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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第六章
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(46)控えめな制裁

 

 

 

「……ハァ、ハァ……マイラグラン嬢……ハァハァ……さぁ、我が手を……ハァハァ……我が手を取るのだ!」

「呼吸が戻るまで黙ってろよ! 気持ち悪いだろ!」

「……ふふふ……ははは……やはり可愛いな! ……しかしこんな所に……キルバインがいたとは……めざわりな……ゴホッゴホッ」

「う、うわぁっ! おっさん、何とかしてくれよっ!」

「そんな男より……私の方が若くて気前がいいぞ……! 翼竜を王都上空で飛ばそうじゃないか!」

「お、俺を誘惑するなっ!」



 俺は耳をふさいで怒鳴った

 その時、聞き慣れたため息が聞こえた。


「……おっさん?」

「ボウズ、お前には言いたいことが山ほどある。しばらく逃げるなよ」


 おっさんはそう言うと、俺を押しのけた。

 壁際に追い詰められていたのは、拒絶しつつも相手に怪我をさせないようにと気を使った結果のようだ。別に体が動かなくて追い詰められたとか、そう言う非常事態ではなかったらしい。よかった。

 俺は少しほっとした。


 でもおっさんは、何の予兆もなく腰に帯びていた剣を抜いた。

 ロウソクの光だけの薄暗い室内で、むき出しになった刃は白く冷ややかに輝いていた。


「……お、おっさん!」

「この者は私の保護下にある。それを知っていて手出ししたのなら、貴方であろうと容赦はしない」


 おっさんの言葉の調子が変わっていた。

 お貴族様の発音だ。

 片手で剣を持っている姿は、つい見惚れてしまうほどかっこよかった。


 ……か、かっこいいものはカッコいいんだよ。

 それは否定できないだろ。

 一般論として、おっさんはかっこいいんだよ。

 身なりを整えた姿は、控えめに言ってもイケメンなんだ。

 目の前にある広い背中を見ていると、噴水の前で見た筋肉を思い出してドキドキしてしまうのも仕方がないんだ。


 おっさんはイケメンだ。

 それは事実で、見惚れる俺がおかしいわけじゃないんだよ!



 俺が心の中で必死で自己弁護をしている横で、おっさんはブンと剣を一振りした。

 カズラム様を見据える目は、少し混乱していた俺が一瞬で青ざめるくらいに冷たかった。


「一つ確認したいことがある。私に刺客を向けたのは、貴方か?」

「魔獣のことなら、私ではない」

「では、あれは宰相か。とすると、馬車を襲ったのも別口か? 手際が良かったから貴方かとも思ったが」

「ははは、私ならそんな直接的な手段は取らないな。どこかで戦争を起こすだけよ。戦争となれば、傭兵キルバインは戦場に赴く。戦場なら君が死んでも誰も気にしないからね」

「ふん、そう簡単には死なねぇよ。俺は傭兵だが、無謀じゃねぇんだ」


 鼻で笑いながらそう言うと、おっさんは剣を肩に担いだ。

 しかし、目は一瞬もカズラム様からそらさない。くつろいで立っているように見えるのに、ぴりぴりするような空気があった。



 突然の成り行きに戸口から中を見るだけだった騎士が、ようやく我に返ったようだ。

 素早く二人の間に割って入り、カズラム様とおっさんを交互に見た。


「王宮での私闘は禁じられています! しかも相手がカズラム様となると、いかにキルバイン様であっても……!」

「これは仕事の一環だ。抜剣の許可も得ている」


 そう言い放った途端、おっさんの剣が一瞬消えた。

 いや、消えたように見えた。

 おっさんは騎士の横を抜け、カズラム様が立っている場所を横に薙いた。

 その動きから一瞬遅れて、後ろに飛び退ったカズラム様の髪が風で乱れる。

 しかし風に煽られたキラキラと輝くものが、幾筋も床に落ちていった。


 金髪の一部が断ち切られてしまったらしい。

 さすがに、カズラム様の顔が引きつった。さらに何歩も後ろに下がったけど、いつの間にか背中は壁についていた。

 間に入っていた騎士も、すぐ横を通った剣筋に反射的に剣に手をかけてしまった。



 壁に追い詰められたカズラム様を威圧するように、おっさんはもう一回剣を振る。しかし剣は鞘に納め、ゆっくりと足を進める。

 カズラム様の前に立ったおっさんは、突然、ガンッと壁を蹴った。

 思わずびくりと体をすくめたカズラム様の真横の壁に足を当てたまま、おっさんは今度は短剣を抜いて剣先を首元に突きつける。

 さらに肩に乱れかかっていた金髪をつかみ、乱暴に手に巻きつけた。


「お、おっさん!」

「ボウズ、こいつに何をされた?」

「えっ? 何って、なんか気がついたら署名をしてしまっていたけど……」

「他には?」

「えっと、他と言われても……結婚したら翼竜を飼っていいって誘惑された」

「……はぁ? 何だそれは?」

「王都上空を翼竜で飛んでいいって言われたけど、俺はきっちり断ったからな! あとは……魔獣用の麻酔を使われて拉致されたり、宰相様に手にちゅーをされたり、髪に触られたり、顔に触られたりしたくらい、かな?」

「それだけじゃねぇだろ。では、こいつに何を言われた? 暗示が完全にかかったのなら、我を忘れるほど動揺していたはずだ」


 そばに駆け寄っていた俺は、目の前にあるおっさんの背中を見つめた。

 真っ赤な上着が目にまぶしい。

 俺の超絶視力では白髪が見えてしまうけど、真っ赤な衣装は黒い髪によく似合っている。

 おっさんを見ていると、なんであんなに動揺したのかがわからなくなってくる。父親の名前なんて、そんなにたいしたものじゃない。

 今ならそう思えた。あの時は、なぜか思い詰めてしまったけど。


「……父親の名前を聞いたよ。どんな人かも、ちょっとだけ聞いた」

「結局そのネタか」

「う、うん。でも、名前を聞けたのはよかったかな。腹が立った時はクッションに名前をつけて殴れるし!」

「なるほど、わかった」


 おっさんは小さく頷き、すうっと薄く笑った。


「宰相はともかく、貴方は命まで取らない。貴重な王家の血に感謝することだな。……ただ、私を怒らせた報いは受けてもらおうか」


 物騒な言葉と、それとは結びつかないような端正な笑顔だ。でも横から見てしまった俺は、背中に氷を突っ込まれたようにぞっとした。



 俺、こんな顔のおっさんを一度だけ見たことがある。

 どっかからやってきたガラの悪い傭兵が、牧場に野菜を配達してくれるおばあちゃんを無意味に殴った場に居合わせてしまって、おっさんがこんな感じで笑ったのを見たんだ。

 その頃はまだ健在だったタマが、マジでギュッと縮んだよ。ガキだったら小便漏らしてたかもしれない。

 口元は微笑みの形なんだけど、目がゾッとするほど冷たかった。


 ……今のおっさんも目が冷たい。

 これ、ヤバイよ。


 おばあちゃんを殴ったタチの悪い傭兵は、ボコボコにされて追い出されていた。でも牧場の仲間たちは、森の奥で殺されたんじゃねぇかってささやき合っていた。

 一筋縄ではいかない傭兵たちをまとめ上げるってことは、こういう事でもあるんだなって思ったもんだけど……いくらおっさんでも、宰相の息子というか王族な人を半殺しにしたらダメなんじゃねぇの!



「お、おっさん、落ち着いてよ!」

「お前こそ落ち着け」


 腰のあたりの服をつかんだ俺に、おっさんは呆れたようにちらっと顔を向けてくれた。

 その目は確かに落ち着いているようだ。

 よかった、頭に血がのぼったわけじゃないようだ。

 でもおっさんは、そこでまた、さわやかすぎる笑顔を浮かべた。


「髪はすぐに伸びるから、ちょっと切ってやるだけだ」

「……えっ?」


 俺がはっと顔を上げた瞬間、ざくり、と不穏な音がした。

 カズラム様が呆然とした顔をしていた。

 口が開いているし、目を大きくしているし、頬の筋肉もなんか変な動きをしている。それでも、カズラム様はイケメンだ。

 イケメンだけど……美しい金髪はパラパラと不揃いに肩に落ちている。

 長くて緩やかに波打っていた金髪が、ざっくりと切られていた。


 ……マジかよ。

 髪を手に巻きつけていたのは、そのためだったのかよ。

 オシャレなイケメン様がこういう髪になると、こういう髪型が流行っているのかも、とか思わないでもない。……けど、ちょっと不揃いすぎるというか……短いところはちょっと短すぎるというか……え、えええええ!



「お、おっさん! 何てことをしたんだよ!」

「お前がやられたことを思えば、手ぬるいだろう?」

「全然ぬるくないよ! と言うか、カズラム様は王位継承権を持ってる王族様って言ってたよ!」

「……そんなことまで聞いたのか」


 おっさんは手に残った金髪を、いかにも嫌そうに床に振り落としながらつぶやいた。

 もう、何がなんだかわからない!

 おっさん、罰せられたりしないだろうな? 大丈夫だよな?

 国王様はおっさんの事も気に入ってくれているみたいだし!

 おっさんは俺の家族同然で、翼竜にも好かれているみたいだから、最終手段として翼竜を呼び寄せて脅すってのもありだよな!

 ……あ、そうだ、本当に俺の家族になってもらう手段があるじゃないかっ!



 俺は持ってきていた結婚承認書を探した。

 カズラム様の登場で動揺して忘れていたけど、おっさんが持っていた気がする。

 急いで周囲を見回すと、今は美熟女様と巨乳美女さんが二人で手に持ってじっと見ていた。


「おばさん! それをくれよ!」

「……おばさん、ですって?」

「え? ええっと、だから、その、将軍様のお嬢様と孫娘様! それは俺のものだから、ください!」

「そうね、もうこれはどうでいいわ。私たちが持っていても仕方がないものね」


 俺が駆け寄ると、美熟女なサビナ様はため息をつきながら手渡してくれた。

 分厚くて、恐ろしく上質で、丈夫で、契約書類用の書体で書かれた文面は俺の記憶通りだ。

 ちょっと不自然だけど、俺自身の署名もある。

 だから、これにおっさんが署名してしまえば、俺の結婚相手ってことで俺の家族で……って、あれ?



「……これ、おっさんの名前?」

「そうだ」

「いつの間に署名をしたんだよ!」

「こいつが入ってきた時だ」

「ふーん、素早いな! ……と言うか、おっさんの名前ってこんなに長かったんだ……!」


 書き込まれている署名は、本当に長かった。

 おっさんの普段の文字は乱暴だけど、署名となると別らしい。びっくりするほどきれいだった。

 正式に学問をして、筆記も教養の一部と見なしているお貴族様育ちだからか。

 それにしても……長い。


 キルバインという名前は知っている。ダライズの領主様と血縁関係にあることも知っている。

 名前そのものが複数あっても、貴族ならまあそんなものかなと思う。

 貴族の正式な署名というものには、本人の名前と、現在の姓と、父親の名前と、母親の名前が入るってことも聞いたことがある。


 だからスヴィー様……スヴィエイン様の名前があっても不思議じゃないけど。

 母親の名前に、ダライズってついているんだけど。領地の名前が入る貴族って、いわゆる本家の嫡出子だけって聞いた気がするんだよ。もしかして、ダライズ夫人の姉妹だったりしたの?

 それに……スヴィエイン様の名前についている、この長々とした家名は。



 無駄にきれいな署名を食い入るように見ていたら、壁に背を預けたまま自失したように座り込んでいたカズラム様が顔を上げた。

 ばさばさと落ちていた金髪をかきあげると、少し青ざめながらも妖艶に笑った。


「おやおや。キルバイン殿、君は何も話していなかったのか? 母親がダライズ領主の妹で、君自身も次のダライズ領主の最有力候補と見なされていること、その子に言っていなかったんだね?」

「……カズラム、お前は黙ってろ」

「ダメだな、君は。マイラグラン嬢の顔を見てご覧よ。マイラグラン嬢は意外に博識のようだから、君の父親の名前が何を示しているか、気づいているよ!」

「うるせぇ! 頭を刈り上げられたいのか!」

「はははははは! いいね、その顔! 私はね、君が大嫌いだったんだよ! 私より上位の王位継承権を持っていたのに、簡単にそれを捨ててしまった君が大嫌いなのだよ! マイラグラン嬢に教えてあげよう。キルバインの父親は、前国王の弟だ。私の母が前国王の妹だから、この男は私の従兄にあたるのだよ!」

「おい、こいつを連れて行け!」


 おっさんはゲラゲラと笑い続けるカズラム様の胸ぐらをつかみ、グイッと引っ張り起こした。片腕の力だけでカズラム様の長身が持ち上がり、おっさんはその勢いのまま扉の方へと投げた。

 いつの間にか、扉の向こう側に近衛騎士の制服を着た人たちが集まっていたようだ。

 おっさんの言葉にさっと反応して入ってきて、投げ寄越されたカズラム様を引っ立てていった。

 今度こそしっかり拘束してくれよ。お願いします。



 室内に残されたのは、俺とおっさんと、美熟女様とその姪の美女様だけになった。扉の向こうの回廊には何人もいるだろうけど、とりあえず室内は四人だ。

 そのうちの将軍家の美女二人は、お互いに顔を見合わせてため息をついた。


「ねぇ、キルバイン。わたくしたちも席を外した方がいいかしら?」

「……ご随意に」

「行きましょうか、ミアナ。今さらキルバインの修羅場なんて見たくはありませんからね」

「はい、叔母様。……でも何だか悔しいですわ!」

「豊かなお胸を恨むべきかもしれないわね。わたくしの娘の方がマシだったなんて、考えたこともなかったわ!」

「……あ、あの、おっさんは筋金入りの巨乳好きで、決してロリコンじゃないよ……!」


 はっと気付いた俺が、おそるおそるフォローしようとしたけど、なぜか二人ににらまれただけだった。

 何でだよ。

 そんなにおっさんをかばったらダメなのか?

 そう言えば、セアラさんの前でおっさんをかばうと、いつもおっさんが罵られる羽目になっていたな。


 「……女って、マジでよくわからない」


 スタスタと部屋を出る美女たちを見送りながら、俺はつぶやいていた。

 

 

 

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