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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第一章
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(5)覚醒と異常


 

 

「……おい、ボウズ! しっかりしろ! ボウズ!」


 間近で聞こえる声はバカのように大きい。

 声でかすぎ。ボウズボウズってうるさいよ。何も見えないけど、こんなバカでかい声は一人しか知らない。


 おい、おっさん。

 俺には「マイラグラン」という素晴らしい名前があるんだ!


 知ってるか? 由緒正しい、古い古い風の神様の名前なんだぞ。

 ……まあ、実は俺もよく知らないけど。

 この国の庶民のものとしてはとしては長すぎるから、結局はマイルとかグランとか勝手に省略されまくってるし。


 そんなことを考えていたら、体を持ち上げられたようだ。

 重いまぶたをなんとか動かすと、長いたてがみとぴんと立つ耳が見えた。どうやら馬に乗せられているらしい。

 誰かに抱えられたまま、馬は疾走していく。

 揺れが激しいなぁと思っていたら、また何も聞こえなくなった。




 次に聞こえた音は、やっぱりおっさんの声だった。

 今度は低く抑えた声だったからうるさくはない。何を話しているのかは聞き取れないけど、何だか小難しい言葉が並んでいる気がした。おっさんとは別に、全く知らない声も聞こえたから、誰かと話をしているようだった。

 何を話しているのだろう。


 つか、おっさんが話している相手って女だよな? それもけっこう若い気がする。

 どんな女なのかと無性に気になって、俺は目を開けた。



 ぼんやりと見えた世界は、全てが青く見えた。

 でも瞬きをするとその青い色は消えて、俺がよく知っているいつもの色に戻っていた。

 見えた光景は、森でも空でもなかった。

 どこかの建物の中だ。天井は色あせているし、部屋の隅には蜘蛛の巣が張っている。俺には落ち着ける質素で古い家だ。でも、何となく見覚えがある気がする。


 ……ここはどこだ?

 と言うか、俺、なんで寝ているの?


「ボウズ、目が覚めたか?」


 横たわったまま周りを見ていたら、おっさんが気付いたようだ。

 少し離れたところから足早にやってきて、俺の顔を覗き込む。おっさんの額には包帯が巻かれていて、頬にも浅い切り傷があった。よく見たら手首にも包帯が巻かれている。

 ずいぶん怪我だらけだな。一体どうしたんだろう?


 ただし、包帯だらけの割に顔色は悪くない。

 彫りの深い顔はなかなかのイケメンで、髪は相変わらず真っ黒……じゃないな。なんか白い毛が増えている。



「……おっさん、白髪増えたな」


 つい、そうつぶやくと、おっさんはホッとしたような、でもひどく呆れた顔をした。

 それから椅子を引き寄せて座り、ふうっと息を吐く。そうしていると、ひどく疲れているようだ。

 大丈夫か、おっさん。

 心配していると、おっさんは背後を振り返った。


「おい、アイシス。ボウズを診察してくれるか?」

「見るまでもなく健康体ですね」


 そっけない声とともに、魔導師っぽい格好の美人がベッドの近くに現れた。

 下から見上げると、胸の盛り上がりがすごい。

 顔立ちは目の大きなかわいい系。ぽってりとした唇と、そのそばにある黒子が妙に色っぽい。なんでこんな巨乳美人がおっさんと一緒にいるんだろう。

 どうやら、おっさんが話していた相手はこの巨乳美人だったようだ。なんて羨ましい。


「おっさん、その美人はどこからさらってきたんだ?」

「……こいつは仕事仲間だよ。急いで呼び寄せたんだ。それより体は動くか?」

「ん? ああ、たぶん。どこも痛くはないし……って、あれ?」


 手をついて起き上がろうとして、俺は首を傾げた。

 体は動く。痛みはないし、手も足も動かしたいと思った通りに動いてくれる。

 手は二本あるし、足もきちんと二本揃っている。体に掛かっていた毛布を剥がして確認したけど、足の指と手の指も欠損することなく十本ずつあった。

 つまり全部あるんだけど、何かおかしい。

 体がおかしい。

 重い。そして軽い。

 それに……。


「おかしいな。俺の目、なんかおかしいのかな」


 そうつぶやいて、耳もおかしいことに気づいた。

 いや、だっておかしいだろ?

 声変わりなんてはるか昔に終わっている俺の声が、聞いたこともないほど高くて細いんだ。そういえばガキの頃の俺ってこんな声だった気がするな。

 もちろんガキの声とも違っていて、敢えて言うなら女の子のようだ。


 と言うか、そもそも目がおかしいんだよ。

 馬の世話でガサガサだった手が、白くて細くて小さく見えるんだ。爪なんて細長い形で、しかもきれいなピンク色でピカピカなんだぜ。


 上半身を起こした格好で自分の手に見入っていると、はらりと落ちてきた何かが視界を邪魔をした。

 なんだこれ?

 なんで……青い髪の毛がだらっと落ちてくるんだ?

 あ、もしかして気を失っている間に、青いカツラをかぶせられたのかも。もしそうなら、どんだけ頭のイカレた仮装だよ。

 勝手に仮装させた見知らぬ誰かを心の中で罵り、俺はカツラをひっぱった。



「い、いてっ!」


 カツラは取れなかった。

 ずるりと行くと思って勢いよく引っ張った分、頭皮がヒリヒリするくらいに痛かった。

 ヤバイ。何本も抜けてしまった。

 将来ハゲたらどうしよう! と本能的に焦ったということは、どうやらこの青い髪はカツラではないらしい。


 とすると、これは一体どういうことだろう。

 俺の髪は短かったから、青い偽髪を糊付けでもしたのか? そんな面倒なことをされてしまうほど、俺は熟睡していたってことか?

 いや、熟睡じゃない。これはつまり。


「……なあ、おっさん。俺、どんだけ意識失ってた?」

「あー、そのことなんだが」


 おっさんが何か口ごもっている。

 どうしたのかとおっさんを見上げると、おっさんはバリバリと頭をかいた。

 ダメだよ、包帯巻いているところ以外にも怪我してたんだろ? 治り切っていない傷口を引っ掻くと痛いよ? あ、ほら、やっぱり引っ掻いたな。痛いよな、あれ。


 舌打ちしながら手を離したおっさんは、隣の巨乳美人に助けを求めるように目を向けた。

 でも美人は口元をぐいっと歪める。

 かわいい顔なのに、表情はジジイっぽい。女性だからババアなのか? いや、あれはババアじゃなくてジジイだ。

 そんなテンションの下がる表情を見せられ、おっさんはため息を尽きながら俺に向き直った。


「まず、おまえが気を失っていたのは期間は一日だ。それから、ここはフォンズの街の宿屋だ」

「フォンズってことは、あの婆ちゃんの宿屋か! だから見覚えがあったんだな。あ、親方の腰痛はどうなったか知ってる?」

「ああ、親方ならもう起き上がっていたぞ。……それよりお前のことだ。ボウズが意識を失っている間に、バズーナと俺とでここまで運んだんだ」

「もしかして、俺を馬に乗せてくれたのって、おっさん?」

「そうだ。それから、一応怪我の有無は確かめている。だがそれ以上の確認をするのは、何というかやましいことをしている気分になってだな。こいつも煩いし、だから……あー、おい、なんて聞けばいいんだよ。アイシス、変わってくれよ!」

「わたくしの言葉は、魔道と研究のためのものです」


 巨乳美人はアイシスというらしい。かわいい顔にエグい表情を浮かべて、ぷいと顔をそらした。

 確かに魔力がこもっていそうな美声だ。胸も揺れている。

 おっさんの目は一瞬その揺れを凝視していたが、すぐに目をそらしてため息をついた。


「……わかったよ。あー、だからな、そのだな」

「おっさん、どうしたんだよ」

「つまりだな、気を失う前に何があったか、覚えているか?」

「ええっと、バズーナ姐さんと二人で軍馬様を連れていって、おっさんと会って、それから……」


 思い出していくうちに、森で出くわした突風のような風圧とか、深い傷を負っていたおっさんとか、ついでに真っ赤な塊のことまで思い出してしまった。


 あの青い光のことも。

 森の上空に浮かんでいた黒いドラゴンの鋭い牙が、はっきりと脳裏に浮かんだ。

 巨大な翼と、俺だけを見ていた青い目。


 急にあの時の恐怖が蘇り、背中がぞくりとした。

 妙に寒く感じたから、毛布を引き上げて体を温めようとしたけどうまくいかない。手が震えすぎて毛布うまくつかめなかった。

 

 

 

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