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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第六章
46/49

(45)密室に突入

 

 

 

「実に可愛いよ、マイラグラン嬢! 結婚承認書を持って逃げるなんて、実は内気なのかな!」

「内気じゃねぇよ! 俺は男だったんだよ! 男相手に何やってんだよ!」

「ははは、残念ながら過去の姿は知らないからね! 今の貴女は美しい令嬢でしかない!」

「うわぁ! 気持ち悪いから黙ってろよっ!」


 俺は振り返って叫び返す。

 そのついでに、ざっと目測した。

 カズラム様は涼しい顔をしているけど、さすがに息が上がってきているようだ。お貴族様らしからぬ意味不明な体力は、さすがに本職の武人ほどではないらしい。

 それに、豪華な衣装も走りにくそうだ。


 ……全然いい状況じゃない。俺も息が切れて苦しいんだ。

 このままでは、あと少しで追いつかれてしまうだろう。

 後ろから、カズラム様がなおも何か言ってるようだった。でも俺は無視をする。正直言ってもう全然余裕がないから、ただ必死で走り続けた。



 俺は建物の外に出た。足音がすぐそばまで迫っているのを感じながら、中庭を進む。

 息が苦しい。

 口を開けて息を吸っているのに、苦しくて苦しくてたまらない。

 手も足も重くて、うまく動かない。背後の追っ手は、息遣いまではっきり聞こえる距離になっていた。

 足が絡まりそうになったけど、俺は懸命に足を動かし続けた。


 ……くそっ!

 俺が何をしたって言うんだよ!

 助けてくれよ、おっさん!

 俺の人生に責任持ってくれるんだろ! 早く助けに来てくれよ! この結婚承認書、何とかしてくれっ!




 灌木の茂みの隙間をかき分け、逢引中のイチャつく男女を睨みつけながら横を通り抜ける。そのまま真っ直ぐに走っていくと、向こうに回廊が見えてきた。

 どうやら、王宮の別の建物らしい。

 ちなみに見覚えは全くない。

 狭いところばかりを狙って走っているから、背後の足音は少し離れていた。でも、まだついてきている。俺の超聴力では荒い息も聞こえているけど、全く諦めようとしない根性だけは認めてやる。


 でも、どこへ行けばいいんだろう。

 ただ逃げ回るだけじゃだめだ。俺の体力が先に尽きる。誰か味方を探さなければ……ああっ、舞踏会の会場に行けばダライズの領主様とかビザーたん様がいたんだったよっ!

 ……気付くのが遅すぎた。バカか俺!

 たぶん、この辺りは舞踏会があっている大広間の反対側だ。音が遠くからしか聞こえない。

 俺は別の道を探すために必死に目を動かし、耳をすませた。



 そんな俺の耳に、一瞬、誰かの声が聞こえた気がした。

 多分、女の人の声だ。

 どうやら、この回廊に面した部屋の中から聞こえているらしい。


 ちっ、またエロい逢引かよ!

 そう舌打ちしようとした時、男の声も聞こえて思わず足を止めた。

 ……おっさんだ。おっさんの声だ。

 おっさんが、このあたりの部屋のどこかにいる!



 俺は耳に全神経を集中しながら扉へと走った。

 一番端の部屋は……違う。二番目も違う。三番目、四番目、五番目……。


 順に走っていった俺は、八番目の扉に目をとめた。

 今まで廊下には人影はなかったのに、その八番目の扉の前には人が立っている。

 ただの人じゃない。騎士様だ。いかにも強そうな若い男の人が、息荒く走ってきた俺を怪訝そうに見ている。


 中に誰かがいるようだ。

 王国軍の制服を着た騎士様を連れ歩くのなら、超高位の軍人とか、そういう特殊な身分の人だろう。

 喧嘩を売ったらヤバイ相手なのは間違いない。でも、中から確かにおっさんの声がしたんだ。女の人の声も聞こえたけど。……エロいことしている最中だったらどうしよう。

 ……いや、今は非常事態だっ!

 一瞬ためらったけど、俺はその扉へと進んだ。



「お嬢さん、どうかしたのか? 誰かに追われているようだが……」

「俺、中にいる人に用があるんだ。入れてくれ!」

「え? いや、ダメだよ、お嬢さん。今は人払い中なんだよ」

「そんなの知るかよ! とにかく、そこをどいてくれよっ! 触ったら襲われたって悲鳴をあげるぜ!」

「……えっ? ちょ、ちょっと君、危ないよ!」


 職務に忠実そうな騎士様だったけど、俺が扉に体当たりしようとするのを見て、慌てて手を広げて止めようとした。

 まあ、そりゃそうだよな。

 絶世の美少女が髪振り乱して走ってきて、荒い息のまま目を血走らせてるんだ。

 一瞬、怪我させてはダメだって思ったとしても仕方がない。

 俺はドラゴンの折り紙付きの美少女だし!


 でも、その一瞬を見逃さない。

 体当たりをかます俺を止めるために一歩だけ扉から離れたのを見て、騎士様の腕の下をすり抜けて扉の取っ手に取り付いた。


「あ、こら、ダメだよ!」

「おっさん……っ!」


 騎士様の焦った声を聞きながら、俺は勢いよく扉を開いて中に飛び込んだ。そしてすぐに扉を閉めた。

 荒い息を吐きながらやっと振り返った俺は……目をむいて動きを止めてしまった。




 俺の予想通り、そこにはおっさんがいた。

 ……いたんだけど、一人じゃない。女の人と一緒だ。

 

 ただし、おっさんはなぜか壁に背を貼り付けて立っていて、その前におばさ……じゃなくて落ち着いた年齢のご婦人がいた。

 ご婦人の年齢は若くはない。

 おっさんよりもかなり年上そうだから、エロい関係にしてはちょっとばかり年齢が高めだな。四十前後くらいじゃないかな。

 と言うか……あの体勢は、いわゆる壁ドン? でも、色っぽく迫られている感じはない。


 それに、これもよくわからないだけど。

 おっさんの前には、もう一人若いご令嬢がいる。

 背はかなり高いと思う。おっさんと並んでいても十分に見栄えがしていた。

 年齢は……二十歳くらいかな。俺より年上だと思う。メリハリたっぷりな体型で、胸元が広く開いたドレスを着ている。

 つまりおっさんくらい背の高い男なら、ごく自然に視線が真下にいくような素晴らしい胸元だ。

 そんなご令嬢が、熟女なご婦人と並んでおっさんのすぐ前に立ち、壁に手をついて動きを封じていた。



 ……えーっと。

 これは一体、どういう状況?



「あの、おっさん、……何してんの?」

「……お前こそ何やってんだ?」


 後頭部を壁にくっつけたまま、おっさんは目だけを動かして俺を見た。

 うん、確かに俺の方も何やってんだって感じかもしれない。息を派手に切らして、肩で息をしているもんな。髪だってボサボサだ。

 俺の全身を見たおっさんは眉をひそめたから、茂みを突っ切ってきた時に葉っぱとか小枝とかも絡み付いているのかもしれない。

 とりあえず、乱れた髪を指で簡単に整えてみた。


「……えっと、俺は逃げてきたんだけど」

「そうか、奇遇だな。……俺も逃げようとして、失敗したところだ」

「失敗したのかよ!」


 傭兵のくせに、間抜けすぎだな!

 ……と笑おうとしたけど、くるりと振り返ったご婦人にキッとにらまれて、思わずごくんと言葉を飲み込んでしまった。



「お転婆なお嬢さん。ここは今、取り込み中よ」

「あ、はい。ごめんなさい。……じゃなくて! 俺もおっさんに用があるんです!」

「おっさんって、キルバインのこと? ……あら、その髪の色、もしかしてあなたが噂の……」


 言葉を切ったご婦人は、俺をまじまじと見始めた。

 噂? 噂ってどれの事でしょう?

 ドラゴンの呪いを受けた人ってのなら、本人だけど。


「叔母さま」

「あら、ごめんなさいね、ミアナ。大切なお話の途中だったわね」

「もう俺は話はありませんよ、サビナ様。それより、あいつがあんなに必死に走ってきたって事は、何か大変な事が……」

「キルバイン。わたくしの話も大切ですわよ。だって、あなたと姪との縁談についてですもの」

「えっ、おっさん、これから濡れ場かよっ! これだから巨乳好きはダメなんだよ!!」

「違うっ! 俺はガキには発情しないっ!」


 ……ガキ?

 でも、おっさん、絶対に目の前の谷間は見ただろ?


「そんな、空々しいことを。あなたの愛人は子供のような方だと有名ですわよ?」

「違います。連れ歩いているのはあいつですよ! 若く見えるが、あいつは十六歳のよく働く若者だったんです!」

「……まあ、そうなの?」


 なぜか熟女なご婦人は俺の前にやってきて、まじまじと見た。

 壁際にいるご令嬢まで俺をジロジロと見ている。視線の先が主に胸回りな気がするのは、俺の被害妄想だろうか。

 ……失礼な! い、一応、俺にも胸はあるんだぜ!


「……あなた、本当に十六歳?」

「十六歳です! ちょっと……かなり背は縮んだけど、立派な大人です!」

「キルバインが結婚許可証の取り方を問い合わせたって王宮中で話題になっているけれど、あなたがそのお相手?」

「サビナ様、俺が問い合わせをしたのは婚約申請書です」

「あら、まだその段階だったのね。……ならば、わたくしがあの子の後ろ盾になってあげてもいいわ。だから、キルバイン、あなたはわたくしの姪と結婚しなさい」


 サビナ様と言うお名前らしいご婦人は、バシッと言い切った。内容はともかく、このきっぱりハッキリした物言いはかっこいい!

 でも、言葉を向けられたおっさんは、壁に張り付いたまま、はぁっと疲れたようなため息をついただけだった。


「……その件は、先ほどもお断りしました」

「姪のミアナがダメなら、わたくしの娘でもいいわ。今年で十二歳でね、あなたには若すぎると思っていたのよ。でもあの子を愛人にするくらいだから、娘の方が良かったのかもしれないわね。気が利かなくてごめんなさい」

「……サビナ様。あなたは私をどう言う人間と思っているのですか!」

「あら、違うの? まあ、どちらでもいいのよ。どちらもカスバール将軍の孫娘だから。どちらかと結婚して、父の後継者になってちょうだい。それがあなたの人生を狂わせてしまったわたくしの贖罪ですわ!」



 ……おや?

 もしかして、あのおばさ……ご婦人は、十代のおっさんに盛って迫ったという将軍のご令嬢様? そう言われると、あの話し方は軍人っぽいかも。

 確か当時が三十歳近くで、十七年前だって言っていたから……えっ、あの美人ぶりで五十が見えているお年頃なの?

 俺の知ってる四十代のおばさんたちより、ずっと若々しくて美人だ!

 しかも、今も巨乳で全身も引き締まっている。さすが将軍閣下のお嬢様! どんなエクササイズをしているか、こっそり教えてください!


 ……と言うか、おっさんを同情してたけど、これはちょっと同情したくなくなるくらいにイイ女じゃないか!

 若い頃のおっさんはどこを見てたんだよ。今ならあの巨乳だけで余裕だろ!

 あっ、まさか、今考えたら惜しかったって言ったのは、そう言う意味だったのか?

 わりと最低だな、おっさん!



「キルバインおじさま」

「……おじさま? まあいいけどよ、何か御用か、ご令嬢」

「男ならこの場で選んだらいかが?」

「選ぶって、何をだ」

「わたくしか、あの子か、あるいは叔母さまの十二歳のお嬢さんか、ですわ!」


 ナイスバディなミアナ様は、叔母さまそっくりの強い目で俺をにらんだ。

 うはー……このお嬢様も超美人だ。

 しかも、ほんのり可愛い。

 難を言えば、メチャクチャ気が強そうで怖いってことだな。



 でも俺は負けない。

 だって部屋の外が騒がしくなってきたんだ。

 あの人が来たらしい。

 ついに見つかった。

 部屋の中にまで踏み込んで来ないのは、ここにいるのが将軍閣下の娘であるご婦人がいるからだろう。扉の前に控えていた騎士たちは、汗だくのお貴族様に対しては厳しい態度を貫いているようだ。

 でも、それも長くは持たないだろう。

 あの金髪な変態イケメンは、ただのイケメンじゃない。将軍閣下よりも権威のある国王様の従弟様だもんな!


 俺は深呼吸をした。

 そしてズカズカと部屋を横切って、巨乳なご令嬢様をぐいっと押し除けた。

 もちろん、触ったのは肩だからな!


 でも、サビナ様の方には手を出さない。視界に入れないだけにした。

 だって怖いもん。お嬢様の方も怖いけど、バズーナ姐さんや親方のお嬢さんに比べればまだ余裕で可愛いし。



 少しだけ解放され、でも相変わらず壁に張り付くように立っているおっさんの前に立つ。

 困惑してもイケてる顔を見上げ、俺はおっさんの服をぐっとつかんだ。


「おい、おっさん!」

「な、なんだ?」

「責任を取ってくれよ!」

「……はぁ?」


 おっさんの反応は鈍かった。

 少し乱れた髪を軽くかきあげて、首を傾げている。

 反対に、ご婦人方の反応は激しかった。

 ついさっきまで俺をにらんでいた巨乳なご令嬢が、今度はおっさんをにらんだ。大年増なご婦人の方は、もっと厳しい目でにらみつけている。 


「キルバイン、まさか……この子をもてあそんだくせに捨てるつもりなの? もしそうだったら……」

「違いますよ! なんでそう言う話になるんですか! ボウズも紛らわしいことは言わずに、もっとわかりやすく言え! 何をどう責任を取れって言ってんだよ!」

「これだよ! これを何とかしてくれねぇと、俺は強制的に玉の輿に載せられてしまうんだよ!」


 俺は契約書をぴらりと広げた。

 おっさんは書面を見た瞬間に眉をひそめ、ぐいっと契約書を奪いやがった。



「……おい、これはどう言う事だ?」

「ビザーたん様が、これを作らせていたらしいんだけど、それが宰相様たちにバレて……ああっ、宰相様は蛟の骨をベルトのバックルにしているんだよ! カズラム様も孔雀火蜥蜴の鱗を身につけているんだよ!」

「……つまり、宰相もあの一派だったのか。 それでこれは何だ?」

「ええっと、それで、なんか薬か魔力か催眠術かよくわからないけど、頭がぼんやりしてしまって、気がついたらこれに署名していたんだよ!」

「お前なぁ、……まあ、カズラム相手では仕方がないか」


 俺をじろりと見下ろしたおっさんは、でかい手でがしっと俺の頭をつかんだ。

 い、いてぇよ!


「……そもそもの話として、なぜお前がここにいるんだ。休んでいろと言ったのに、また脱走しやがったな!」

「し、仕方がないだろ! 俺の父親のことを教えてやるって誘われたんだよ! いろいろ気になるお年頃なんだよ!」

「父親のことなんて、俺に聞けばいいんだよ」

「あ、うん、今度からそうします。……じゃなくて! これ、どうすればいいんだよ! 俺、男と結婚なんて無理だよ! 何とか奪って逃げてきたけど、破ることもできないし、変な男に署名されたらと考えただけで死にそうだよっ!」

「落ち着け。これはビザーに頼めば、多少時間はかかるが無効にできるはずだ。……ただ、もっと簡単な手があるにはあるんだが……」


 俺から手を離し、目までそらしたおっさんは、がしがしと髪をかき乱した。

 契約書を見ながら低くうなっていたけど、すぐに深いため息をついた。


「ビザーも余計なものを作ったな。……念のために聞くが、貴族の正妻なんて贅沢し放題の本物の玉の輿だぞ。それでも嫌なのか?」

「嫌に決まってるだろ! 俺はおっさんしか無理なんだよ!」



 俺は叫んだ。

 背後で「まあ」とか「えっ」とか、女の人の声が聞こえた気がしたけど、気にしない!

 いや、正直に言えば他に人がいたことを失念していたけど、今さら動揺している場合じゃねぇし!


 外から聞こえる声が途絶え、ついに扉が開いた。

 慌てて振り返ると、カズラム様が肩で息をしながら微笑んでいた。

 汗が顔からダラダラ流れ落ちているけど、華麗な金髪と美貌は健在だった。

 

 

 

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