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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第一章
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(6)呪いの結果

 

 

 

 ガタガタと震え始めた俺を見て、おっさんは一瞬眉をひそめた。でもすぐにニヤッと笑って、俺の頭をがしがしと乱暴に撫でた。

 おっさんの手は大きくて、俺の頭全体を覆ってしまいそうだ。そんな手で撫でられるから、髪の毛が引っ張られて俺の視界を妨げていた青いものも揺れている。

 その青い髪の毛を見ていると、なんとなく落ち着いた。

 催眠術にかかったみたいだ。

 俺が落ち着いたのを見て取ったおっさんは、頭から手を離して生真面目な顔で自分の太腿の辺りに手を置いた。


「それで、俺が聞きたいのは、つまりだな、なんというか、……要するに、ナニはあるかってことだ」

「ナニってなんだよ」

「アレだよ。……うー、ボウズはこれだし、アイシスの前だし、これはセクハラじゃねぇのかぁ?」


 おっさんはうなりながら頭を抱えてしまった。

 いったい何が言いたいんだ? よくわかんねぇおっさんだな。


 俺は邪魔な青い髪を背中にのけた。

 髪の毛がなくなると、肩のあたりがスースーすることに気づいた。

 破れていたのかと目を落としたけど、服は無事だった。牧場での作業中に破ったのを、苦労して俺が繕った跡まで完璧にそのままだ。

 でも、なぜか肩からずり落ちかけていた。

 頭からすっぽり被る作りの服が、急に首周りが伸びてしまったようだ。


 あーあ、なんか冷えると思ったよ。

 いや、待てよ? ……これ、全てがおかしいよな?


 自慢じゃないけど、勤勉な俺は毎日汗水垂らして働いてきた。だから日焼けもかなりしていたのに、肌が真っ白になっている。

 それに、肩とか腕の筋肉が消えている気がした。やっとたくましくなってきたと密かに自慢していたのに、なんでだ?



 ……ん?

 もしかしてナニってアレのことか? 男なら誰でもある誇るべきアレのことなら、当然あるに決まって……え、ええええ?



「……ない。あるべきものが、ない!」


 がばりと股間に手を突っ込んで、俺は青ざめた。

 あるべきものがない。

 なくなって、ツルツルになっているかといえばそうでもない。

 なんだコレ……この未知の割れ目はいったい何なんだ!



「おっさん! ナニがなくなっているのに、何かがある!」

「あー、とりあえず落ち着け。水でも飲むか?」

「落ち着けるわけないだろ! 俺、どうなっているんだよ!」

「うん、まずは飲め」


 おっさんは俺に水筒を押し付けた。

 混乱していた俺は、反射的に水筒を受け取って口に当てる。でもごくりと飲んでから、中身がただの水ではないことに気づいた。


 どうやらおっさんもひどく混乱しているらしい。これは水ではなくて酒だ。 しかも滅多に飲めないくらい上等の酒。

 円やかな口当たりに芳醇な香り、そのあとにピリリと舌がしびれる。

 マジうまい。

 ここは一口と言わず、たっぷり飲んでおくべきだな。飲むのが正義だ。

 一瞬でそう決めた俺は、ごくりごくりと喉を鳴らした。


「ん? あ、しまった。そっちは飲むな! ……まあいいか。気付けがわりになるか」


 渡す水筒を間違えていたことに気づいたおっさんは顔をしかめたけど、すぐに諦めた。でも俺がもっと飲もうとしていたら水筒を取り返して、おっさんもごくごく飲みやがった。

 高い酒だろうなのに、おっさんも無造作に飲み過ぎだろ。


 ほら、エロかわいいアイシス様が馬鹿にし切った顔をしているぞ。と言うか俺ももっと飲みたいです。

 おっさんは、もう酒入り水筒を渡してくれなかった。

 恨めしげな俺の視線を無視し、口元を手の甲で拭うとふうっと息を吐いた。


「さて、落ち着いたところで話を戻そうか。……ボウズ、お前はドラゴンの呪いの吐息を受けたんだよ」

「呪いの吐息? 青いあれのことなら、吐息ってレベルかよ?」

「まあ俺もそう思うが、偉い魔導師様が命名したからいいんだよ。そうだよな、アイシス。……で、その呪いの吐息なんだがな。機嫌の悪いドラゴンに出くわすとやられるんだ。俺の仲間も、もう何人もやられた」


 俺がドラゴンに出くわす前の、直近の仲間のことを思い出したのか、おっさんは顔を曇らせた。でも軽く頭を振ることでそれを追い出したようだ。淡々の説明をしてくれた。



 おっさんの説明を要約すると、やっぱり俺はドラゴンに八つ当たりされたようだ。

 出合頭に呪いの吐息とやらをぶつけられるなんて、一般庶民にあるまじき運の悪さだってこともよくわかった。

 でも問題は、その先だ。


 どうやらドラゴンの呪いにはいろいろな種類があるらしい。

 ドラゴンの個体差のためか、同じドラゴンでも気まぐれに変化するのか、呪いの種類によって被害は全く違ってくるようだ。最悪の場合、近隣一帯が全て焼けて炭しか残らなかった村もあるらしい。

 かと思うと、手足が吹き飛んだりしつつも命は助かったりもするようだ。

 同じような火炎でも、消炭になるまで焼かれ続けることもあれば、軽い火傷だけですむこともあって、その差が何から来るのかはいまだに未知のまま。


 結局、呪いの範囲はばらばらで、俺のように性が変換してしまった事例も記録には残っているらしい。

 ただし、その前例は二百年以上前と聞いて思わず唸ってしまった。

 二百年前なんて大昔じゃないか。それともドラゴン的には最近、なのか?



 色々と真面目に考えていた俺が何気なく目を動かすと、白くて細くなった腕が目に止まった。細くて柔らかそうな手と、変形のない細長い形の爪も目に入ってしまい、俺は気が遠くなりそうになった。

 こんな手、俺の手じゃないよ!

 牧場に一度だけお貴族様が来たことがあったけど、その時に見た手にそっくりだ。労働と縁のない手はきれいだけど、俺の手と思うと気持ちが悪くなる。


 頭の処理能力を超えた事態に、何を聞けばいいのかもわからず俺はため息を吐いた。意外なほど分かりやすく説明してくれたおっさんは、少し躊躇ってからまた頭を撫でてきた。

 どうやら、俺は泣きそうな顔をしていたらしい。

 ……俺、そんなにガキじゃないんだけどな。

 いや、ガキになってしまったのか? 自分の姿はまだ見ていないけど、女にしては胸がないもんな。

 そんな心の声が聞こえたのか、おっさんはちらっと俺の胸元を見てから言葉を続けた。


「古い書物には様々な事例が書き残されているそうだ。ひどい痛みを発する皮膚病になったり、動物のような外見になったりすることもあれば、急激に老人になったり、逆に赤子に戻ったりしたこともあるらしい。だから、ボウズもただの若返りならよかったんだが……やっぱり違ったんだな」

「えっと、まだ混乱しているんだけど……俺、元に戻れるの?」


 俺の質問に、おっさんは答えなかった。

 代わりに口を開いたのは、今まで面倒臭そうに壁を見ていた巨乳魔導師様だった。


「ドラゴンの被害は昔からありました。ですから、呪いの研究はかなり進んでいる方です。ただし時間も人材も有限ですから、治療と研究は命に関わるものが優先です。ざっと見た感じ、あなたは健康体のようですから、まあこれ以上は言わなくてもわかりますよね?」

「……つまり、俺みたいなのは後回し?」

「命に別状がない限り、です」

「つまり……研究が進んでいないってことは、俺が男に戻れるかどうかは、全くわかってないってこと?」

「どこかの弱小研究室では扱っているかもしれませんが、中央の我々には見当もつきませんね」

「じゃあ、さっきのドラゴンからもう一回呪いの吐息を受けたら、戻れたりしないのかな?」


 頭が真っ白になっていた俺は、ふと思いついたことを聞いてみた。

 すると巨乳のアイシスさんは口元を歪めた。恐ろしく侮蔑されているような、いかにも嫌そうな顔だ。真正面から受けてしまった俺は、弱ったメンタルにぐっさりと来た。

 でもアイシスさんはそれで終わらず、言葉を続けた。


「確かに、非常に運が良ければ、同じ性転換の呪いを受けることで戻れるかもしれませんね。でもドラゴンの呪いというものは、次に何が当たるか全くわかりませんよ。次に受けた呪いが、老化とか病気とか人外化とかだったらどうします?」

「……ごめんなさい。やめておきます」


 アイシスさん、かなり生真面目な性格っぽいな。

 俺にしてくれた説明が思ったより丁寧だった。さっきも侮蔑されたとかじゃなくて、何言ってんだこいつ?くらいの気持ちの表れだったのかもしれない。そうだといいな。

 そう考えられるくらいには、俺の頭は冷えてきた。

 ……まあ、今のところ体調は悪くないし、考えようによっては運が良かった、とも言えなくもない。



 ん? そう言えばなんで髪が青くなっているんだろう?

 これもドラゴンの呪いのせい?

 少し落ち着いてきたので恐る恐る聞いてみると、アイシスさんは今度もあっさりと答えてくれた。


「これまでのデータ上、呪いの吐息は体に色を残すことが多いようです。だから、あなたの髪の色はドラゴンの恩寵の証です」

「へ? 恩寵って……これは呪いだろ?」

「呪いだな。だが、恩寵と言いたくなる気持ちはわかる。何というか……きれいだからな」


 おっさんに同意を求めたのに、なぜか褒められた気がする。

 しかも、なんでそこで照れるんだよ。無精髭のゴツいおっさんのくせに、少年のように清々しく照れるなよ!


 そうツッコミを入れようとしたんだけど……アイシスさんが押し付けてきた手鏡を見て俺は言葉を失ってしまった。

 

 

 

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