男としては、ふたりとも立派な大人なんだし、すっきりやっちゃえばいいと思うだけだな」

「や、や、やっちゃうって、そんな……!」

「俺の部屋って姐さんも一緒なんだろ? 俺、今夜はおっさんとアイシスさんに聞きたいことがいっぱいあるから、たぶん遅くまで部屋には戻らないよ。だから姐さんは、酒とか持って親方の部屋に突撃したらいいよ。な、そうしよう。よし決まった! 俺、飯食いに行くからっ!」


 俺は勝手にそう決めて、姐さんの反論を待たずに壁から逃げ出した。

 歩きながらそっと振り返ると、姐さんはしゃがみこんだ姿で酒とか部屋とかぶつぶつ言っている。手元を見たら、土の上にぐるぐると意味のない模様を描いていた。

 姐さん、頑張れ。

 遠くからこっそり声援を送った俺は、食堂へと走っていった。




 待ちに待った夕食を前に、俺は途方に暮れていた。

 いや、メシは美味いんだよ。宿屋のばあちゃんの料理は最高だ。もうちょっと肉が欲しいなと思ったら、おっさんが追加で注文してくれてそれがまた美味かった!

 でも、俺が思い描いていたようには食えなかった。


「なんで……?」


 大皿にたっぷりと残っている料理を呆然と見ながらつぶやくと、正面に座っていたアイシスさんがその料理をガサッと自分の取り皿に移してしまった。


「ひどいよ、アイシスさん! 俺が狙っていたのに!」

「もう十分だったのではないのですか? 全然手が伸びないように見えましたよ」

「うっ、それは……そうなんだけど」


 俺が言葉に詰まっていると、アイシスさんは自分の取り皿に山盛りにしていた肉をばくばく食べながらちらりと俺を見た。


「あなた、女の子になったんですよ? そんな小さい体で今まで通りに食べられると思っていたんですか?」

「そ、それは……」

「小さい体で必要以上に食べると太るだけです。ああ、でも、食べる量が激減しているのなら、もしかしたら恩寵の影響が栄養方面にも出ている可能性があります。しばらく様子を見てみないと断言はできませんが、少ない食事で問題ないのなら効率のいい体になっているかもしれませんね」

「効率がいい、のか……?」


 俺は自分の取り皿に目を落とした。

 いつもの量を大皿から取り分けたら、食べ尽くすのに苦労してしまった。満腹になるまでの量は今までの半分くらいだ。

 味覚はそんなに変わっていないと思うんだけど、量がいけなくなったのはなんだか哀しい。

 目の前で男並みに食べ続けているアイシスさんがいるから、ますます哀しくなる。

 つか、俺は効率がいいかもしれないけど、アイシスさんは……あれだけ食べて本当に太らないのか?


「ちなみに、私は魔法を使うのでいくら食べても太りません」

「あ、なるほど。そういう事もあるんだ」

「魔導師を一般人と一緒にしないでください。……それより、彼女はあれでいいんですか?」


 俺がなるほどとうなずいていたら、アイシスさんが顎をクイと動かした。

 その方向に目を向けて、俺は思わず立ち上がった。



 一大決心をしたはずの姐さんが、酒杯を握りしめた状態でふらふらと揺れていた。

 ……えっ? なんで?

 なんで酔いつぶれる寸前なんだよっ!


「バズーナ姐さん、大丈夫かよ!」

「……大丈夫。全然問題ない」

「問題ありまくりだろ! うわ、姐さん寝ちゃダメだ! えっ、こんなに飲んでたの? マジかよ!」


 俺が焦っている前で、姐さんは完全に酔いつぶれてしまった。

 食卓に顔を伏せて、もうぐーぐー眠っている。

 動揺を抑えるためだったのか、景気付けのためだったのか知らないけど、夕食後の酒を飲みすぎたらしい。

 マジかよ、姐さん……。

 あんなに気合を入れていたのにな。姐さんの夜はこれで終了なの?




 酔いつぶれた姐さんを部屋まで運んだのは、おっさんだった。

 親方はまだ腰がやられているからね。まあ仕方がない。

 バズーナ姐さんは、女の人にしては背が高い。男並みの腕力を誇るくらいだから筋肉もついている。意識のない状態で運ぶのは大変だろうと思う。

 でもおっさんは、重いとか一言も言わずに淡々と運んでいた。漢だな!


 心配そうに付き添って一緒に姐さんの部屋に入った親方だけど、ベッドでぐーぐー寝ている姐さんの前髪を触ってた。

 おっさんも俺も見ていないふりをしてさっさと退散したけど、扉を軽く閉じる直前に姐さんのおデコあたりにキスしていたっぽい。

 まったく、手を出しにいくのが一瞬早かったんじゃね?


 でもまあ親方って、やる時はやるんだな。

 少しばかり親方を見直した俺は、ニヤニヤしながらおっさんのいる食卓へ行く。

 まだ宵の口だから、おっさんやアイシスさんと本当に話がしたかったんだ。聞きたいことなんて、あり過ぎて困るくらいにあるし。



 とりあえず水をぐーっと飲み干した時、二階の姐さんの部屋のドアが開く音が聞こえた。すぐに重い体がヨロヨロと歩く音が聞こえ、すぐ近くの部屋のドアが開いて閉じる音が聞こえた。

 あの危なっかしい足音は親方だな。

 つまり、姐さんの部屋をもう出て自分の部屋に戻ったんだろう。


「……え、それはダメだよね? 親方、全然ダメじゃねぇか!」

「どうした、ボウズ。体調でも悪くなったのか?」


 突然立ち上がって叫んだ俺に、おっさんは心配そうに顔を覗き込んできた。額に手を当てて熱の有無まで確認している。

 その手を俺は乱暴に振りはらい、おっさんの胸元の服をググッと両手で握りしめた。おっさんはびっくりした顔をしたけど、俺は気にしないことにした。


「おっさん。いい大人がデコチューだけで終わるなんて、ダメだよな!」

「……はぁ? いきなり何を言い始めたんだ?」

「親方のことだよ! さっきバズーナ姐さんのデコにチューしてた件だよ!」

「額にキス? なんだ、親方はそんな事したのか」


 おっさんはやっと面白そうな顔をして、眉を動かした。ふふん、やっぱりおっさんはこういう話にはのってくるよな。

 ちょっと気を取り直した俺はニヤリと笑い、おっさんの服をつかんだまま胸を張った。


「何だよ、見てなかったのかよ。おっさんもダメだな。俺はバッチリ見たぜ。姐さんの髪をくしゃってかきあげて、俺たちが出て行った瞬間にチュってやったんだぜ! ……でも、もう部屋を出たってことは、それ以上の発展は何もないってことだよな? 男なら据え膳は食うべきだろ。姐さんの意識がなくても、おデコなんて控えめなことせずに、がっつり唇くらい奪うべきだよな! 人目を気にせず図々しく添い寝して、おはようのチューもして、朝の勢いのまま熱いひと時を過ごすべきだよな! 俺、こっそりエロい声とか聞きに行こうと思っていたのに、あれじゃあ朝まで貫徹して盗み聞きしても絶対に何にもないよな! 焦れったいよ! ああっ、そう言えばまだ親方ってまだ腰悪いんだったか? うわぁっ、もっとダメじゃないか! 壮絶につまんねぇよ!」

「……おい、まて。その姿で何を口走ってんだよ!」


 俺に服を掴まれたおっさんは、最初は瞬きをしながらおとなしく聞いていた。でもだんだん表情を険しくしていって、最後には頭を抱えてうなってしまった。

 おかしいな、何で顔色まで悪くなってんだ?

 おっさんまで飲みすぎたの?

 思わず手を離してからそう聞くと、おっさんは深刻そうな顔で俺の横の椅子に座り直した。


「あのなぁ。お前は外見だけはものすごい美少女になっているんだぞ? そんなエロガキの妄想を口に出すのは慎め!」

「エロガキなんて失礼な。俺は健全な思春期の男だよ!」

「中身が男でも、今のお前は女なんだよ! せっかくの外見がぶち壊しになるからやめろ!」

「あれ、おっさんってやっぱり意外に繊細なんだな」

「悪いか! 俺は神経質なんだよ! だいたいだな、その座り方はなんだ! 歩くときもガニ股はやめろ! 服もそんなブカブカのものではなくて、もっときちんと閉じた服はないのか!」

「えー、でも俺、服は全部こんな感じだよ」

「……わかった。俺が新しい服を買ってやる。靴も買ってやる。だから座っているときは膝を閉じておけ! 自分の胸を上から覗き込むな!」



 ふーん……、おっさんって、意外に口うるさかったんだな。

 わりと大雑把で、年寄りのわりに話があって、暑い日には他の牧童たちと一緒に川で素っ裸で泳いだ仲なのに。

 まあ、あれだ。たぶんおっさんは、娘が生まれたら「嫁にはやらん!」とか言い出すタイプだ。

 で、年頃になった娘に嫌われて落ち込んだりするんだぜ。ありそうだな、ふははは。

 おっさんって腕っぷしは強いから、彼氏さんでも下手に娘に手を出したらボコボコにされそうだな! そして娘にますます嫌われるんだぜ!



 ガミガミ言われてうんざりした俺は、意味のない妄想で憂さ晴らしをした。

 でもそれを口にしたらおっさんがますます怒りそうだから、妄想は心の内にとどめ、おとなしく水で薄めた酒をすするだけにした。

 

 

 

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