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紆余曲折がありまして。  作者: 青い雲雀
第五章

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(40)飛んで火に入る

 

 

 王宮の舞踏会は、朝まで続く耐久戦と聞いている。

 だから控え室は必須で、各貴族専用の控え室だけでなく、訳ありの男女とか密談したい貴族とかのために、多くの部屋が用意されているらしい。

 さすが、王宮だな。


 だから俺がいる部屋も、そう言う部屋の一つなんだろうと思うけど……なんでイケメン騎士が五人に増えたんだろう。

 制服は近衛騎士団のものだから、騎士としての技量はもちろん、生まれも貴族階級のはずだ。

 そんなキラキラまぶしい人たちが、全員で俺を見つめている状況って……逃げたい。



「飲み物のおかわりはいかがですか?」

「……いえ、もう十分です」


 にこやかなイケメンに、俺は引きつった笑顔を返した。

 俺の前には、空のお皿が並んでいる。

 舞踏会会場に用意されていた軽食をこちらに運んできてもらったんだけど、それを運んできたのが近衛騎士様という、このいたたまれなさってどうなんだ?

 会場に戻りますと言ったのに、おっさんがいないからダメって断られたし。

 まあ、美味かったけど。


「あの、おっさ……じゃなくて、その、キルバイン様はいつお戻りでしょうか?」


 ちょっと気弱そうに聞くと、そばにいた騎士様が一瞬動きを止めた。

 ごめん、やっぱり似合わねぇよな。

 自分でも言いながら死にたくなったよ。

 キルバイン様だってよ、マジでどこのどなただよ、おっさんっぽくねぇし!


 笑いたいのか、苦しみたいのか、自分でもよくわからない複雑な思いに駆られていると、騎士様が急に溜息をついた。

 え、どうしたの?

 この人もいきなり名乗ってきたんだけど……バイザイスさんだったかなぁ。


「……ヴァライズ殿にもなびかないのは知っていましたが、そんなにあの男が気になりますか?」

「え? えーっと、気になるというか、ここに閉じこもってるのに耐えきれなくなってきたというか……」

「我らとて、マイラグラン嬢には舞踏会を楽しんでいただきたいのですが、キルバイン殿よりこの部屋を出さないようにと厳命を受けております。……ヴァライズ殿だけがあなたと踊ったなんて、私としても耐え難いのですが」

「まったくだ。私が家族に捕まっている間に抜け駆けするとは、実に許し難い」


 ……おいおい、ミハリスさんまでなんでいきなり喧嘩腰になるの?

 ヴァライズさんも、そこで勝ち誇ったような顔はやめようよ。もう少し謙虚な態度を心がけようよ。

 他の二人の騎士様たちも、俺のために薬草茶を準備している場合じゃないよね。喧嘩はともかく決闘は止めてっ!



「あ、あのっ! 皆さんはいつまでここにいるんですか!」

「キルバイン殿が戻ってくるまでは、我らが責任を持ってお守りします。五人いるので、御身の安全は保たれるはずです」


 お、おう、一人になると暴走する人ばっかりだからな!

 俺は心の中でつぶやいて、改めて騎士様たちを見回した。

 その視線をどう誤解したのか、ヴァライズさんがハッとした顔をした。


「マイラグラン嬢。もしお疲れならば、隣が寝室となっています。我らはこちらに詰めておりますので、ごゆっくりお休みください」

「……寝室?」


 俺がきょろきょろと見回すと、バイザイスさんが素早く動いて、ひっそりと存在していた扉を開いてくれた。

 そっと覗きに行ってみると、ロウソクが灯された心地の良さそうな寝室だった。

 ひっそりとカーテンに閉ざされた窓がある。その手前にあるベッドは当然のように大きい。

 それによく見ると、部屋の隅に見覚えのある紋章の入った箱が二つ並んで置かれていた。

 騎士様は俺の視線にすぐ気付いて、にっこりと笑ってささやいた。


「ダライズ夫人から、あの衣装箱を預かっています。必要なものは、おそらく全て揃っているかと」

「そうなんだ。助かるな」


 俺はベッドを見た。

 大きいし、ふかふかしているし、シーツもすべすべだ。間違いなく寝心地はいいだろう。

 ベッドを見ていると、精神的にものすごく疲れている気がしてきた。

 ……だって俺、ついうっかり目から水を出してしまったからな!

 全く、俺はガキかよ。恥ずかしい。けど……落ち着いた、のは間違いないかな。


 ちょっとうつむいて黙り込んだ俺をどう誤解したのか、いきなり名乗ってきたイケメン騎士様三号さんはちらっと背後を振り返った。


「メイドを呼んできましょうか?」

「……あー、いや、大丈夫です。でも、少し休んでいいですか?」

「もちろんですよ!」


 俺が寝室に入ると、バイザイスさんはドアを静かに閉めてくれた。

 ……でも、閉めてくれたのか、閉じ込められたのか、ちょっと微妙かもしれない。

 俺が苦笑しながらベッドに座ると、ふかふかの布団が猛烈な誘惑を開始した。

 でも、俺はまず衣装箱を開けてみた。


 一つは予備のドレスのようだ。

 装飾品も含めて、一式揃っているらしい。

 ゆっくり確かめる気分にはなれないから、俺はすぐに閉めてもう一つの箱を開けた。

 こちらの箱は、お泊まりセット一式が入っているようだ。

 舞踏会用ほど豪華ではなく、きれいだけど少し気楽なドレスが何着か入っている。もちろん首飾りなんかも入っているけど、まあこのくらいなら肩はこらない、かな。

 寝間着も入っているけど、丈が長くて裾にフリルまでついたご令嬢っぽいもの。俺のお気に入りのシャツではなかった。

 でも、触ってみるとあのシャツと同じ生地で仕立ててくれたみたいだから、文句は言わないようにしよう。


 俺はメイド長さんに感謝しながら寝間着を取り出した。

 でも、よく見たらまだ奥に服が入っている。

 何気なく触ってみたら、手触りがとてもいい。だから俺はそれも取り出した。



 上質の布と仕立ての服は、男物の形だった。

 装飾のないシンプルな形で、足はもちろんズボン。とても動きやすそうだ。

 薄く綿が入っていて、防寒仕様にもなっている。


 これを、メイド長さんが入れたとは思えないんだけど……。

 首を傾げながら広げてみると、ひらりと紙が落ちた。折りたたんだ服の間に挟まっていたようだ。

 かわいらしい字で、おっさんから頼まれたので入れている、と書かれていた。隠すように入っていたし、メイド長さんには内緒なんだろうな。



 俺はとりあえず、豪華なドレスを脱いだ。

 いろいろ大変だったけど、誰かに頼むわけにはいかない。俺は絶世の美少女で、男を煽る青い髪をしているんだ。

 いつケダモノになるかわからないお兄さんたちに、「背中の紐を外してください」なんて言えねぇよ!


 幸い、着脱はわりと簡単にできるようになっていた。

 なんとか脱ぐことに成功し、俺は寝間着を着る前にドレスを壁際にあった椅子に掛けようと持ち上げる。

 丁寧に広げていて、ドレスのレースの隙間に小さなカードが隠れていることに気づいた。

 貴族階級の男の人が好んで用いる書体で、何かが書いてある。

 俺は下着姿のまま、そこに書かれている文字を読み上げた。



「……父親の名前を知りたければ、中庭の噴水まで。……なんだこれ?」


 読み上げて首を傾げた時、指がピリリと痺れた気がしてカードを取り落としてしまった。

 ベッドに落ちたカードはカサカサと揺れ、その直後に燃え始めた。

 炎は出ていない。

 でも、燃えている。チリチリと縮れ、黒く焦げ、穴が開いて広がっていく。

 シーツの上に落としてしまったのに、燃えるのはカードだけで、シーツにも布団にも異常はない。


 全てが燃え尽きた瞬間、パンッと何かが弾けるような音がした。

 その音とともに、一瞬光が飛び散ったように見えた。

 いや、本当は音もないし光もないんだ。全ては魔法だ。魔力がそう聞こえ、あるいは見えただけなんだ。

 まだ動揺していたけど、カードの文面を思い出して俺は唇をかんだ。



 俺の父親だって?

 ……そんなもの、俺にはいないんだ。父親なんて、いないのが俺にとっては普通だったんだ。

 そんな奴の事なんて、俺は知りたくはない。だって母さんは、俺を孕んだから早死にしたんだ。生きている間も一人で苦労したんだ。

 母さんはものすごい美人なだけじゃなくて、気立てが良くて、本当に働き者だった。だからみんなによくしてもらったけど、未婚のまま出産をした事で冷たい目で見られる事だってあったんだ。


 俺の父親ってことは、つまりその原因を作った張本人だろ?

 そんな奴のこと、今さら知りたくもねぇよ!

 そもそも中庭に来いなんていわれても、そんな場所、わかるわけないだろっ!



 ……そう苛立っていたはずなのに、俺は寝間着じゃなくて、男物の服を着ていた。

 ああ、本当は知りたいよ!

 やっぱりどうしようもなく知りたいんだ! 殴ってやりたいんだよ!


 動きやすい服に着替えた俺は、結い上げていた髪を苦労して解いてから一つに束ねて服の内側に入れた。

 そっと扉に近づいて耳をすましてみると、話し声などは聞こえない。でもごくわずかな気配があって、騎士様たちがまだ部屋にいることがわかった。



 俺はあきらめて、足を忍ばせて窓に向かった。

 カーテンを開いて窓を開けると、目の前は木々がはえた広い庭のような場所で、ちらりと噴水のようなものも見えた。

 ここは三階のようだ。

 窓の外は足場になるような場所はない。王宮も要塞様式が色濃く残っているから、外部からの侵入は難しい造りになっている。

 それはつまり、中からも脱出できないってことだ。

 俺は上や真下を見た。壁は切り立っていて、窓は小さい。


 だめだ。

 俺の体なら窓から出ることはできるけど、その後が絶望的だ。

 二階くらいなら飛び降りても……いや、今の俺の足は細いから無理だな。まして三階だ。

 ……いや、待てよ。


 俺は急いで衣装箱に駆け戻って、手早く開けた。

 予備ドレスが入っていた箱じゃなくて、もう一つのお泊まりセットの箱だ。

 男物の服があった底の方の、さらに下に手を突っ込む。

 さっきは何でこんなものがと思ったけど、短剣と革のベルトが入っている。革製の手袋まで入っていた。

 たぶん、これもおっさんが入れたんだろう。一体どういう事態を想定していたんだろうな。考えると怖いよ!


 でも、これに紐があれば何とかなる。代わりになるものを求めてさらに箱を漁ろうとしたけど、俺は窓を振り返った。

 たぶんあれは最高級の布だ。でもここは、カーテン様に犠牲になっていただくしかない!


 短剣を抜いて、カーテンを手に取った。

 しっとりとした肌触りに、一瞬推定値段が頭をよぎって俺は動きを止めてしまった。庶民感覚が悲しいけど、こればっかりはどうしようもない。

 でも、カーテンに触り続けたおかげで、カーテンの様子がおかしいことに気付いた。

 カーテンをひっくり返すと、厚手の布の裏側に紐の束が縫い付けてあった。誰が隠していたのかわからないけど、紐はほどよい太さで長さもしっかりある。



 いろいろ怪しいよな。

 お貴族様用の部屋に、普通に紐が備わっているなんてありえない。

 でも俺はあえて考えないようにした。さっきの招待状だってあり得ないんだから、これは俺を招待するための装置なんだろう。

 ふん、なかなか気が利いているじゃないか。


 俺は紐の端をベッドにくくりつけた。それから紐に結び目をいくつも作っていく。

 それを窓から垂らしてぐっと引っ張ると、ベッドが少し動いた。でもそれ以上は動かない。さすがお貴族様仕様の豪華ベッドだな!

 手袋をはめた俺は、紐をつかんでゆっくりと窓の外へと出た。



 滑り止めに結び目を作っていたけど、俺の腕の筋肉は予想より貧弱だった。

 少しでも気を抜くと滑り落ちてしまいそうだ。

 でも、紐の扱いは牧場で馴染んでいる。紐を使って高いところから降りていくことだって初めてではない。

 何度か滑りそうになったけど、結び目と革の手袋のおかげで俺は無事に地面に降り立つことができた。


 地面に下りてしまえば、こっちのものだ。

 俺は部屋から見えた噴水の方へと歩き出した。

 遠くから軽やかな音楽が聞こえていた。大広間ではまだダンスが続いているらしい。

 でも中庭らしいこの辺りは真っ暗で、普通なら明かりなしでは歩けないくらいだ。


 でも、俺には超絶視力がある。

 超絶聴力もある。

 明かりを避け、真っ暗に近い中を衛兵を避けながら進んでいく。

 偶然だろうけど、着ている服が暗い色合いだったことも幸いした。軽いし暖かいし、仕立屋さんは最高にいい仕事をしている。

 こんな使い方をして、ごめんなさい。


 窓から見た時はあまり気にしなかったけど、中庭は広い。舞踏会の明かりが届かない場所があるくらいに広い。

 正直、方向もよく分からなくなっていたけど、俺は超絶聴力で噴水の音を拾いながら歩いた。

 衛兵のいないところでも油断はできない。普通の道に魔法の壁のようなものがあったり、人が通ると灯りがつくような便利すぎる魔法装置もあるするんだ。

 さすが王宮だ。

 見た目以上に警備が厳しい。



 そういうものを用心深く避けて進むうちに、低い木に囲まれた噴水にたどり着いた。

 周囲に人影はない。

 中庭と言っても、王宮は幾つかの建物で構成されているようだ。だから、建物に囲まれた庭はここ以外にもあるかもしれない。

 噴水だって、他に幾つあるかわからないから、ここが正解という保証はないんだ。

 そんなことに今さら気づいて、俺は愕然としてしまった。


「……俺、何してんだろうな」


 疲れていたからゆっくり休んでいればよかったのに、わざわざ着替えて、苦労して紐を使って下りて、木の枝で擦り傷を作りながら真っ暗な中を歩いて。

 よく考えたら、どこに向かうかくらい、手紙に残しておけばよかった。


 今頃、イケメン騎士たちが気付いて騒いでいるかもしれない。

 ……あ、そういえば俺、大切なことをおっさんに伝えておくのを忘れていたな。

 宰相様とそのご子息様が、魔獣関係の装飾品を身につけていたことを言ってなかった。俺も相当動揺していたもんなぁ……。



 ため息をついた俺は、噴水の縁石に座って手袋を外した。

 そこで初めて、右手のひらの皮が少しむけていることに気付いた。

 左手は無傷だったけど、手のひら全体が赤くなっているし、体重を支えていた両手は貧弱な筋肉に無理矢理に力を出させたせいで、無様に震えている。

 さらに腕が痛い気がして袖をまくったら、ひじに血がにじんでいた。そう言えば、手が滑りかけた時に肘をぶつけていた気がする。


「ヤバっ……メイド長さんに叱られる……!」


 思わずつぶやいた時、背後で足音がした。

 いや、音というほど大きくはない。俺の耳が聞き取っただけだから、気配だけと言ってもいい。

 でも俺は、ハッと振り返った。

 茂みの向こうから、誰かが来るのが見えた。

 

 

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